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[書籍化決定・第一部・第二部完結]緑の指を持つ娘  作者: Moonshine
緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編

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(・・一体、何が起こっているんだ)


人間は想定外の事が一度に起こりすぎると、通常では考えられないような状況も、すんなりと受け入れてしまうという傾向があるらしい事は、帝王学の授業で教わったような記憶がある。


気がつけば、さも当然のようにベスはメイソンに案内を求めて、さっさと離宮の内部に入って行っていた。


通常であれば、王家の離宮に足を踏み入れる事ができるのは、相当前からの先触れを出した高位貴族か、身元が確かだと保証された、下働きのメイドくらいだ。


(いきなり王太子の私室に、友人を訪ねるような気軽さで案内を求めるなどどうかしている)


だが、ここで大いに異論を唱えるべきメイソン家令はニコニコして案内を断らないし、メイドは何やらあわててベスに耳打ちしているが、べスは意に介した様子もない。


結局離宮を目指してベスがトコトコ歩き出しているその間フェリクスができたのは、夢遊病に罹ったかのように、ベスの後をついていく事だった。


フェリクスの私室は離宮の2階の奥にある。浴室と繋がっており、この屋敷で一番広い部屋だ。


珍しそうにキョロキョロと周りを見ているベスは、こうしてみると田舎娘そのものだ。


メイソンは真っ直ぐに、2階の奥のフェリクスの私室の横の、浴室の扉の前までベスを案内すると、じっとフェリクスの反応を待った。


ここは、フェリクスの許可なくして出入ることのできない私的な空間だ。


フェリクスはため息をつくと覚悟を決めて、扉を開いた。


「・・・ここだ」


この風呂場はいつも、凄惨といっていいような状態なのだ。


豪華な金の装飾の施された、美麗な琺瑯製の風呂。赤茶色の上品な湯船の外の装飾には美しいアビーブの神話の情景がパネルとして描かれており、壁と床に張り巡らされている濃紺のタイルは、外国製の格調高い絵柄がびっしりと埋め尽くされている。


足元にはバイコーンの白い毛皮が敷かれており、王太子にふさわしい実に豪奢な風呂場だ。


主寝室の掃除を担当しているメイドのオリビアは慌てて風呂場の掃除がまだだとベスに言ったが、この凄惨な状態をベスは気にしない。


フェリクスの浴室は、まだ、オリビアが洗浄魔法をかける前の悲惨な状態だったのだ。

フェリクスは最低1日に5度は入浴し、その度に掃除が必要なのだが、この時間はまだ何度目かの掃除が間に合っていなかったのだ。


湯船には黒い水が溜まって、貴重な薬草の成分から非常に不快な匂いがする。

外国や、海の街などから集められた貴重な薬草が無造作にプカプカと湯船に浮かんでいるが、まるで腐っているかのようだ。


なおこれらの薬草は、同じ重さの黄金よりも価値がある、大変貴重な薬草だ。


白いバイコーンの毛皮にも、濃紺のタイルの上にも、黒い水の足跡が、墨のように散らばっている。


フェリクスが身を拭いた後の、タオルが床に転がっていたままだ。


タオルは黒い水と、血やら膿やらで赤や緑のシミがついた、二目と見られない状態だ。

タオルより酷い状態である事が予想される包帯だけは、専用の袋の中に入れている。


衛生上の理由もあるが、フェリクスは人目を恥じているのだ。


相当な凄惨な状態の風呂場だと言うのに、ベスはあまり気にしていない。


ひょいひょいと躊躇なくタオルを床から引き上げて畳み、そして扉式になっている、華奢な窓を大きく開いて換気すると、今度はベスはさっさと湯船に浮かんでいる薬草を引き上げて、じっと見つめた。


「どうですか? ベス様?」


メイソンはそっとベスに声をかけた。


ベスはじっと薬草を見つめて、沈黙した。


ぼうっとしているのではない。

何か、この束になった薬草に、心を通わせているような、何かを聞いているような、薬草とベスの間には言葉を介さない、何か不思議な交流が持たれているような不思議な光景だった。


(一体何がはじまっている??)


フェリクスが拳をかたく握って、隣ですましている家令のメイソンに、目を合わせてみた。


フェリクスが生まれた時より忠実な家令であり続けてきたこの男は、優しく微笑んで、人差し指を唇に押した。


(信用して、見ていろということか)


この忠義に厚い家令は、どうやらこの光景を見るのは初めてではないらしい。

メイドはその間、さっさと掃除を始めてべスの奇行を気にする様子もない。二人とも、この状態に慣れている様子なのだ。


短くない沈黙の時間が過ぎた。そしてベスは急に言葉を発した。


「そうねえ、みんな立派な子たちよ。強くて立派で、えらい子達ばかり。でも、多すぎるわ」


「多すぎる?効能が強すぎるということか?」


「そう。それからね、この子達とお湯が、折角貴方の体の悪いものを流してくれたのに、お湯を換えないものだからまた悪いものが体に入ってしまっているのよ。このお湯もとてもいいお湯なのよ。こんな立派な子たちをたくさん良いお湯の中に入れたりしたら、何もかも強すぎて体に良くないわ」


「お・・おい、何を言っているんだ?」


フェリクスには、ベスの言葉が理解できない。


ベスはフェリクスには答えずに、ニコニコしながらメイドに声をかけた。


「ねえオリビア!少し手伝ってくれない?フェリクス殿下に良いお風呂を入れたいの」


ギョッとしているフェリクスを尻目に、いつもビクビクフェリクスに怯えているメイドは、大きな笑顔をベスに見せて、メイソン家令に至っては、


「おお!殿下にはどんな風呂になるのか楽しみですな」


と、完全にフェリクスの意向など蚊帳の外だ。


普段のフェリクスであれば、この王太子に対する非礼を厳しい態度で叱責し、メイソン家令が厳罰に下す処置を払う。だというのにだ。


フェリクスは、何が起こっているのか混乱のうちに、目の前で嬉しそうに二人の若い娘たちが自らの浴室を整えるのを、呆けたように見ているしかなかった。






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