100話&エイプリルフール記念外伝 嘘の世界の物語
この物語は平行世界でも可能性の世界でも無く、ただ存在しなかった嘘の物語である。たとえ100万回繰り返したとしても、ルーティがルーティであり、ギデオンがギデオンである限り、この物語は嘘のままなのだ。
☆☆
暗黒大陸を支配する憤怒の魔王サタンによる、アヴァロン大陸侵攻がはじまり3年。
たった3年で4つの国が滅ぼされ、大陸の半分は魔王の手に落ちた。
もはや人間達に為す術はないかに思われた……が、神は人を見捨てたりはしなかったのだ。
勇者誕生の預言。
そして防衛戦力もほとんど無かった地方の部隊を指揮し魔王軍の先遣隊を撃退した少女。
勇者ルーティ・ラグナソンは、『勇者の加護』という誰もが分かる証拠を持って王都に現れる。
王都を騒がす地下盗賊団を壊滅させ、そして今、伝説に謳われる先代勇者の遺産“勇者の証”を手に入れるために古代エルフの遺跡へと進んでいた。
古代エルフの遺跡。
王都アヴァロニアの近隣にありながら、その門は未知の魔法で固く閉ざされ誰も奥に立ち入ることができなかった遺跡。
その門には、「魔王現れし時、勇者もまた現れん。我は勇者のみを欲し、勇者のみに力を与えよう」と古代エルフ語で書かれてある。
そして。勇者ルーティが遺跡の門へとたどり着くと、数百年間誰も通すことのなかった門が開かれたのだった。
☆☆
3メートルを超える巨大な機械仕掛けの騎士クロックワークナイトが、古代の剣と盾を構え、ギシギシと音を立てながら襲いかかってくる。
「みんな! 気をつけて!」
先頭に立つ勇者ルーティ(勇者レベル16)が、そう叫んで、剣を構えた。
賢者アレス(賢者レベル14)と、アヴァロニア王子キッファ(ウェポンマスターレベル14)、ハイエルフの花屋ヤランドララ(木の歌い手レベル12)、辺境の冒険者ギデオン(導き手レベル32)。
勇者の仲間たちは一致団結してクロックワークナイトに立ち向かった。
「武技! 連続剣!」
ルーティは、素早く2回の攻撃を加えた。
「ファイアーボール!」
アレスが印を組むと、炎の爆発が巻き起こった。
「武技! 連続剣!」
キッファは、素早く2回の攻撃を加えた。
「リーフカッター!」
ヤランドララが印を組むと、木の葉がナイフとなって敵を襲った。
「たたかう!」
ギデオンは剣で相手を攻撃した。
激しい戦いの末、クロックワークナイトはついに膝をつき、動かなくなる。
「クロックワークは倒しても加護レベルが上がらないのが問題ですね」
「生きてないんだからしかたないだろう」
アレスとキッファが倒れたクロックワークを見てぼやいた。
「だが、資金源にはなるぞ。クロックワークを構成する部品や金属は、今の時代では作れないものだ。俺の剣もクロックワークの装甲から切り出したものなんだ」
そう言ったのはギデオンだ。クロックワークの残骸に近寄り、使えそうな部品を取り外しアイテムボックスへと詰め込んでいる。
「さすが辺境で名を馳せる冒険者ですね」
アレスはギデオンが手際よくクロックワークの部品を選り分けて行くのを見て感心している様子だ。
ギデオン・ラグナソン。勇者ルーティの兄であり、辺境随一の剣士として知られている冒険者。
勇者の旅立ちの頃から同行している彼は、豊富な知識と経験を持つ冒険者としてパーティーでも一目置かれる存在だった。
「ルーティ、勇者の証はこの奥にあるはずよ」
ヤランドララがルーティに言う。この遺跡を探索した目的である勇者の証は目の前だ。
「うん、これで王様にも私が勇者だと信じてもらえる。そうすれば各国へと通行許可証や軍を借りる権限などももらえる。これで魔王を倒す旅に出られるのね!」
ルーティはようやく始まる旅に声を弾ませ、仲間たちと共に奥へと進んでいった。
☆☆
無事に勇者の証を手に入れ、アヴァロニアはルーティを正式の『勇者』として認めた。
アヴァロニア王は、『勇者』の再臨を祝い、旅立ちの前に盛大な宴を開催する。
勇者達はしばし戦いを忘れて、その料理や音楽を楽しむのだった。
「アレス、キッファここにいたのね」
宴も落ち着き始めた頃、ルーティはアレスとキッファが宴の場にいないことに気がついた。
それで探していたのだが、2人は城のテラスで外を見ていた。
「ルーティ、私達のことは気にせず宴を楽しんでいても良かったのに。すみません、気を使わせたようですね」
「2人とも何を見ているの?」
「街です」
そう言ってアレスは月明かりに照らされるアヴァロニアの街を指さす。
「この月明かりの下に、たくさんの人々が暮らしている。私はそれがとても貴いもののように思えるのです。だからこそ、私はこの街を守りたい」
「アレス……うん、私も同じ気持ち。魔王なんかに私たちの世界を好きにさせたくない!」
2人の決意をキッファは眩しそうに眺める。
「本当なら、ずっと君たちと一緒に旅をしたかった。だけど俺はもうすぐ結婚しなければならない。相手はダニッチ公爵の娘であるセレナ姫。もうこの城にいるんだ、宴にも参加していた」
「ああ、あの優しそうな人!」
「そうだ、これが嫌な相手なら無視して君たちと一緒に旅をすることも考えるんだが……とても良い子だ。俺は彼女の側で彼女を守りたい」
「素敵だと思います王子。私たちのことは気にしないで。短い間だったけど一緒に冒険できて楽しかった」
「俺もだよ! 俺の剣が君たちの役に立ったのなら、なによりの喜びだ」
キッファ王子は朗らかに笑う。ルーティとアレスもつられて笑った。キッファ王子はよく笑う男だった。きっとパーティーにいたら場が明るくなるだろうと、アレスは残念に思っていた。
「みんな」
「ヤランドララ」
月明かりに照らされ、ヤランドララの銀色の髪が揺れている。ヤランドララは、ちょっと怒った顔でルーティ達のところへやってきた。
「もう、ルーティまでいなくなっちゃうなんて酷いじゃない。ギデオンが探してたわよ」
「ごめんごめん」
「あんまりギデオンを困らせちゃだめよ」
ヤランドララの言葉にアレスは首をかしげる。
「ヤランドララはずいぶんギデオンを庇いますよね」
「な、なんのこと?」
ルーティが目を輝かせた。
「もしかしてヤランドララって兄さんのことを……」
「そ、そんなことないわよ! ただちょっと心配なだけで……」
「へえー! そうだったんだ!」
ルーティは嬉しそうにそう言ってヤランドララをからかう。
アレスは、たまに“ルーティが自分の感情や目的を持たず、ただ相手が望む反応を返しているだけ”なのではないかと疑念に駆られることがあったが、こうして年相応の少女のように恋愛話に目を輝かせている姿を見ると、自分の考え過ぎだったと苦笑する。
「あの」
そんな時、背後から少女の声がした。
アレスが振り向くと、10歳くらいの少女が花束を持ってこちらを見ている。
「これを勇者様に」
「私に? ありがとう!」
ルーティは笑顔を見せ、少女のもとへと近づく。
「給仕の子ですかね?」
アレスはなにげなしに“鑑定”を使った。
「加護なし? まさか! ルーティ! 離れてください!」
「!?」
アレスの言葉にルーティは弾けるように後方へと飛んだ。
次の瞬間、少女の持つ花束が爆発する。間一髪のところだった。
爆風が晴れると、少女の服が破け、その身体が月明かりに照らされる。
「あれはゴーレム!?」
少女の身体は作り物だった。球体関節の手足を動かし、可愛らしい笑顔を浮かべたまま、鋭い歯のついた口を大きく開けた。
「かわされたか……」
物陰から3人のデーモンが現れた。
「マリオネイターデーモン! 王宮にまでデーモンが侵入しているなんて!」
勇者達は武器を構える。
「本物か偽物かは知らんが、勇者と名乗るのなら見過ごせん、ここで死んでもらう!」
マリオネイターデーモン達は、手製のドールゴーレムを操り、勇者達へと襲いかかってきた!
☆☆
「手強い相手だった」
アレスはゴーレムに噛みつかれて傷ついた自分の右手を押さえながらうめいた。
「治すわ」
ルーティがアレスに“癒しの手”を発動する。傷はすぐにふさがった。
「他にも居るかもしれない。すぐに兵達に警戒させよう!」
キッファ王子も深刻な表情をしている。
ヤランドララはじっと考え込みながらデーモンの亡骸を見下ろしていた。
「なんでこいつらはこのタイミングで……まさか!」
その時、
「ぎゃああああ!!!!」
大きな悲鳴と、無数の食器が割れる音が聞こえた。
「ホールよ!!」
ルーティ達は急いでホールへと走る。
扉の中からは誰かが戦う音が聞こえた。
「兄さん……!」
きっとギデオンが戦っているのだろう。ルーティは扉へと手を伸ばす。
「ぬわーーっっ!!」
「ギデオン!!」
扉の向こうから聞こえたギデオンの叫び声。そして静寂。
ヤランドララはルーティを押しのけホールへと飛び込んだ。
ルーティ達もすぐに続く。
ルーティ達がホールに入るのと同時に、ステンドグラスが割れる音がした。
大きな影が夜空へと飛び去っているのが見えた。
「そんな! ギデオン!!」
ヤランドララが倒れたギデオンを抱きかかえて悲鳴をあげている。
宴会場は殺戮の場と化していた。誰も動くものはいない。
「父上!」
それはアヴァロニア王も一緒だ。キッファは血を流すアヴァロニア王へと駆け寄る。
「ダメだ死んでる!」
アヴァロニア王の変わり果てた姿を間近で見たキッファは、震える声でそう言った。
「う……みんな」
「ギデオン! 良かったまだ生きている!」
「す、すまない……アヴァロニア王をお守りすることができなかった」
「喋っちゃダメ! すぐに治すから……」
「だめだ、俺はもう助からない……や、ヤランドララ、キッファ王子を呼んでくれ、もうかすれ声しか」
すぐにヤランドララは仲間たちを呼んだ。
「キッファ王子、せ、セレナ姫も、このホールに」
「な、なんだって! それじゃあ……」
「セレナ姫はデーモンに連れて行かれました……まだ生きています」
「本当か!!」
「こ、これを、デーモンと戦った時に、デーモンが落としたものです」
ギデオンは短剣を差し出した。
「これは土のデズモンドの紋章!」
「おそらく、土の四天王のところに、姫様は連れて行かれたと……ぐ……」
「分かった! よく伝えてくれた、もう大丈夫だ、喋らなくていい」
「すみません……ルーティ」
「兄さん……」
「最後まで一緒に行けなくてごめんな……でも、こんなことで悲しんじゃだめだ……ルーティは世界を救う勇者なんだから」
「でも……分かった、だからもう無理しないで」
「は……は……さ、さいごだ、ヤランドララ」
「ギデオン、嫌よ、そんな顔しないで」
「ごめんな、一緒にキラミンに行くって約束守れなくて……これを」
ギデオンはヤランドララに耐毒耐病気の効果を持つべっ甲製の魔法のイヤリングを、ポケットから取り出し見せた。
「君の、美しい耳に似合うと思って……」
「嫌、嫌よ……お願い、諦めないで」
「ご……め……ぐふっ……」
最後に血の混じった咳をすると、ギデオンの腕から力が抜け、イヤリングが床へと転がり音を立てる。
「嫌ぁぁぁ!!!」
ヤランドララは動かなくなったギデオンの亡骸を抱きかかえ、声を上げて泣いていた。
☆☆
一時間ほど経った頃、勇者ルーティと賢者アレスはデーモンを追いかけるべく旅立ちの準備を大急ぎで整えていた。
「急がないと」
「ええ、土のデズモンドの城に逃げ込まれるまえに追いつきましょう」
荷物をまとめ終えた時、コンコンとノックの音がする。
「入っていいかい」
「キッファ王子?」
扉を開けて入ってきたのはキッファとヤランドララだった。
「2人ともどうしたの? 見送りって感じじゃなさそうだけど」
キッファは腰に佩いた、刀身の短いグラディウスの柄を叩いた。背中には円形のラウンドシールドを背負っている。
ヤランドララはクオータースタッフをぎゅっと握りしめていた。
2人とも旅装だ。
「セレナを取り戻すのは俺の役目だ。勇者よ、どうか一緒に連れて行ってくれ」
「ギデオンの仇を取るまで、店は閉めるわ。私から愛する人を奪った魔王軍を私は許さない」
「2人ともありがとう……心強いわ!」
こうして、『ウェポンマスター』キッファと『木の歌い手』ヤランドララを正式に仲間に加え、『勇者』ルーティと『賢者』アレスは、ついに王都を旅立ったのだった。
これは『勇者』の物語のほんの序章に過ぎない。
兄を失った勇者は、涙をこらえ歩みを止めること無く進んでいく。
その先に待ち構える悲劇に臆すること無く、人類の希望たる『勇者』は、正義を体現し魔王サタンを倒すその時まで振り返ることはないだろう。
☆☆
ここから現実。
☆☆
ホールに飛び込んできたフライングデーモンに対し、俺は騎士の剣を抜いた。
「暴れられると被害がでるな」
俺は両腕に力を込めて走った。その隣をルーティも並走する。
「一撃で決める、同時に仕掛けるぞ」
「分かった」
俺達は左右同時に剣を振るう。俺達とデーモンが交差した。
「グアアア!!!」
十字に引き裂かれ、デーモンは倒れる。
「今のかなり強いぞ、レベル35くらいはあるんじゃないか?」
もし、俺が騎士となって鍛えてなかったら危なかったかもしれない。
「おおお!! さすが人類希望の双翼! 勇者ルーティと騎士ギデオン!」
デーモンの乱入により恐怖で静まり返っていたホールが、喜びの歓声で爆発した。
「大丈夫ですか!」
アレスが扉を開けて飛び込んできたときには、俺達はアヴァロニアの貴族達に囲まれ、それどころではなかった。
面倒臭そうな表情を浮かべ、貴族に対していい加減な対応を始めたルーティに苦笑しながら、俺は必死にフォローする。
遠くでアレスが舌打ちをしたような気がしたが、その時の俺はアレスのことを気にしている余裕はなかったのだった。
エイプリルフール記念の外伝になります。
この嘘の世界のルーティは勇者の加護に屈して、自分の意思ではなく勇者ならこうするだろうという反応を返すだけの存在になっています。口調が明るいのは、明るい性格の方が他人が喜ぶからです。
キッファ王子はギデオンが騎士でない場合に後ろ盾としてルーティ達を支持する王子です。本編では、ギデオンが騎士なので必要なく、またセレナ姫も攫われなかったので全く出番はありませんでした。
ヤランドララもギデオンが死ななかったので、そのまま店に残りました。正式に仲間になるのは、リットのいたロガーヴィアでの戦いからになります。
その他、過去の描写とちょこちょこ変わっている点がありますので、そういった点を見つけるのも楽しいかもしれません!




