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「ぎゃあ!!!」
「うわあああ!!!!」
お互い、誰もいないはずの森で思いがけずに人に出くわして、、森中こだまするほどの大声を上げてしまった。
「あ・・・なんだ!!!なんだお前!!この田舎娘!!!ここは離宮の敷地内だ。とっととでてゆけ!!!!」
亀を追っかけてベスは随分森の奥まできてしまったらしい。
森と亀しか見ていなかったベスの視界に急に非常に痛々しい皮膚をした若者が現れて、ベスは思わず大声で叫んでしまった。
若者も同じだったのだろう。誰か人がいるなど思っていなかったらしく不意をつかれて大声で叫ぶ。
奥は王家の森になっているので、立ち入り禁止だと聞いていたが、別にロープが張っているわけでも看板があるわけでもないので、どうやらベスは亀を追いかけて、ついつい王家の敷地まで入ってしまっていたようだ。
(とはいえ、ベスは王家の客人扱いなので、別に敷地に入った所で何も罰せられる事もないのだが)
思いもかけず森の中で、人、それも田舎臭くはあるが一応若い娘と出会ってしまい、フェリクスは羞恥心で体が焼けるような思いで怒鳴り声を張り上げたのだ。
折角の滅多にない、外出しても肌を脅かさない天気と気温の日。
森で誰かに会う事はないと踏んで、顔にも体にも、包帯を巻いていないのだ。
頭皮がずる剥けになって、髪の毛が抜け落ちた頭も、何もかぶらずにそのまま出てしまった。
顔も包帯を巻かなければ皮が剥けいるところから体液が漏れ出していて、まつげまで抜けて、自分でみる鏡の姿も本当にひどいものだ。そんな状態を、人目に、それも若い娘の人目に触れてしまうとは。
「お・・おのれ・・」
鏡もない、水面もないこの森で過ごすひとときは、フェリクスにとってとても大切な心の安らぎであったのに、思いかけずに邪魔をされた怒りと、醜い姿を見られてしまった羞恥で、フェリクスの体から魔力は溢れだし、皮膚は水膨れのような水疱がぎっしりと発生した。
フェリクスはぎりぎりと歯を食いしばり、その顔は、憤怒で赤くなる。
怒りが制御できずに、魔力の制御が遅れる。
ゆらりと制御を離れた魔力が体から昇り立つ。古い魔力がフェリクスの皮膚を破り、皮膚の痒みが全身を襲う。
「いいいい!!!か、かゆい!」
たまりかねて声が漏れ出て、フェリクは顔を掻きむしった。
フェリクスは泣きそうになりながら、心で叫んだ。
(ああ、そうだ。お前も俺の事を化けものだと、そう叫んでさっさとここから逃げればいい!!!)
離宮にきた当初、この村の子供に森でバッタリと出くわした事がある。
子供は泣いて、「化け物!」と叫び、フェリクスの前から逃げていった。
幸か不幸か、この森には化け物が出るという伝説があるので、村人は騒ぐことはなかったそうだが。
以来、王家の敷地内は村人は立ち入り禁止であると強く村民に言い渡している。
フェリクスは荒い息を肩でつきながら、目の前の娘が叫んで逃げ出すのを待っていたのだが、娘は、叫ぶわけでもなく、走って逃げるわけでもなく、ただ不思議そうな顔をして、じっとフェリスを見ていた。
(・・えっと・・何だ、恐ろしくて足が動かないのか??)
混乱するフェリクスに、ベスは静かに言葉を発した。
「痛そうね。かゆいのかしら?」
「ちょっと待っててね」
それだけ言うと、抱えていたカバンから、何やら水の入った小さな瓶を出してきてフェリクスに押し付けた。
鞄の中は、森で採集したのだろうか、よくわからない雑草やら実やら、果てはセミの抜け殻やら松ぼっくりやらのガラクタでいっぱいだった。
「お風呂の湯船に、これを混ぜるといいわ。少しかゆいのがましになると思う」
あとはフェリクスには全く興味を無くしたかのように、フェリクスの横をスッと通り過ぎた。
フェリクスがギョッとして、娘を振り返ると、娘は中腰のみっともない格好で、パンパンに詰まった鞄をお供に、そろり、そろりと何かを追いかけている様子だった。
(・・何を・・してるんだ?)
恐る恐る娘の視線の先に目を移すと、娘の視線の先には大きな亀がノシノシと森の下草の中を歩いており、この田舎娘はどうやら亀に気を取られていて、フェリクスどころではない様子。ゆっくりとした亀の歩みに合わせて、一歩一歩森の奥に、娘は消えていった。娘は一度も、フェリクスを振り返らなかった。
(なんだったんだ・・)
一人残されたフェリクスは、ポカンとその場にしばらく立ち尽くしていた。




