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[書籍化決定・第一部・第二部完結]緑の指を持つ娘  作者: Moonshine
緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編

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22

丁度同じ頃、フェリクスは、王家の森にいた。


今日は、霧のかかった薄曇りで、少し前もよく見えないような奇妙な天気だ。

薄曇りで、風もない。

寒くもなく、暑くもない。


時折訪れる、フェリクスに許された外出が可能な日だ。

肌を悩ませる太陽の光も、風に運ばれる花粉や埃からも自由だ。


フェリクスは、今日はしっかりと顔と体に包帯を巻き付けて、完全防備で森の中に佇んでいた。


あの娘は、サラトガ魔法伯の指示で、フェリクスの離宮の目と鼻の先の温室でフェリクスの摂取するポーションの材料となる薬草を育てる作業をしているという。


娘の育てた薬草は実に質が良く、ポーションの効き目も素晴らしい。

今まではポーションの摂取後は、しばらく全身の倦怠感があったのだが、ポーションの薬草を温室育ちのものに変更して、ポーションの配合を変えてより、実に調子が良い。

今では一日に雷石3つ分の魔力を吐き出せるようにもなったし、肌の調子は少しずつではあるが、良い方向に向かっている。

そうしてくると、余裕の出てきた心を締めてくるのは、森で出会った不思議な娘だ。


(あの娘に、また会いたい)


こうしてフェリクスは、また偶然森の中で出会う事を願って、うろうろと森を彷徨っている。


いつでも会いたければ、会えるのだ。

何せ彼女はフェリクスの住まう離宮の目と鼻の先の温室にいて、毎日サラトガ魔法伯が仕事終わりに迎えに行っているのも知っている。

二人仲良く手を繋いで宿まで帰る後ろ姿は何度も部屋の窓から見たことがある。

いつも、地味で村の娘のような格好をしている。


だが、フェリクスは王太子・フェリクスとしてベスに会いたいのではなかった。

ただの青年フェリクスと、ただの娘・ベスとして、また森で出会って、哀れな青年に、なんの見返りもなく渡してくれた、あの花の香りのする水の礼を言いたかったのだ。


フェリクスはそうしてべスの事をぼんやりと思いながら森に佇んでいたが、今日はなんとも霧が多く、目の前もよく見えない。

どうやら霧もどんどん深くなっている。


今日は満月だ。

霧の満月の日の王家の森は、うっかりと神々の世界に続く道が開いてしまう事があるから、そのような日は王家の森には近づいてはならないという言い伝えがあった事を今更思い出す。


(愚かだな。こんな事に心を惑わせて、私は一体何をやっているのだ)


今心を占めるにふさわしいのは、ほかのことだ。

王位継承の儀式、遅れてしまった剣術や学問。王都に残してきた美しい女達。


王家の伝承には眉唾のものも多いので、特に伝説を思い出したからと言ってどうこうと行動をあらためるつもりはフェリクスにはないが、体調が良い今日のような日に、心を占めるのはこんな事ではないはずだ。

こんな視界の悪い日にわざわざ森で佇んで、会えるか分かりもしない娘を待ち焦がれているなど、どうかしている。


娘に会いたいのであれば、離宮に呼んで褒賞を取らせればいい。

なぜ森で、王太子としてではなく、ただの一人の青年として巡り合う事にこだわっているのだ。


自分の行動の愚かさに自嘲して、そうして、いい加減離宮に帰ろうと思った時だ。


大きな黒い亀が忽然と白い霧の中現れて、ノシノシと、フェリクスの目の前を横切っていったのだ。


(あ!あれは、あの時の、あの黒い亀に違いない!)


フェリクスはこの亀についていけば、どこかで必ずベスに出会えるような気がした。


何せ今日は霧が深くて視界が悪い。

早く追いかけないと、あの黒い亀も見失うかもしれない。


フェリクスは、気がつくと無我夢中でこの黒い亀の後ろを追いかけていった。





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