プロローグ 騒がしい朝食
初長編投稿です。よろしくお願いします。
ブルグントのアルル宮殿内の第一皇女ユーリア・フォン・ホーエンシュタウフェンの部屋で、毒見係が死んだ。
ユーリアのスープを毒見係が飲んだところ、その毒見係はたちまち血を吐いて頓死したのである。
第一皇女をたちまち殺さんばかりのスープに、皇女付きの侍女のナタリー・ド・ヴィッテルは恐れおののき、皇女をまるで縋るかのように抱きしめた。
殿下、殿下と啜り泣く姿は、一体どちらが守られる対象であるかわからぬ有様であった。
ユーリアの部屋に他の侍女や侍従、近衛兵が呼ばれ、近衛兵たちは死んだ毒見係の身体を部屋から引っ張り出そうとする。
「……この件は両陛下にお伝えください」
ユーリアは自身の側仕えたちにそう命じた。
ナタリーの腕に抱かれたままのユーリアの表情は誰にも見えなかった。
皇女毒殺未遂の件は皇女の母たる皇后ヘレーネ・フォン・アルジェントに伝わった。
「皇女が毒殺未遂にあった故、様子を聞いてくるように」
ヘレーネは自身の腹をそっと撫でながら、ヘレーネ付きの筆頭侍従であるユラン伯クロード・ダルジャンへ命じた。
ユラン伯は命じられるまま、皇女の私室へ向かい、皇女付きの侍女に皇女の様子を訊いた。
「皇女殿下は、顔色が悪く、寝室でお休みになられております」
その当たり前すぎるほど当たり前な回答で満足して、ユラン伯は皇后へ報告すべきだった。
なのに、彼は皇女の部屋を覗いてしまったのだ。
――だめだ、見るべきではない。
ユラン伯は自身に言い聞かせた。見るべきではない。皇后の命令は絶対だ。皇后は「聞いてくるように」と言った。「見てくるように」ではない。
見てしまえば、ユラン伯は、皇后付き侍従としての立場を保てないかもしれない。
しかし、彼は突き動かされたかのように、部屋の中を覗いてしまった。女性の部屋を覗くのは失礼であり、相手は皇女で不敬にあたるにも関わらず、ユラン伯は扉の隙間に榛色の瞳を向けた。
第一皇女ユーリアは、寝ていたわけではなかった。
彼女は床に座っていた。
ユーリアは声出さずに泣いていた。ユーリアの紫色の瞳からは涙が止めどなく零れていた。彼女は口元を押さえて、声を漏らさぬように努めていた。
声を出せば、侍女に伝わる。誰にも知られたくないのか、誰とも悲しみを共有したくないのか。自身の悲しみを自身だけで留めておきたいのか。ユラン伯には正確な皇女の意図を図ることはできなかった。
ただ、わかるのは第一皇女が人知れず慟哭していることだけだった。




