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[書籍化決定・第一部・第二部完結]緑の指を持つ娘  作者: Moonshine
秋祭り

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ようやくノエルがべスの温室たどり着いたのは、エリクサーの完成から、数えて二か月後の事だ。


「ノエル様、お帰りなさい」


魔術院の皆は、べスの温室で、正装し、整列してこの魔術院の産んだ国の英雄の到着を待っていた。

ノエルの成し遂げた快挙の意味を理解しないものは、この魔術院には存在しない。

そしてノエルは演説や挨拶を求められるその度に、この魔術院の皆の協力がなければ、この偉業はありえなかったと、そう述べて魔術院の人々の、涙を誘った。


みな、興奮した顔つきでノエルの到着を待つ。

ノエルは青い顔をして、そんな皆に大きな笑顔をみせていた。


そして限界を迎えていたのだろう。

フラフラになりながら、温室に入ると同時にノエルはソファに倒れこんだ。


「ああ・・皆、俺が留守の間、よく魔術院を守ってくれた。感謝する」


なんとかそれだけを口にすると、皆が集まっている中だというのに軽いいびきをかいてノエルはそのまま眠り込んでしまった。


魔術院の面々は心配そうにノエルを見守りながらも、エズラがそっとノエルの脈と呼吸だけ確認した後、そのまま寝かせてやる事にする。信用する魔術院の面々に囲まれて、安心して、緊張の糸が切れたのだろう。


なにせ、エリクサーに直接は関係のない魔術院の面々ですら、エリクサーの完成の後は各部署との調整・対応。問い合わせへの応対、目の回る忙しさだったのだ。その多くは対応を一つでも間違えると大事になる高位の貴族や王族、そして外国の外交のがからむような、重責をともなうものだ。


ただのナーランダのメイドのメグですら、休みをひと月以上取れていないほどの多忙さ。


ノエルの目の下の真っ黒なクマに、ノエルの耐えてきた仕事の量と、その重さを思う。


---------------------------


ノエルがようやく目覚めたのは、真夜中だった。

まだ夕方の内に魔術院に到着したというのに、到着後、魔術院の皆の顔をみて、安心してそのまま眠り込んでしまっていたらしい。

何時もの通り、倒れこんだソファからは慣れ親しんだナーランダの部屋の薬草のにおいがした。


ノエルは体を起こして、温室を見渡した。

いつも通りの配置の植物。いつも通りのソファ。何一つ変わった様子はない。


多忙な日々で、ノエルの心の支えだった温室だ。


エズラの弟子の中に草魔法を専門にするものがいるとの事で、べスが去った後の温室の管理を担当してもらっているという。エズラの弟子の手によるものだけあって、間違いがない。温室は非常によい状態に保たれていた。

むしろ、べスがいた時にはほったらかしにされていた土の山や、出しっぱなしだったスコップなどが片付けられており、随分と整理されて整っている。


ノエルはふわりとそのあたりにあった薬草に、簡単な鑑定の魔法を掛ける。

Aクラス。上出来だ。


だが、鑑定魔法を発した後に、ソファにまた倒れこんだノエルは泣きそうになってしまった。


(ちがう)


(この温室は、べスの温室ではない。美しく整っているが、ただそれだけの、温室だ)


ノエルが恋焦がれた温室では、もうなくなっていた。


べスがいた時は、この温室ではどの植物も好き放題に、生の喜びそのままに枝葉を伸ばしていた。

虫だろうと、動物だろうと、生き物すべてが、生きる喜びにみなぎっていた。

ノエルがこの温室に身を置くと、全ての存在が喜びの存在のように、そう思えた。

呪われた自分の命ですら、愛おしい命だと思えたのだ。


だが今は、どの植物もどの動物も他人行儀にノエルによそよそしい。


べスの世話していた温室だった頃は、まるで、生命である事を共に喜んでいるように、どの植物も、どの命も。朝の光を共に喜び、夜の訪れを共に迎えて、ただお互いの存在の尊さを感じていた。


ノエルは涙でにじむ天を仰いでみる。


ここの所の強風で、温室の天井が曇っているようすだ。

今日も、あの日の夜のように満天の星空がひろがっているというのに、星空すらも輝きが褪せて、星が遠くに見える。


エズラが編んだ藁の敷物が、丁寧に温室の壁に立てかけてあった。

贅沢にもエズラが編んだ藁の敷物を昼寝に使っていた例のドラ猫は、べスが去ってからしばらくは顔をみせていたが、もうこなくなったとの事だ。


ノソノソと闇を動いていたのは、夜行性の小動物。

べスがいた頃は、まるで迷惑な友達の訪れのように、毎晩のこの小動物が開催する迷惑な運動会を楽しみにしていた。だというのに、ノエルはこのかつての友人だった動物の訪れが、まるでノエルに関係のない、ただの夜行性の小動物の活動にしかおもえなくなっていた。


(まるで、魔法が解けたようだ)


ノエルは急にノエルから遠くになった温室をもう一度見渡した。

きちんと丁寧に整えられて非の打ちどころのない温室だ。


温室の隅には、丁寧に集められている枯れ枝や枯れ葉の山がある。

その中に、ノエルは見知った醜い生き物を見つけたのだ。


そして、ソファから転げ落ちるように飛び出すと、温室の端に走った。


「おい、ナナちゃん、ナナちゃん、お前生きているのか??」


ベスが甘やかしていたバナナナメクジだ。べスは、ナナちゃんと名付けて可愛がっていた。


大きく成長しすぎたバナナナメクジは、瀕死の状態だった。

恐らく温室を管理している魔術師が、害虫駆除の魔法を発動させたのだろう。

バナナナメクジは一般的には害虫だ。


「大丈夫だ。もう大丈夫だ」


ノエルは涙を流しながら、この醜い生き物にべスがそうしていたように、貴重なクコの実を与え、自分でも愚かだと知りながらも貴重な治癒魔法を施した。


バナナナメクジは、大きな体をゆっくりと動かすと、ノエルの与えたクコの実をゆっくり、ゆっくり食べていた。


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