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[書籍化決定・第一部・第二部完結]緑の指を持つ娘  作者: Moonshine
緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編

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19

今日は、霧のかかった薄曇りで、少し前もよく見えないような奇妙な天気だ。


温室の作業は順調に進んでいる。

少し元気がなかった植物達も、王宮式の格式の高い温室で心行くまで世話をしてやると、すぐにのびのびと、本来もっていた命の輝きにあふれる。


べスの育てた薬草で、よいポーションができあがったと、くしゃりとした笑顔をみせてくれるノエルに、べスはうっとりとする。

ノエルがこの笑顔を見せるのは、べスといる時だけで、とても嬉しいとノエルが心から感じた時だけである事を、べスは知っている。


陶器でできたような人形のような美しいノエルもべスは好きだが、その顔が喜びでくしゃくしゃになる瞬間が、べスにとって一番大好きなノエルの顔だ。


(笑顔が可愛い人って、得するわよね)


あの笑顔を見たいが為に、べスは今日もノエルをどうやって喜ばせたらいいのかを考えてしまうのだ。


今日はノエルがポーションを精製する日だ。

ポーションの精製は集中力と時間を要する。


べスがノエルの側にいると、色々と気が散るだろうと、ベスは今日は久しぶりに森を散歩する事にした。


このアビーブの地は、実にベスにとっては面白い場所だ。

地の奥に、熱がこもっている。空気には、重い湿度を孕んでいる。


熱をはらんだ土によって育まれた植物は、ベスの知っているどの植物とも性格が異なるのだ。


そしてその植物達の集う森には、何か、不思議な力のあるような気がする。


それにしても今日は、とても視界が悪い。

霧に視界がはばまれて、少し先すらもあまりなにも見えない。


今日の森歩きで、小さな火山性のキノコと、よく生態の分からない、ツル植物も採集した。


珍しい風アリとよばれる、火山性の蟻の一種にも出会えた。

風アリは、地熱で巣穴の温度が熱くなると、小さな魔力で風を起こす。乾かした風アリは、魔女たちがポーションに利用するとベスは聞いていた。


キノコは風呂にいれてみて、植物は温室に持って帰ろう。


今日もベスはとても気分が良い。


(今日は早めに帰ろうかな)


そう、ベスが、踵を返そうとした時だ。


(・・・あれ)


ベスの目の前を通りすぎていく生き物がいた。


蛇だ。


どうやら怪我をしているらしい。ウロコとウロコの間から、血がにじんでいるのが見える。


ベスは田舎育ちなので蛇などどうという事もない。

それよりも、なにかの棘で体をひっかけたのだろう。痛そうな蛇を見て、ベスはおもわず後ろを追いかけてしまった。

ノエルがポーションを作る為に採取しておいた薬草の残りが、まだカバンの中に入っているのだ。


「ちょっと待って!」


蛇は、白い霧の中をベスの事など気にかけずに、するすると進んで行く。


「待ってったら!そのままにしてたら、きっと悪くなるわよ!」


べスは息を切らせながら蛇を追いかけて、霧につつまれた白い森の奥に突き進んでいった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(はあ、はあ、信じられないわ)


怪我をしているはずの蛇は、考えられないような速さで、森の奥に逃げていった。

どうやらベスは蛇を見失ってしまった様子だ。


(えっと・・あれ、ここどこかしら)


べスは蛇を追いかけるのに夢中で、深い霧の森の中、どうやら行くなと言われていた、王家の森の奥の地に来てしまったらしい。

見知らぬ風景の上に、視界を霧で阻まれて、あまりよく辺りが見えない。


(ノエル様、心配してないかしら)


少し心細くなって、べスは辺りをきょろきょろとしながら、霧で白い森の中、歩みを進めてゆく。

すこしずつ、霧が晴れてきた。と、同時にどうやら硫黄の強い香りが鼻をツン、と刺激する。


(そういえば、前にこうやって、ケガした亀を追いかけて、温泉に行き着いた事があったわね)


不思議な体験をしたものだ。あの時にたどりついた温泉には、どれほど頑張って探してみても二度と出会わなかったし、そんな温泉は見た事がないと、この土地で生まれ育った宿のおかみさんが言うのだ。


あの時に持ち帰った黄色い多肉性の植物が、実にべスはとても気になっている。

なんとも無口なその植物は、べスがどれほど語り掛けても、沈黙を保ったままだ。

だが、何か理由があってべスの元にきてくれたような気がしてならないのだ。


「あ!」


霧が少し晴れてきた。すると、べスの目の前にうねうねと先を急ぐ蛇が見えた。


「見つけたわ! ちょっと待って頂戴!!ねえったら!!」


蛇は猛スピードで矢のように、うねうねと先を急いでいく。


蛇を夢中になって追いかけようとして、べスは足元を何かにひっかけたらしい。


「きゃああ????」


そのまま、転んで滑って、べスは斜面の下まで、コロコロと、転がり落ちてしまったのだ。


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