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[書籍化決定・第一部・第二部完結]緑の指を持つ娘  作者: Moonshine
秋祭り

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14

主婦・ネリーは疲れていた。


(私の人生って、なんだったんだろう)


ネリーの婚家は、王都で手広く装飾品などを扱う商家だ。

商売は安定しており、ネリーはそこの奥様として尊敬され、それなりに裕福に暮らしている。


だが、ネリーは幸せではない。


ここの所体調も良くないし、自慢の美貌も色褪せて、今やすっかりおばさんだ。

ネリーは鏡に映る自分の顔を見て、今日何回目かのため息をついた。


ネリーは貧しい農家の娘として生まれた。

若い頃のネリーはそこそこの美貌があったため、美貌に惹かれた裕福な商人の息子である夫に強く請われて、若い内に結ばれた。そして全部で4人の子供に恵まれた。


結婚直後から、ネリーは義理の父母と同居していた。

ネリーは貧しい農家の娘と生まれだ。

学校にもあまり通っておらず、マナーも計算の仕方も良く知らなかったネリーは、義理の父母から商売を継ぐ夫の支えとさせるべく、嫁入り直後からそれは厳しく商人の妻として鍛えられた。


帳簿の付け方から取引先との付き合い。

慣れない勉強と慣れない商売に、何度枕を涙で濡らしただろう。

ネリーはそれでも一生懸命に義理の父母の言うことをよく聞いて、しっかりと家を守ったと、そう思う。


自分に学のない事を恥じたネリーは、子供を厳しく教育し、一生懸命良い学校に入れた。

娘たちにはしっかりとマナーの先生もつけた。自分でも子供には厳しくしすぎたと思うが、自分が経験したような苦労を子供にさせたくなかったからだ。


そうこうしている内に、舅が病になり、続いて姑までボケて、まだ商売人として未熟な夫を支えながら、必死に介護をして二人を女神の元に見送った。

立派な商人であった舅を失い、大黒柱を失ったた中での手探りの商売は、苦しい場面の連続だった。それでもようやく夫がなんとか商売人として安定し出し、これで一息つけると思った頃。


今度発覚したのは夫の浮気だ。

浮気相手は、ネリーの若い頃によく似た、可憐な娘だった。


「君は僕がいなくても大丈夫だから、寂しくなった」


頼りない夫を支えて、その両親も見送って、男女4人の立派な子供を産み育て、そして商売。いつまでも儚いお嬢さんでいるわけにはいかなかったのは、この男のせいだというのに。


ネリーは夫の言葉に涙も出なかった。


その頃には、育てた息子達は夫の後継として立派に育ち、娘たちも上流の家に嫁に行ったが、あまりに厳しく子供を躾けたこと、そして子供達が思春期の大事な時に介護と商売の危機があった事で、子供達を放置してしまったツケで、子供達はネリーの元にはもう近づかなくなってしまっていた。


実家とは疎遠になっていた。

貧しく教育の薄い実家の家族を、若かったネリーは、婚家と比べて恥じていた。


対外的には実に恵まれた人生だろう。

美貌以外は何もない、貧しい農家の娘が、豊かな商家の跡取りにみそめられて、玉の輿に乗った。

男女4人も、それぞれ立派な子供に恵まれた。

商売は安泰、上の娘にはもうすぐ子供が生まれる。

夫に浮気相手がいても、ネリーの奥様としての地位は盤石だ。


けれど、気がつけば、ネリーは一人ぼっちだ。


夫も子供も、どこかに行ってしまって、残ったのは若さも美貌も失った、中年の女が一人。


(これだけ一生懸命に頑張って生きてきたのに、私は一体なぜ幸せでないのだろう)


ネリーは自分の人生を思い返す。

幸せだと思い込んでいたけれど、本当にそうだっただろうか。


(特に好きでもない男と結婚して、やりたくもない商売をして、その男の両親を介護してきただけの人生だったのかもしれない)


先週、幼馴染のマリーから手紙が来ていた。


マリーは隣町の、同じように貧しい牛飼いの息子と恋愛結婚して、子供に恵まれずに養子の男の子をもらった。

夫と二人で始めた果樹園の商売が少し軌道に乗ってきたので、お金の心配もなくなった事だし果樹園を養子にした一人息子に譲って、そろそろ二人の時間を大切にしたいから、隠居を考えているのだという。


よかったら果樹園に遊びにおいで、というお誘いだった。


養子にとった息子はマリーをとても大切にしてくれて、こんな良い子の母にしてくれたのなら、自分の子供を産めなかった人生に悔いはない、そう手紙は締め括ってあった。


(マリーは私なんかより、よほど幸せそうにしているわ)



ネリーの実家のある貧しい村で、ネリーは村一番の幸運な娘だと、そう言われていた。

ネリーもそれを信じて疑っていなかったし、貧しい男と結婚したマリーの事を、実は心の中で憐れんでいたと思う。


(なぜ)


ぼんやりと自分の思いに耽っていながら店番をしていたら、ふと店子の一人が水を変えている、店先の花瓶の花のオレンジ色が、ネリーの目に飛び込んできた。


「綺麗な色のマリーゴールドね」


ネリーは何気なくつぶやいた。


マリーゴールドの花は、どこにでも咲く野暮ったい花というのが、王都の昨年までの常識であったのだが、今年はどの花屋も、ユージニアの目覚めにまつわるマリーゴールドの花ばかりだ。


「綺麗なオレンジ色ですよね、奥様!この花のように鮮やかな色を飾ると、本当に気持ちが晴れやかになります。今年の秋祭りは、どこに行ってもこの花の飾りなんですよ」


店子の娘達は、流行り物が大好きだ。

流行りのマリーゴールドの飾りを厳しい奥様に褒められて、娘達は嬉しそうに秋祭りの話題で盛り上がる。


一人の娘が、ネリーに話しかけた。


「奥様、御気分がすぐれないなら、すごいと噂のエズラ様のところの山車を見にいかれては? 皆元気になると言っておりますし、ユージニア様のマリーゴールドも魔術がかけられていてとても綺麗ですよ」


「すごいって、どうすごいの?」


何年も王都に住んでいると、秋祭りの人混みに、わざわざ出て行こうなど思ったりしないのだが、娘の言葉に少し興味が出てきた。


「なんでも、ものすごく癒されて、生きる元気が湧いてくるそうです」


若い娘らしい言葉の足りなさに、ネリーはいつもならここで会話を諦めるのだが、今日は食い下がっていた。


「生きる元気が湧いてくる?一体どういう事なの?」


ここのところ気鬱に苦しんでいるネリーが、珍しく興味を持ったのが嬉しかったらしい。娘はパッと顔を輝かせて、ネリーに答えた。


「生まれた事の喜びを、もう一度思い出させてくれるような山車だそうですよ。忘れていた事を思い出すような、全て置いてきたものが戻ってくるような、そんな山車ですって!」



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