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[書籍化決定・第一部・第二部完結]緑の指を持つ娘  作者: Moonshine
秋祭り

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25

まばゆい光を四方に放つ、人外に美しい存在のその魂にべスは覚えがあった。

べスにとっては、言葉と同じほどに、外見はあまり大きな意味を為さない。


べスは、己が甘やかして太らせていた、温室の生き物に思いいたって嬉しそうに駆け寄る。


「まあ、ひょっとして貴方ナナちゃん? 随分大きく綺麗になったのね」


「さすがだねベス。随分姿が変わったのに、すぐに私の事をわかってくれた」


オベロンは実に嬉しそうに、その人外に美しい顔に微笑みを讃える。


「私の本当の名はオベロン。妖精の王だ。小さく無力であった私がこんなに大きくなれたのは、君のおかげだよ。ありがとう。礼をいう」


宙に浮かびながら、オベロンはバサバサ、とその美しい蝶の羽をはためかせた。

羽ばたきに誘われて、大勢の眷属が硬質な光の塊となって森の中に次から次へと発生し、オベロンをぐるりと囲む。


「べスがちっぽけな、醜い私の声なき声を拾ってくれて、私を大事にして、可愛がってくれた。おかげで妖精王の代替わりが叶った。500年ぶりに新しい肉体を得て、新しい魂を得て、私はとても爽快な気分だ」


オベロンは、そしてべスの元に近づいて、その小さな手を取った。


「ベス。美しい魂を持つ人の子よ。妖精王の代替わりを成し遂げた、偉大な人の子よ。ここで永遠に、私の愛し児として、共に生きよう。ここでは君を悲しませる何もかもから、君は自由だ。ただ朝を喜び、夜を愛して。精霊と戯れて、命が尽きるまでここにいると良い。妖精達が、君に花びらのドレスを仕立てよう。ノームたちが、美しい水晶の宮殿を君に建てよう。鳥達は君に歌い、夜には星という星が君の為に瞬く。この美しい森の命は皆、君のものだ」


美しい妖精たちがクスクスと笑ってべスの手を取る。

戸惑うべスの髪を飛び交いながら結い、様々な花々で飾り立てる。


オベロンは続けた。


「寒い冬に、一人で孤独に震える事もない。君を残して、誰も消えやしない。私は決して君を一人にしないと約束しよう。君は二度と、苦しまない」


広場はゆらりと形を変えて、べスの知っているもとの姿に戻る。

べスを一人残して遠くへ旅立ったおじいちゃんと、べスの腕の中で、短い命を終えて、冷たく一人で旅立った小さなイー・ハンの慎ましい墓標が、広場の真ん中で光をあびて、雨後のキノコのように地面から立ち上がっていた。


ゆらりと、蜃気楼のように幻影が立ち上がる。


「おじいちゃん、いかないで。私を一人にしないで。私も一緒に連れて行って」


涙に暮れている小さな娘の幻影が浮かび上がる。少女の頃の、べスだ。


(・・これは、おじいちゃんのお葬式の日だわ)


あの日の事を思い出し、べスの頬に、涙がつたう。

この世でたった独りぼっちになってしまった、あの日。


べスの幻影はもっと幼い頃のべスの姿に変わる。時が逆行している。


小さな赤ん坊たちの命にかこまれたべスの姿だ。難民の子供を預かっていた頃だ。懐かしい。


べスは、どの子も心の底から慈しんで、愛して、心を込めて世話をした。

子供達の言葉にならない言葉を、必死でひろって、深く、深く愛を注いだ。

けれども、ベスどれだけ愛を注いでも、子供達はみな、戦争が終わると親の元に帰っていった。

べスの事など、誰もおぼえてはいないだろう。べスの側に残ったのは、冷たくなったイー・ハンだけ。


(みんな、私を置いていってしまう。一人ぼっちは、もういやだ)


ゆらりと、思わずベスはオベロンの元に歩みをすすめた。

べスの目に白目がなくなってゆく。酩酊状態で、オベロンの元にゆらり、ゆらりと歩んで行く。


その時だ。


「いくなベス! 行かないでくれ!!」


木の陰で、べスを見ていたノエルが、腹の底から大声で、べスに向かって叫んだ。

ぎょっとしたべスが、こちらを振り向く。白目がもどっている。正気を取り戻したのだ。


「ノエル様? なんで?」


ノエルは、いつのまにか青年に戻っていた己の体で、べスの元に走った。


「ベス、頼む!行くな!そちらに行けば、お前は精霊の世界の物になってしまう。もう二度とお前と心を通わせる事はできない!!俺はべスと一緒に生きると、生きたいと、そう決めたんだ!!」


ノエルの咆哮で、オベロンの眷属が数体吹き飛ばされる。

ノエルはべスとオベロンの間に体を滑り込ませ、べスを抱きしめて、オベロンをにらみつけた。


オベロンの目の色が赤く変わった。怒りの色だ。


「小さきものよ。邪魔だては無用だ。べスは精霊の世界で、命が尽きるまで私の愛し児として大切にされる。人の世界での苦しみからも、悲しみからも自由だ。その命が尽きるまで、べスは楽しく遊び暮らす。二度と一人にはならない。お前がべスの幸せを望むのであれば、そこをどけ」


ノエルはオベロンの目の恐ろしさにたじろいだが、ぎりりと唇を噛んで言った。


「オベロン。それはべスが望んだことなのか?べスが精霊の世界で生きたいと、そう望んだのか??べスはお前らの勝手で人間の世界から精霊の世界に攫われて、俺の勝手でべスは俺の温室にやってきた」


「教えてやろう。人の世界の理を。人の世界での最も幸せな事は、自由であるという事だ。お前の黄金の籠の鳥となる事を、べスがその自由な心で選んだのであれば、俺は従う。だが、べスの行く道は、べスが自由に決める。それが人間の世界の一番の幸福だからだ」


くるり、とノエルはべスに振り返った。

愛おしい娘の驚いた顔に、ノエルはふ、と心が解けてゆく。


ノエルはべスの目を見て、その両手をしっかりと握りしめ、叫んだ。


「べス。お願いだ。チャンスをくれ。オベロンの元に行くな!!俺と一緒に生きてくれ。俺と共に、幸せになって、悲しんで、苦労して、そして最後は喜んでくれ!!!お前と全てを分かち合う事、それが俺の幸せなんだ、べスが横にいてくれたら、俺は幸せなんだよ!!!」


「ノエル様?????」


「俺はあいつらと違って、限りある命だ。お前を置いて先に死ぬかもしれない。だが、お前が横にいてくれたら、その死の瞬間まで、俺は世界で一番幸せな男なんだ。大切なお前をオベロンになどくれてたまるか、そもそもオベロンに、水車小屋の粉など挽けるか!俺の方が絶対にあいつより役に立つ!たのむべス!お前を世界で一番大切にすると誓う!俺を選んでくれ!!!!!」


忘れなければと思っていた、べスを置いて行ったはずの、美しい人。


(ノエル様は、私を置いていかなかった)


身勝手で、早とちりで、ちょっと傲慢なあの人。

他の皆と同じように、べスを置いて行ったと、そう思っていたのに。


「ノエル様・・まるで、私に求婚しているみたいに聞こえるじゃ、ないですか」


あの夜、ノエルにからかわれた言葉をそのまま泣き笑って、ノエルに言った。

べスの紅潮した頬に、一筋の涙が伝う。だが、その涙は先ほどの涙とは違う種類である事を、ベスは知っていた。


ノエルは実に不服そうに、そして不遜に言った。


「当たり前だ。俺は今、お前に求婚しているんだからな」


その時。


精霊の森の天と地が、急にぐわん、と大きく入れ替わった。

足元に広がる空に、ノエルとべスは一瞬で吸い込まれていった。

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