13
「これで全部の山車なのね。本当に壮観ね」
各地区の名誉と減税を賭けた52車の壮麗な山車を前に、ユージニアは嘆息した。
「そうじゃろう。わしの手によるものが、もちろん一番美しいがの」
エズラは己の自信作である美しい黒い山車をさすって、ユージニアに返答した。
神殿の祝福を受けた山車は、この後王宮の周りを3周練り歩いた後、各地域に戻って一般に展示される手筈だ。
ユージニアは、ゆっくりと山車を見て回り、そしてすっかりと己の代名詞となった、マリーゴールドの花を一輪侍女から受け取り、口づけをして、1車1車の屋根に挟んだ。
ユージニアが、目覚めを祝ってくれる臣民へ、小さな感謝を示したいと、特別に願っての事だ。
議会でも神殿でも王女の真心は歓迎をもって受け入れられた。
ユージニアのほどこした魔法の力によって、マリーゴールドは秋祭りが終わるまでは枯れない。
ユージニアのマリーゴールドを一目見て、病気平癒にあやかろうと、今年の秋祭りは例年よりも大幅に多い人ででごったがえして、素晴らしい盛り上がりを見せているという。
王家の象徴である深い赤色が、秋祭りで使われる人気の色であるが、今年はマリーゴールドのオレンジ色、黄色が同じく多く使われており、さながら今年の王都は、秋の紅葉のごとく美しい。
「今年は忘れられない秋祭りになりそうね」
ユージニアは微笑んだ。
「本当に、この人生で一番忘れられない秋祭りになりそうじゃの。長生きとはしてみるもんじゃ」
「あら、エズラ様は長生きしすぎたとおっしゃっていましたのに」
「そんな事を言いましたかいの。年寄りは忘れっぽくてしょうがないですの。色々他にも大事な事をうっかり忘れとらんといいですがな」
エズラもニヤリと微笑んだ。
秋祭りには大勢の外国からの賓客も招いている。
エリクサーで目覚めたばかりのユージニアには、大勢の面会を求める外国の特使が列をなしており、分刻みの予定が組まれている。「三年もただ寝ておりましたので」とその全てに果敢にユージニアは挑んでいるという。
強烈な魔力主義で知られ、魔法の文化のない外国人や、魔力の低いものに対する扱いが高圧的な現王家において、目覚めたユージニアの存在は、王家の新しい星として大いに喜ばれている。
エリクサーの精製者として、ノエルにもユージニアと同じか、もっと多くの面会要請が各所から出ているらしいが、ユージニアがほぼその面会要請の全てを引き受けている事により、ノエルの引きこもり生活が成立しているのだ。
「頼みましたよ」
ユージニアは、誰に言うこともなく、そう呟いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ノエルは温室の作業に戻り、ロドニーは魔道具の手入れを始める。
今日のように静かな日は、溜まっていた仕事を片付けるのにちょうど良い。
二人は食べ終わった昼食のバスケットを片付けると、言葉もなくそれぞれの作業に没頭していた。
静かな昼下がりだった。
チチチ、と小鳥の声だけが温室で響いている静かな午後だ。
(そろそろ回路の大掛かりな修理も必要だな)
ロドニーは魔道具の中身の魔石を取り替えて、真鍮の部品を磨いていた。
魔力の測定器の古いもので、計量器としてはイマイチだが、魔法では感知しにくいタイプの魔力が感知できるので、実験の際に時々利用する古いものだ。
魔道具の手入れの作業はとても手間がかかるので、心と時間にゆとりがある時でしか取り掛かる事ができない。
ここ何年も、ノエルほどではないにしろ、多忙を極めていたロドニーは、この魔力測定器の痛み具合を見て、己がどれほど魔道具の手入れをする時間も捻出できないほどのゆとりのない日々を送っていたのか思い知る。
ぼんやりと、静かにロドニーが古い真鍮製の魔道具を磨いていると、チリチリと魔道具の針が少し、動いた気がした。
(おかしいな・・ノエル様は今、剪定作業しかしてないから、魔力は使っていない)
ロドニーが部品をひっくり返して故障を確かめていると、今度は紛れもなくグイン!と針が大きく、魔力の感知を示した。
「ノエル様!」
ノエルも大きな魔力感知したらしい。
先程まで腹を出して無防備に昼寝していたドラは、毛を逆立てて温室の外まで飛び出して逃げている。
何かが起こっている。
剪定鋏を投げ捨てて、ノエルはロドニーの方に走った。
「ロドニー、何事だ!」
しかし、ロドニーは何かに気がついたらしい。その声には応えずに、ロドニーは腰を抜かして、鼻水を垂らして涙目で叫んだ。
「ぎゃー、ノエル様!気持ち悪い!げえええ!!!助けて!!!!」
「おいしっかりしろ、一体この魔力はなんだ??」
「あれです!! あれ!!」
ようやくノエルは鼻水まみれで泣いているロドニーを抱き起こし、その手に握られている魔道具の針の指し示す数値を見た。
(‥最大値)
これは魔物の中でも首領級の魔力に相当する事を意味する。
(一体何が起こった)
「ぎゃー!! きもちわる!!!!」
なおも半泣きで叫ぶロドニーの視線の先を見ると、そこにはずっと静かに動いていなかった、かつて、ナナちゃんだった繭的なものが、黄色く発光してネチャネチャと、右に左に苦しそうにもがいているのだ。
「きゃー!!!」
ノエルは首領級の魔力に、攻撃を迎え撃つ心の警戒準備をしていたというのに、この気持ち悪い生き物に思わずロドニーと一緒に、乙女のように叫んで腰を抜かしてしまった。
「あれ、なんですかノエル様???」
ロドニーはぐしゃぐしゃの泣き顔だ。
「・・わ、わからん、だが、魔力がものすごい事になってる・・・てええ!きもちわる!なんか動きが止まった!!」
都会っ子二人は、気持ち悪い昆虫に対する耐性など皆無だ。
立派な魔術師二人、腰を抜かしたまま後退りをして逃げようとする。
かつてナナちゃんだったものは、左右の律動運動が終わったかと思うと、今度は繭の真ん中がぱき、とひび割れて、なんだか気持ち悪い膿のような、ねっとりとした緑の汁が出てきているではないか。
「ギえええええ!!!おい、とりあえず逃げるぞ!!!!」
とても高貴な身分の男から出た叫び声とは思えないような叫び声をあげて、ノエルが腰を抜かしているロドニーの腕を掴んだ瞬間。
温室一体に音もなく、カッと眩しい閃光が広がって、ロドニーとノエルの視界は真っ白になった。




