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[書籍化決定・第一部・第二部完結]緑の指を持つ娘  作者: Moonshine
緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編

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ちなみに、ただいま朝日がようやく上がり出した時間。

早起きが習慣のフェリクスですら、ようやく今から朝の身支度に入る時間だ。

玄関先で、爆発音が鳴り響いた後、ノエルは案内もなく王太子の寝室に上がり込み、スタスタとその辺りの椅子に腰掛けた。


「サラトガ魔法伯、これは早いお越しで」


慇懃無礼にメイソンは、ノエルを迎えた。

なお、離宮の玄関の扉にはもちろん、門にも部屋にも重厚な魔法鍵が下されてあったが、そんなものは全て、綺麗に壁ごと彼方の空へ飛ばされていた。


「やあ、おはようメイソン」


ノエルの美しい磁器の人形のような美貌の顔から紡がれた笑顔は、離れた場所から見ていても、背筋が凍る。


「や。あの、そうだな、王都はどうだった・・いや、あの、いやいやサラトガ魔法伯。昨日は・・ききき君の婚約者に、し、失礼をした」


「失礼?」


急に部屋中からギシギシと不穏な音が広がり、フェリクスの部屋の本棚の本が宙に舞い、窓はバタン、バタン、と開閉を繰り返す。

ガシャン!と窓ガラスの一枚が割れた。


(あれは対魔加工が済んでいるガラスのはず・・)


尋常ではない魔力がノエルから漏れ出ている。


フェリクスは、その場に凍りついて動く事もできない。


急に思いもかけない事が起こると、人間の頭はすぐには処理できず、すぐに適切な対応ができなくなる事をフェリクスは王太子教育で学んでいた。


(なので、咄嗟の時の対応を体に覚えさせる為には何事も訓練が大切だと・・言っていたのは騎士団長だったか、魔法団長だったか)


繰り返される単純で厳しい訓練に文句を言っていた、少年の日の自分を恥じる。


この時点でフェリクスがすべきことは、対抗魔法の陣を張って、対攻撃の体制に入る事なのだろうが、頭が動いても体が動かないという事がある事をフェリクスは今、学んでいる最中だ。


(何が完全無欠の王太子だ、たった今ですら足が震えて動けやしない)


バリン!と、フェリクスの立っている横の窓のガラスが破壊された。

ノエルはゆっくりと口角を上げると、


「間男のような真似はご遠慮いただきたい」


そう、冷たく微笑んだ。


「サラトガ魔法伯、あれは事故でして、医療行為の一環の最中の事故でございまして、いやはや乙女方には大変な事を殿下はしでかしてしまいまして、はい」


メイソンが揉み手でニコニコと言い訳を重ねる。


「・・すまなかった。事故とはいえ、貴殿にも、貴殿の婚約者にも迷惑をかけた」


フェリクスは、覚悟を決めて、真っ直ぐに頭を下げた。


尚、これは、フェリクスの人生で初めての謝罪だ。


流石に王族からの謝罪に猛烈に驚いたノエルは、一瞬で漏れていた魔力が収まった。

ノエルも高位貴族として生まれ育っている。王族の謝罪の重さは、よく知っているのだ。


「殿下、頭を上げてください」


少し頭の冷えたノエルは壊した窓に魔法をかけて元に戻すと、魔力の漏洩で部屋中に浮遊していた、バラバラと足元に落ちた本を拾い出す。


フェリクスも一緒に本を手に取って、本棚に片付けはじめた。


そこではじめて、ノエルは己の患者の肌の状態の劇的な変化を目にした。

フェリクスの顔を覆っていた赤黒い焼けただれたような疾患は、うすい桜色に落ち着きをとりもどし、首の皺からジュクジュクと漏れていた黄色い膿も、赤く裂けた皮膚も、すっきりと、明らかに回復を目指しているのだ。


「・・殿下、これは・・まさかベスの風呂で」


フェリクスは、少しもごもごと口ごもりながらも答えた。


「ああ。昨日べスが整えてくれた。あまりに魅力的な風呂だったので、何も考えられずになって、おもわずその場で服も包帯も全てかなぐりすてて、飛び込んでしまった。すまない」


ノエルはここでようやく、フェリクスの寝室が大きく変化しているのに気が付いた。

少し固そうな麻のシーツ、ノエルも使っている固い穀物の殻がいっぱいつまった枕。心地よさそうで、窓まで大きく開いて、新鮮な甘い空気で部屋は満たされている。


ノエルは続いて、フェリクスの寝室の隣にある、浴場へ足を踏み入れた。


(これはなんと・・)


豪華であるが、居心地の全くよくなかった王太子の風呂場は、すっかり様変わりしている。


まるで外の風呂のように青い竹にかこまれて、浴室全体がよい香りにみちている。

湯舟の隣には、黄色い実をつけた多肉植物の鉢がおかれており、なんともかわいらしく目に優しい。

ベスが「難しい」と言っていつも眺めていたもの。


湯舟に並々と満たされていたのは、透明な美しい温泉の湯。

いつもの黒く、いやな匂いの立ち込めた、古い湯ではない。


よい香りの石鹸まである。ノエルの宿でおかみさんが手作りしている石鹸だ。


湯の中にはそう珍しくはない薬草やハーブ、小さな花が束になって入れられており、湯舟の底にしずんでいる石の合間から、フェリクスの体から流れおちたのであろう古い皮膚や血、膿、そして古い魔力がゆれている。


(素晴らしい。風呂で流れおちた毒が、全て下に沈殿するように工夫まで)


ノエルはため息をついた。


王太子に相応しい豪華で美しい臙脂色の湯舟はいつも、黒い湯で満たされていて中を見る事はなかった。

この湯舟は外側の絵画による装飾も素晴らしいが、内側にも絵画を施されている様子。


外側にはアビーブ王国の神話が描かれており、ノエルもそれは目にしていた。

美術品としても実に美しいその湯舟の内部は初めて目にする。そこには、建国神話の風景が描かれている模様だ。


そこでパネルのようにいくつも描かれている絵の中の一つを目にしたノエルは、思わず固まってしまう。


(建国の、乙女)


そこに描かれていたのは、建国の乙女といわれる娘の姿。

温泉に体を浸す美しい赤茶色の髪を持つ乙女の周りには様々な傷ついた人外の生き物が、乙女と共に湯を楽しんでおり、乙女は小さな黄色い多肉植物の黄色い実を手に取っている。

温泉の上を三羽の黒いカラスが祝福するかのように飛び遊んでいる。


黒い亀と、蛇が枠外に描かれており、湯を楽しむ乙女を見守っている様子だ。


(まるで、あの日ベスが言っていた、人外の温泉の風景そのものではないか)


ノエルの額に汗が浮かぶ。

頭脳はフル回転して、この不思議な偶然をどうにか分析しようと試みる。


(何だ、これではまるで、べスにはこの国で為すべき仕事があるかのような・・)




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