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「どうだい?王都の秋祭りの様子は随分とちがうだろう」
ナーランダの優しい声が、頭上から降ってくる。
ベスは白馬にナーランダと一緒に二人ゆられて、馬の背からポクポクと王都の秋祭りを眺めている。
ナーランダの紫色の長い髪が白馬の上からゆられる姿は、遠くから見るとまるで妖精の纏う衣のように美しいと、ベスはうっとりとそう思う。
「すごい沢山の人ですね、ナーランダ様!こんなにたくさん人間がいる所は見た事がないです!お店に並んでいる物も見た事のないものばかりで、目が回りそう。どれを見ていいのかわからないです」
馬の背中の上から、背の高いナーランダの前に座って、その紫色の髪に左右を囲まれて見る王都の秋祭りは、まるで妖精の国の遊園地のようだった。
お祭りの人込みは、べスの村の何十倍、何千倍もの人で埋め尽くされて、まるで蠢く人の海。
田舎もののベスは、初めての王都での秋祭りに大興奮だ。
見るもの触れるもの、全てが新しい。
小柄なべスが、この美しい紫の髪の御簾から抜け出して、人の海に一人で迷い込んでしまったら、二度と家に戻る事などできなくなってしまいそうだ。
海の街からの商人も出店をしていて、見た事もない色の魚を象った、可愛い小物の商品を並べている。
肉の塊を焼いて、注文を受けてから切り分けて売る屋台や、珍しい果物など、べスは馬上で夢心地。
「ハハハ、今日は手伝いをしてもらわないといけないから見て回るのは無理だけど、用事を済ませたら好きなだけ王都に滞在して、思い切りお祭りを楽しむといいよ。なにせ王都でも秋祭りは大きな祭典だからね。珍しいお菓子もたくさん売っている。温室にいた時も、メグとよく甘いものを食べにいっていたそうだね」
「そうなんです、魔術院から少し離れた所に、メグのおすすめの甘味処があって、お給料がでた日だけ食べにいっていました。懐かしいなあ」
ナーランダは微笑むと、馬上から、器用にキャンデイを売っている屋台の袋を買い上げて、べスにひょい、と手渡してくれた。
ベスは頬を紅潮させて大喜びだ。
キャンディーはその味がする果物の形に形どられており、目にも美しい。こんな綺麗なお菓子など、村では絶対にお目にかかることはない。
「ありがとうナーランダ様!今日ここにいることが夢見たいよ!」
村のお祭りをエイミーと一緒に回る約束を先にしてたベスは村のお祭りを回り終わったあとでなら、とナーランダのお願いを了承したのだが、先約のエイミーにはしっかり裏切られてしまった。
恋人のいないべスには、お祭りの食べ物を見回ったら、あとは夜に行われる広場の焚き火まで、特にする事がない。
やる事もなくなった事だし、ベスを迎えにきていたナーランダに、予定よりも随分早くにべスを王都に連れていってもらう事にして正解だったようだ。
遠くには大道芸の芸人が、火を吐いている所まで見える。
外国人も沢山訪れている様子で、見た事もない顔つきをした男女が、見たこともない服装で歩いている。王都の人々は慣れたもので、誰一人そんな外国人を振り返ったりしていない。
ナーランダは機嫌よく、初めて見る風景に興奮して真っ赤になっているべスの頭をぽんぽんと撫でると、
「ベスがいてくれて助かるよ。今日は王都ではどこでも人が足りなくてね。君に手伝って欲しい事が沢山あるんだよ」
そう言って真っすぐに白い愛馬を王宮に向けて進んでいった。
「べスはエズラ様の所に一度挨拶にいこう。ベスが帰ってしまってから、あのお方は気難しくなってしまって叶わないよ、折角の秋祭りの日だというのに、わざわざ君に遠くから手伝いにきてもらったんだ。今日はあの方のご機嫌がとてもよくなるだろうね」
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エズラは神殿の車止めにいた。
車止めには52車もある王都の全て地区ごとに用意された山車の中に入り、最終の調整をしている所だ。
大勢の魔術師が小さな山車の中に入り込んだり出たりして、大賑わいだ。
山車の中には空間魔術が仕込まれており、小さな山車の中は広く広がり、動物園につながる仕組みになっていたり、サーカスの幻影魔法が施されていたりと、地区ごとに様々な趣向が凝らされている。毎年どの山車が一番素晴らしい演出であったかの決定が、秋祭りのクライマックスだ。
昨年は、海の幻影魔法の中で、職人が作りあげた、実際の真珠でできた宮殿の中から、人魚の姫が現れるという演出のある山車が優勝したとか。
52の地区は、その地区に居住する貴族がパトロンとなり、威信をかけた山車を作成する。
この山車はエズラの大きな趣味だ。
毎年趣向を凝らした山車をお披露目するが、優勝はとても難しいらしい。
この催しは、幻影魔術の研鑽と発展を願い、300年前に王家が主催で始まったものだ。
「例えエズラ様とはいえ、神殿預かりの王家の山車の中をのぞくなど、ルール違反です!」
エズラは王家の山車の中をちょっと覗いたりして、神官に怒られている所だ。
52地区の一つは、王宮。
王家も当然、王家付きの魔術師や絵師を派遣して、素晴らしい山車を用意する。
「いや、おっしゃる通りじゃ。じゃがちょこっとだけならええじゃろ?ほんのちょこっとじゃ」
「だめです!」
そうしているうちに、神殿の車止めに向かってくる、美しい紫の髪が白馬の上で靡いているのがエズラの目に見えた。白馬の上には、紫色の髪の持ち主と、エズラが待ちかねた、大切な田舎の娘がいる。
「エズラ様!!!!」
「おお、ベス、待ちかねたぞこのバカ娘!!!」




