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[書籍化決定・第一部・第二部完結]緑の指を持つ娘  作者: Moonshine
緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編

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アビーブ王国、離宮。


「フェリクス殿下、お薬の時間でございます」


暗い部屋に、全身を白い医療服で身を包んだメイドが恭しく銀のトレイを掲げて入ってきた。


銀のトレイの上には、ポーションと、丸薬。そして塗り薬。包帯。


「わかった。下がれ」


アビーブ王国のフェリクス王太子。


フェリクスが原因不明の皮膚疾患に悩まされてもう5年近く経つ。

かつてはその美貌ゆえに大変な人気の貴公子であったが、今はほとんど引きこもりの生活を送っている。

この国では、美しさは力そのものだ。

権力という力の頂点にいる王族は、皆眉目秀麗の極みにいるような美しさを誇る。

その中でもフェリクスは、比類なき美貌で知られていた。

黄金の絹のような髪。白亜の彫刻の如き強く美しい肢体。紫の瞳。

王者として、何もかも必要な美を兼ねそなえていた王族中の王族。それがフェリクスだった。


初めてフェリクスの体にその症状が出たのは、指先を庭園の草で切ってから。

切り傷の周りに、赤い発疹が出始めて、傷口はグジュグジュとただれ、治るのに二ヶ月も要した。


それからだ。

何もかもが、急にその美しい象牙のような滑らかだった皮膚を悩まし始めたのだ。

美しい花、豪華な夜会の礼服、芳醇なワイン、香水、豪華な食事。

皮膚に触れると赤い発疹が出始めて、膨れて体液が流れる。


最近では日の光まで、その皮膚に触れると皮膚が赤く反応するようになった。

痒みを伴うそれは、非常に不愉快であるだけでなく、疾患が出ると痒みで盛り上がり、盛り上がりは皮膚を破り血が滴って、地味に痛い。


最初は包帯などを巻いて人目を誤魔化していたのだが、茶会の最中にも痒みでイライラしたり、症状が首にまでで始めた時に、たまりかねて自室に引きこもりだしたのだ。


そのうちにアビーブの王都から奥に入った離宮のある山間地帯に湧く温泉が皮膚疾患に良いと聞き、最近では頭皮や眉にまで症状が広がってきたフェリクスは、王都から逃げるように病気療養という名の離宮での引きこもり生活を送っているのだ。


発病する以前は黄金のように輝く美貌を誇っていたフェリクスだが、今や眉は抜け落ち、額の皮膚疾患で、大きく顔の左側の髪の毛がなくなって無惨な有様だ。


フェリクスは、大きくため息をついて左の髪を引っ張った。

ごっそりと、豪華な金糸のような髪の束がその手に残り、抜けた髪の後から、不愉快な体液が滲み出て頬を伝う。


離宮内部は、神殿の聖女から施された清浄魔法の結界が張り巡らせれており、チリひとつ落ちていない。

フェリクスに仕えるメイドたちも、身を清めて医療服に着替えてからフェリクスの部屋の入室するほどの気の使い様だというのに、フェリクスの症状は少しでも気を抜くと、すぐに悪化する。


(このような身を、民に見せる事などできようか)


気位の高い事で有名であったフェリクス王太子は、自身が社交の場に姿を表す事なく、離宮で引きこもっている理由について、「療養」としか発表していない。


(せめて、皮膚疾患ではなく、肺病や心臓の疾患であれば、民の前にも格好がつくというものの)


だが、来年には立太子の儀式が控えている。

立太子の儀式にも姿を表せないほどの重病であるとなれば、フェリクスの王位継承権に疑問が投げられる。

皮膚疾患は命を蝕む病ではない。だが、事態は、深刻なのだ。


困り果てた王室は、秘密裏に東の魔女の元にも尋ねたが、呪いの痕跡はない、とそれだけ告げられて、法外な口止め料金をむしり取られて終わりだ。


来週には、隣国の親善大使がアビーブ王国にやってくる。


親善大使の中に、エリクサーの精製に成功させた、サラトガ魔法伯が参加してこの離宮にまで挨拶という名の診療にやってくる。


美貌の魔法伯の噂は、引きこもり生活のフェリクスの耳にも届いている。

隣国の革命の大功労者であるサラトガ魔法伯だが、女王との婚約を友好的に解消し、政治の舞台にも顔を出してはいない。それどころか最近婚約したのは自身の温室の下働きに雇っていた、地味な粉挽きをしていた田舎娘だという。


(サラトガ魔法伯か。私と同じくらいの年齢だと聞いていたが)


フェリクスはベッドに体を投げて、ぼんやりと考えた。


(女王を袖にして、粉挽きを妻にするなど、一体どんな男だ)




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