7、我が主人と共に(カロン視点)後編
※流血、その他描写が含まれます
苦手な方はお避けください
俺はきっと何一つ忘れはしない———。
血生臭い匂い。
冷えていく身体。
痛みさえ麻痺して痺れ始めた手足。
耳が痛い。
罵倒が襲いかかる。
俺が何をしたんだよ。
死んでも良いほどの扱いがなんでっ……。
何をしたらこんな扱いが許される?
何故何故何故。
血溜まりの中へ倒れ込んだせいで顔は濡れていて、目にも血がかかっていてわずかな視界も薄暗く赤い。
「大丈夫、大丈夫だから」
その中で、たった1人誰かが俺の頬を触った。
ほとんど感覚も無くなったというのに、触られた場所が驚くほど温かく、不意に目に熱いものが込み上げてきた。
意識が遠のいていく。
倒れているのにグラグラする視界と気持ち悪さ、それに加えて寒さと痺れの中でそれでも脳は妙に動く。
手が汚れる。
血がついてしまう。
そんな事も気にせずに飛び込んできた人物の手のひらは小さくだけれども、とても暖かかった。
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真っ暗な世界からほんの少し光のようなものが視界に入った。
目の奥が、ガンガンと痛んだ。
いや、これは鈍刀でぶん殴られた時に似ている。
重たい瞼を押し上げると、見慣れない真っ白な天井が目に入った。ぼんやりとした視界も、二、三度瞬きをすればはっきりと見えるようになってきた。
どう見てもそれは最後に見た血溜まりの地面でも、嫌に青い空の色でもない。ましてや、自分のその日暮らしのために滞在してるあちこち穴だらけの家でもない。清潔で、シミ一つない天井は眩しすぎるくらいに綺麗なものだ。
こんな綺麗なものは目にしたことが無い。
ついに俺は死んだらしい。
どうやら死んだ後も“生きる”ことは続いているようで心底うんざりする。
体を包み込む清潔なシーツは、上質なもので、随分と良いものだと俺でもわかった。
「ここは……」
「ああ、よかった!目が覚めたのですね」
パタン、と扉が閉まる音と同時に快活な高い声が聞こえた。
声の方向を向こうと、体を起き上がらせる。
いつも通りに起き上がる体。
いつも通り……?
「え……ぁ、あれ……?手がある……?」
無くなったはずだった手を持ち上げれば、ちゃんとそこにある。指一本すら無くなってはいなかった。ハッとして、足に目を向ければシーツの中で浮き上がる足の形。
シーツをめくりあげればしっかりと足は生えている。
傷ひとつなく、違和感すらなく、そこに存在していた。
夢か?
悪夢を見てただけか……?
「ふふ、よかった。ちゃんと治ってる」
「治ってる?」
「そう、治したの!」
治した?
部屋に入ってすぐに駆け寄ってきた少女はクスクスと笑いながらも自慢げにそう言って頷いた。
治すっていうのはこんな傷ひとつなく、指一本欠けることなく、まるで最初から傷なんて無かったかのようにする事を言うのか?
「まさか!そんな、奇跡のような……」
「信じられない?」
「いえ、しかし……」
「しかし?」
「しかし、そうであるなら。これは、このような力は俺なんかに使って良いものなんですか?俺にはなにも……金も無いんです。それに売るものもない」
驚きもあったが、どちらかと言えば恐怖が勝った。喜悦する心もあったが、それよりも背筋が凍った。
———俺は、とんでもない事をしでかしたのではないか?不安と恐怖のようなものが、波のように押し寄せる。サッと頭のてっぺんから急速に血の気が引いていく。
そうだ。
俺は何も持っていなかった。
唯一の持ち物なんてのは、服なんて可愛いものじゃない。ズタボロの布切れ。それだけだ。
「お金の心配なんていいの、それよりも、どこか違和感はないかしら?」
「それは、全く何も」
少女はくしゃりととても嬉しそうに微笑んだ。
「ふふっ!よかった!」
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「———幼かったあなたは俺の手足を見て微笑んでくれました!これがあなたと俺の出会いです。その時から何一つ忘れまい、きっと忘れることなどないのだと、そう心に思っておりました!」
「へぇ……」
長えよ。
長すぎるプロローグだよ。
私は目の前の長い呪文のようなドリンクを見つめるほかない。
ほんの少し溶けてきたカップの中身を太めのストローでかき混ぜた。
熱く語る推定不審者Aと私の間には、可愛い容器に並々に注がれたこれまた可愛らしい色合いのドリンクが2つ並んでいる。
感動的な話が始まるのかなと思ったら驚くほどに血生臭いスプラッタな話が始まってしまった。
学校の前で恥ずかしい思いさせられたんだから、この店で1番高い飲み物くらい頼んだっていいだろうと、本日のおすすめなるダブルベリーホイップジャーニーなんてファンタジックなスペシャルドリンクを注文したわけだが、全然飲む気が起きなかった。
よりにもよって、大量のベリーソースがスムージーの上に鎮座した生クリームをこれでもかと赤く染めている。
なぜこのカフェをチョイスしたかと言うと、しつこめに食い下がる男の話を聞いてやらないでもない。というか聞かなければ解放されなさそう。
そう判断し、学校をサボってこの場所へやってきたわけだ。
話を聞くにしても、大衆の目があり、常識的かつすぐに助けを呼べる場所、そうつまりカフェ、ここしかないだろうと思い立ったわけである。
そんなわけでお財布に優しくないタイプのOLのご褒美系カフェの数ある席の中でも特にど真ん中を陣取って、話を聞く事と相なったわけである。
「俺は、あの場で決めたんです。貴女を一生をかけてお守りしようと……いや、この命だけで足らないのは十二分にわかっていますが!」
「へぇ」
へぇ、ふーんと流し聞きしていれば、目の前の端正な顔立ちの青年は鼻息荒く、高らかに叫んだ。
申し訳ない。
共感はいまだゼロだ。
体感マイナス。もしくはマイナス寄りのゼロ。
マイナスとプラスが同居するならば、1割プラスで2割マイナス。
……正直に言おう。
ぶっちゃけ、こんなイケメンに抱きしめられたり、熱心に詰め寄られるのは嫌な気はしない。むしろ良い。ドキッとする。アイドルなんか目じゃないレベルのツルツルお肌に整ったその顔は話を聞くだけなら目の保養。なんだけど。
私じゃない『私』の話を私にされてもなぁ。
『私』のゲシュタルト崩壊だよ。私は誰?私はどこよ?
いや、まぁ、どこぞの私の話だと言ってるけどね。彼は。
現状、私はそんな力ありませんけど。
どんだけファンタジックなんだよ。すごいね異世界。
「ですので」
「はぁ……え゛っ」
「本日は、突然申し訳ありませんでした……貴女の大事な時間を頂いてしまって……」
「あー、いや……」
「責任は取ります」
「は?」
「責任を取ります」
「いらんて!」
「いえ!俺が!取らせて欲しいんです!それか……あ、奴隷で構いません!」
「はぁ!?」
おいやめろ!こんな公衆の面前で大声で叫ぶ言葉じゃない!ガタン、と背後周囲で動揺の音と視線が巻き起こった。恐る恐る周囲に視線をやれば、口元を押さえ、顔を赤らめたOLや店員のぎこちない笑顔とぶつかった。
「いやいやいや、ていうか、本当にそれって私なの?本当にごめん、その話の女の子が私だったら貴方にとっていい事だと思うんだけど、……勘違いだと思う。それ」
「?」
「いや、キョトンとすな!ほら、私その記憶ないし、ピンともきてない。だから「絶対にあなたです」
「え?」
「俺は見間違いも見失いもしない。その瞳も、その笑顔も同じです。匂いも全部あなたしかありえない」
「なんでそう言い切れるの?」
異世界転生を果たした人はみんな何故だか随分と確信を持った言い方をする。私が鈍いのか、彼らの異世界を想う勘がそうさせるのか。それは私が凡人だから、一般人だからなのか。
「俺の体が覚えているからです」
「体が?」
「はい。声、瞳、呼吸、肌の柔らかさ、匂い、そしてその清らかな波動。全てです」
「初対面だけど」
「今世では、です。些細な問題です」
「大きな問題だよ!」
「ではお互いを知る時間をくださいませんか?そうですね……僕としてお側に、24時間。俺は役に立ちますよ!」
「こわい!」
にこやかに放つ言葉じゃない。
数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。
◯お願い◯
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