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「髪を切ったんだね。しばらく会っていない間に随分と雰囲気がかわったね」
べスはこの貴人をとりあえず母屋の方に案内して、木彫りのカップに大急ぎでハーブティーを入れて、朝焼いたばかりのパウンドケーキを出してみる。
(今日はまだ掃除もしてないし・・どうしよう)
一人で暮らして、時々エイミーやらが遊びにくる分には何の不足もない家だが、高貴な客人を迎えておもてなしなど、とてもではない。
べスの心配をよそに、ナーランダは珍しそうにおじいちゃんの木彫りのカップの表面を撫でてみたり、飾りだなに飾ってある、小さな人形などを珍しそうにあちこち見渡して、庶民の家というものを楽しんでいる様子だ。
「はい、えっと、随分伸びたので切っちゃいました」
温室に最初出入りを始めた頃、べスはおさげ髪をしてた。
それから随分伸びたので切ったのはそうなのだが、いつまでも伸ばしたままにしていると、忘れたい人との約束を思い出してしまいそうになるので、自分でそこらへんのはさみを使って、おさげを切り落としたのだ。
肩までの髪になったベスは、少し大人びた雰囲気になったとエイミーには好評だ。
(エリクサーが完成したら、一番最初に、べスの温室で思い切り昼寝をして、それからあのドラ猫を風呂にいれて、それからべスの髪でも切ってやろうか)
あの人は、尻尾の様なベスのおさげを、その細い指で大切そうに摘んでそう言った。
(可愛く切ってくれますか?約束ですよ)
(任せておけ、俺は手先が器用なんだ)
べスは笑うと、くしゃくしゃになるノエルの笑顔が大好きだった。
ナーランダは、ほほ笑みながら、大きく深呼吸をした。
「このお茶は、カモミールと、これはレモングラス、それからパッションフルーツの花びらだね。いつもながら見事だよべス。君の入れてくれるハーブティーと、君の作ったお菓子。そして君が整えた空間、全て本当に心地がいい。温室の植物の仕上がりも見事だったけれども、君の一番の才能は、君が手を掛ける全てのものが、心地よいという所なのだろうな」
貴人のマナーにはかなり反しているはずだが、ナーランダは大きく腕をあげて伸びをして、べスの縫ったキルトの広げられているソファの上に寝っ転がった。
べスは苦笑する。
温室に来ると、魔術院の皆、内緒にしていて、とべスに言って、思い切り貴族のマナーに反したくつろぎ方をするのだ。
温室の土が冷たくて柔らかそうで気持ちよさそうだと、高貴な身分の女性であるにも関わらず、エロイースが温室で靴を脱ぎ始めた時にはさすがにべスも驚いたが、しばらくしたらそれが魔術院で流行りになって、べスの温室に訪れる魔術師皆が、靴をぬいでその土の感触を足で確かめるようになったものだ。
「みんなは元気そうですね。今朝もロドニー様とエロイース様から手紙がきていました」
「ああ。みんな元気だよ。いつもの通りだ。そうそう、エロイースが開けた泉には、今、亀の親子が住みはじめた」
「あら、そうなんですね!秋祭りがおわったら、亀が冬眠する前に一度みんなの顔と、亀を見に行かないといけません・・ノエル様がいらしていない時になら」
ベスはそう言った。
「そうだね。まだ難しそうだね」
ベスの大きな両方の瞳からは急に涙がぽたぽたと溢れてとまらなくなる。
ノエルに会ってしまったら、きっとまだ、べスは平静ではいられなくなる。
ナーランダは体をソファから起こして、ベスの両目から溢れる涙を、そっとハンカチで拭ってくれた。
ナーランダのハンカチは、研究室と同じ、薬草の香りがして、べスの心を少し落ち着けてくれた。
そしてナーランダはべスに向き合うと、コツン、とその形の良い額をベスのそれに合わせた。
(ナーランダ様・・?)
びっくりしてベスは涙が引っ込んでしまう。
美しいナーランダの顔をこんなに近くで見てみると、長いまつ毛が美しい。
ナーランダは優しくベスの顎にそっと触れると、微笑んで言った。
「今日はね、もちろん君に会いたかったから私は君を訪ねたんだけど、もう一つ君にお願いがあって、やってきた」
べスは涙を拭いて、ナーランダに頷いた。
「べス、私に力を貸してくれないか」




