5話
そもそも龍なんてものは象徴なだけであり、歪曲と言われても。シトには正直、百年考えてもピンとこない事柄。この世には異世界というものがあって。そこでは自分達に似た人々が、似たような生活を送っていて。浮世離れした話だけど、なんかそういうのもあるのかもね、程度に理解している。実際、漂流物があるし。
「スタインウェイ。なんか強そうな名前だね。武器の名前みたい」
手で持てそうなサイズと重さではなさそうだけど。敵に向かって上から落とせば威力抜群。絶対使い方違うだろう。いつか。自分が生きているうちに、これの正しい使用法を発見する研究者は出てくるだろうか。それが本当に正しいのかもわからないけど。
うーん、と悩みつつパブロも想像してみる。だが、同様に違和感しか生まれない。
「どっちかってーと、俺にはなんかこう……音楽的な。でもなんか王様感は……あるな」
体をクネクネと動かす。目を瞑ると、なにか聴こえてくる。気がする。つまり、直感は楽器である、と。楽器といえば、叩くものしか知らないから、どう叩くのかはわからない。
はぁ、とシトはため息を漏らす。
「これでどんな音を出すのさ。インテリア、だと思うよ。たぶん」
お金持ちの家に飾る感じのもの。掃除の邪魔になるから、あまり欲しいとは思わない。
似たような世界が並行してて。同じように肺を使って呼吸し、二足で歩き、言葉を喋り、寒ければ風邪も引く同じ人類がいる、という定説。そのキッカケがこの『龍の歪曲』からもたらされる異物だった。この世界のものと似たようなものがいくつも流れつき、そう結論に至った。
どちらが進んだ文明なのか。遅れているのか。それとも数値化できるのならば同点なのか。議論に終わりはない。今回のスタインウェイ。少なくとも、向こうの住人はこの黒い物質を当然のように知っているはず。新たな研究材料が増えた、と学者は喜んでいる。
ほんの少しだけズレた世界。歴史のどこか。どこかで分たれてしまった。それだけの話。
「お前には芸術のセンス、ってもんがないな。俺にはわかる。きっと……すげーもんだよ、これ」
上手く言葉で表現はできないパブロだが、画面の先のお宝に目を輝かせる。これも龍の仕業。これは龍とどんな関わりがある? 操るための道具?
逆に、シトは絶対に龍と関係はない、と直感が言っている。じゃあなにか? と問われたら、一切アイディアは思い浮かばないが。
「……まぁ、いいや。どうせ答えなんて僕達の生きてる間に出ないだろうし。それよりも。なんかテンション高いね」
長年一緒だから感じる。今にも走り出していきそうなほどの、沸る高揚感に包まれている友人を。
ニカっと笑い、パブロは肯定する。
「わかるか? そりゃそうだろ。今日は——」
そして目線は空へ。すでに太陽は沈みかけており、街は活気付いていく時間。飲んで。笑って。遊ぶ。そんな安らかなひと時。
同じようにシトも見上げる。星が見える。いくつも。輝いている。
「……『龍の夜』」
いつまでも瞼に焼きついている。その日。全てが変わってしまった。夜のこと。
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