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[書籍化決定・第一部・第二部完結]緑の指を持つ娘  作者: Moonshine
秋祭り

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22

「うわあああ!!!」


ノエルは魔術で作られた時空の歪みの渦の中に、吸い込まれていった。

ぐるぐると時空の渦に巻き込まれてしばらく目を回していると、背中にドン!と大きな衝撃を感じた。ノエルはどこかに放り出されたらしい。


「ここは・・」


あたりを見渡すと、随分薄暗く、ジメジメしている。ノエルは洞窟に飛ばされた様子だ。

少し落ち着くと、背中に、首に、霧のような水飛沫がまとわりつくのが感じられた。

後ろを振り返ると、滝の白い飛瀑が見える。水飛沫はここかららしい。

どうやらどこかの滝の裏側に来ているようだ。


(なぜ??ここはどこだ??)


滝の反対側には、小さな光が見える。

どこかに出口がつながっているらしい。

ノエルは小さな洞窟の中を、体を屈めながら歩いていった。


出口にたどり着くと、そこには深い緑の別世界が広がっていた。

鬱蒼と茂る木々は苔で覆われて、空気は水分をしっとりと含んで甘い。


小さな清浄な光が、あちらこちらで浮揚している。命になる前の、命の始まりの光だ。光が多く集まると、命になる、命のもとだと、ノエルは何故だか理由は分からないが理解した。


足を踏み締めると、深い土は柔らかく、体の重みを抱き締めて、ゆっくりと足は土に沈んでゆく。

思わず、深く息を吸い込んだ。


(精霊の、森)


ガサガサ、と大きな音が頭上でした。

見上げると、そこには美しい人の顔をした大きな鳥が、悠々と羽ばたいていた。

ノエルはその顔にを見た瞬間、大声で叫んだ。


「母上!!!!!」


その顔は、ノエルには覚えがあったのだ。父の部屋に大切に飾られている絵の中の女。

ノエルの持つ濃紺の瞳と同じ瞳を持ち、銀の美しい波打つ髪を持つ、不世出の大聖女、アイーダ。

ノエルが、その誕生によって命を奪った、母。


鳥はノエルを一瞥もせずに、大きく木の枝をしならせて、飛び立った。


「待て、待ってくれ!!」


ノエルは全速力で、人の顔を持つ鳥を追った。

鳥は暗い森の中を、悠々と飛んでゆく。

木々の枝葉は腕を伸ばしてノエルの行手を阻んで、その美しい顔に無数の切り傷をつけてゆく。


はあ、はあ、はあ、


息は上がり、足はもつれてくる。

ノエルは何一つ考える事はできなかった。ただ、無我夢中で鳥を追いかけていた。

鳥のむかう先はどんどん暗くなってゆく。気がつくと、ノエルは漆黒の闇の中を一人で走っていた。


(一体、どこに来てしまったのだろう)


どれほど走っていたのだろう、限界まで疲れ切った体を引き摺りながら、ノエルはゆっくり、深い森の中を歩いていく。

永遠に続くとも思われた真っ黒な森の奥に、急にノエルの目の前に、月明かりのような青白い光が入ってきた。

ノエルは咄嗟に、木々の後ろの体を隠した。


誰かがいるらしい。


ノエルは木の後ろから、そっと眺めてみる。


(これは・・)


青白い光の下にいたのは、若き日のノエルの父。サラトガ侯爵だ。

鮮やかな金色の髪、みなぎるような若さと自信に溢れた、明るい笑顔の男。輝かしい未来が嘱望される、王国切っての太陽のような一点の曇りなき、貴公子の姿だ。

深い皺を顔に刻んで、青い顔をして世間を呪う現在のサラトガ侯爵に、このような若年時代があった事はノエルを驚かせた。


(幻影魔術か、くそ)


ノエルは対魔法の陣を張ろうとするが、魔術は何も発動しない。


そうこうしているうちに幻影で紡がれた映像は、緩やかに変化する。


先ほどの若き、輝かしいサラトガ侯爵が、神殿のものみの塔を見上げていた。

侯爵は、塔に立つ一人の美しい女に見惚れて立ち尽くしていた。


女の顔は、森でノエルが追いかけていた鳥の顔そのものだ。


女は塔の上から、強い聖力を放ち、神殿の参拝者に祝福を与えていた。

間違いない。彼女は大聖女だ。


男は身を焦がすほどに女に恋焦がれているのだろう。苦しい、切ない、そして高揚した表情で、瞬きもせず呆然と女をずっと見つめ続けていた。

大聖女は、一瞥もこの哀れな男にくれてやる事はなかった。


男は権力のある立場にある。

ありとあらゆる方法で、この大聖女を己のものとせんと、奔走した。

神聖なる大聖女の下賜は、男の権力と財力を持ってしても、困難を極めた。

男は情熱のまま、渋る神殿の権力者の政治を動かし、困惑する王と掛け合い、天文学的な金を積み。汚い方法も使った。脅迫もした。

そこまで求めても、大聖女は、やはり一瞥もこの哀れな男にくれてやる事はなかった。


男の権力と情熱の全てを賭けた努力はやがて実を結び、神殿は大聖女をサラトガ侯爵の元に下賜する事を決定した。

それでもやはり、女は夫となったこの男に、何も興味を示さなかった。


大聖女は、すでに神の花嫁だったのだ。


この世のどんな男にも、何の興味も抱かない、真の大聖女だ。

無理矢理下賜された所で、神聖なる大聖女は、神以外の人の世の伴侶を、夫を愛する事はなかった。


大聖女はやがて身籠もり、そして一人の美しい赤ん坊を産んで、季節外れの嵐の夜、そのままこの世を去った。

神が己の花嫁を取り返しにやってきたのだろうと、そう世間では噂されていた。


神の花嫁を人に下賜した神殿も、神の花嫁を人の女として求めた侯爵も、己の身の罪をよく、知っていた。

残された赤ん坊は、大聖女と同じ、紺色の瞳をして、大聖女の聖力を上回る魔力を持っていた。


侯爵は、その赤ん坊の紺色の瞳に見据えられると、神の花嫁を横恋慕した己の罪の深さを恐れ、そして何を持っても、決して己を愛する事のなかった女への怒りと悲しみが溢れて、赤ん坊を冷遇するようになる。


神殿も同じ事だ。神の花嫁から生まれた赤ん坊を祝福する事は、なかった。


映像は変わった。


最初の映像より年を重ねた男は、大聖女の眠る墓場を訪れていた。

その腕には、美しい白いバラの大きな花束が抱き締められていた。


男は白く美しい墓石の元に歩みを進めると、ガバリと縋り付いて、身も世もなく、オンオンと号泣した。


「なぜ・・私を愛してくれなかった・・私はあなたを、今でも狂おしいほど愛しているというのに・・」


そして今度は気が狂ったかのように、墓石を白い薔薇の花束で打ちつけた。


「なぜだ!!! なぜだ!! なぜだ!!」


びし、びしと暗闇の中で、白いバラが墓石を打ち付ける音が聞こえる。白いバラの花びらが、音を立てるたびに四方に散らばる。そして侯爵は、墓石に縋り付いて、また大声で泣き出した。


白い墓石には、こう書かれてあった。


「最愛の妻、アイーダ。ここに眠る」



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― 新着の感想 ―
[一言] それこそ、アイーダさんは初夜の寝室で言ってしまったんですかねぇ。『私はあなたを愛することはない』と……
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