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[書籍化決定・第一部・第二部完結]緑の指を持つ娘  作者: Moonshine
秋祭り

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高らかな音楽の調べが、王宮に響き渡る。


王家主催の晩餐会だ。もちろん主賓はノエルで、この会はノエルの功績を祝う、国をあげての大晩餐会だ。

王宮で一番大きなホールが使われ、国中の高位貴族という貴族が招待された。

白い宮殿の白いホールにさざめく貴婦人や紳士達で、まるで一斉に花の咲いた温室のような美しさだった。


ノエルはいまだに温室に帰る事ができていない。

魔術院の面々にもかろうじて業務連絡だけは最低限伝える事が出来ているか否か、という多忙さだ。


今日の大晩餐会も、主賓のノエルなしでは始まらない。国を挙げての大きな祝典だ。


(温室に、帰りたい)


だが、その身にこの世の栄誉を一身に浴びている、主賓であるノエルはただ、花のような貴婦人達を見ても、ノエルを褒め称える学者達と話をしていても、心の中はずっと温室に帰りたかった。

のびのび好き放題に育っている植物でいっぱいの、ベスの温室に帰って、癒されたかった。


だがノエルの思いは裏腹に、エリクサーを完成させる前よりも、ノエルはもっと多忙な日々を過ごしていた。


(こんなはずではなかったのに)


エリクサーを完成させて、王女を目覚めさせたら、ようやくノエルは思い切り好きなだけ温室で昼寝をしよう。

あのドラ猫とソファを取り合って、それから目が覚めたらベスと一緒にお菓子を食べよう。

そうだ。長くなったベスの髪の毛を切ってあげる約束もしていたのに。


「この度はおめでとうございます」


大勢の有象無象の挨拶を受けて、ほとんど上の空のノエルの前に、非の打ちどころもないカーテシーを披露したのは、ノエルの知っている顔だった。


豪華な金のうねるような巻き毛。赤い情熱的な装い。

この色を身に纏うことが許されている人間は侯爵家以上と限られている。

エロイースだ。


エロイースの人形のような嘘の顔に、ノエルはホッとする。


「これは美しい御令嬢、私と踊ってはいただけませんか」


「喜んで」


ノエルはその美貌に貼り付けた笑みを浮かべて、目の前の人形のような美しい娘にダンスを誘う。


二人はフロアに滑り出していった。


美貌の二人のダンスに、会場には嘆息が満ちる。

どのような会話がこの美貌の二人の間で交わされているのか、知らないで。


「ベスは元気か」


ノエルは前置きもなく、一番聞きたい事を遠慮なく従姉妹にぶつけた。


「あら、久しぶりだというのに私にはなんの挨拶もなしなんて、つれないのね。まあいいわ。ベスなら、帰ったわよ」


顔に貼り付けた人形のような笑みを絶やさずに、エロイースは呆れてノエルに言った。


「帰った・・って、おい、どういう事だ」


ノエルも顔に貼り付けた笑顔を絶やさずに、エロイースの手を思わず動揺して力一杯にぎゅっと握る。


「痛いったら、力抜いてよばかノエル。教えてあげるから、バルコニーに向かって頂戴」


この完璧なお人形のような娘は、エロイースの公爵令嬢としての姿だ。


(この顔を見るのも久しぶりだ)


今日のエリクサーの完成を祝う王宮の舞踏会には、公爵令嬢であるエロイースも参加の義務がある。


エロイースのいつもは薬品で荒れ放題になっている手元が、今日は磨かれて、爪には赤い塗料まで塗られている。


日頃の魔術院の制服を着て横着な魔術を展開させている魔術師のエロイースではない、優雅な人形姫としての公爵令嬢のエロイースは、実に美しく、そして実に窮屈そうだった。


蝿のようにうるさくノエルの周りに集ってくる人々をなんとか振り切って、エロイースを窓辺のバルコニーに誘い、ようやくノエルはエロイースと二人で少し話をする体制に入る。


たとえ従姉弟同士であろうとも、男女が二人でバルコニーで話をしている場面を邪魔だてできる無粋者は、この夜会にはいないだろう。


(少し従姉妹と話をするだけで、こんな苦労か)


エロイースはバルコニーに付くと、一息で小さく魔術を展開させる。次の瞬間、その手には、最近出た号外が握られていた。


エロイースはノエルの方にぐい、と号外を渡すと、


「読んでみて」


そう不機嫌に言った。

多忙であまり回らない頭ではあるが、とりあえずエロイースのいう通り目を通す。

センセーショナルなタイトルが目についた。


「王女の目覚め」「エリクサーの完成」「悲劇の大聖女の忘れ形見と、第三王女の結婚」「真実の愛」


そして王女とノエルのありもしない愛の物語が劇画的に紡がれておりそして文の最後に、大袈裟に「愛の女神の力でエリクサーは完成した」とあった。


「なんだこれ?」


「ノエルの話らしいわよ」


号外によると、深く愛し合っていた大聖女の息子と王女は悲劇的な事故にあったが、二人の愛の力を認めた愛の女神の思し召しによって、伝説のエリクサーが完成し、王女は目覚めたらしい。


どうやらこの号外は、神殿派による市井へのプロパガンダの様子。

なんとしてでも神殿の影響力をエリクサーに持ちたいらしい。


(私を祝福すらしなかった神殿だというのに、滑稽だな)


ノエルの誕生によってその母の命が潰えた事から、ノエルが誕生した際も、成人した際も、神殿はノエルの祝福を拒否した。大聖女を殺した忌まわしい命だと。


神殿の祝福を受けていないと、死後に女神の元に行くことは叶わず、永遠に辺獄の炎に焼かれるらしい。


(祝福も授けていない私に、神殿の愛の女神からの思し召しなどあるものか)


エリクサーの完成後に、神殿からノエル宛に、改めて届いた祝福の儀式の招待状は、開封すらせずに灰にした。


「それで、ベスが帰ったってどういう事だ? 俺は誰からも何も聞いていない」


「私にもさよならも言わずに、一人で粉挽き小屋に帰ったらしいわ。ナーランダ様が様子をご存じよ。元気にしてはいるみたい」


「おい、なぜナーランダだけが知っている? なぜ私に何も言わずに帰ったんだ?何か私が不在の間にあったのか?」


ノエルは狼狽えて、思わず大きな声を出した。べスに会う事を、べスのいる温室に帰る事だけを楽しみに、この多忙な時期をすごしてきたのだ。


「ノエル、落ち着いて頂戴。ベスはナーランダ様に退職の手続きをしてもらったのよ。そもそもあなたはずっと魔術院にいなかったでしょう。それに大方、ベスはここに書かれているような事を耳にしたんでしょうね。あの子は本当にウブで、素直だから」


エロイースは悲しそうに、号外を破り捨てると、バルコニーから夜の空に投げた。

号外はまるで白い蝶のように四方八方に霧散していった。


「‥おい、誤解だ。その内容はほとんど嘘っぱちだって、エロイースお前だって知っているだろう」


ノエルは動揺した。


「そうね。この号外の内容はほとんど嘘っぱちよ。でも、ノエル。全部が嘘っぱちじゃないのは貴方だって知ってるでしょう」


ノエルはエロイースの指摘にぎくりとする。エロイースは厳しい顔をして、ノエルに言った。年上の従姉妹としての、保護者の顔だ。


「ノエル。貴方ベスに、婚約している事も、誰のためにエリクサーを作っているのかも何も言わなかったのね」


(それは‥ベスが、聞かなかったから)


心の中で、醜いノエルが言い訳を始める。


(いや、違う)


ノエルは己の卑屈で醜い心に向き合った。


言わなかったのは、ベスの愛が欲しかったからだ。

婚約している事をベスに知られて、ノエルの心を拒絶されるのが怖かったからだ。


エロイースは姉のように、ノエルに諭すように言った。


「ノエル。ベスが貴方の元を去ったのなら、もう追わないで。ベスがいなくても、もう眠れるのでしょう?」


「‥ああ」


ノエルを苦しめていた不眠症は、その不安の元が消えた事で、すっかりと消えた。

ベスの作ったあの温室でなくとも、執務室でもノエルは眠れるようになったのだ。


「ならノエル、もうベスに用はないわね。べスと貴方との契約は満了したわ。ベスと貴方はただの雇用主と、庭師よ。そして貴方は第三王女の婚約者。この国で最も高貴なお人の一人になるのよ。二度と神殿も、サラトガ侯爵も、王家も誰も貴方を軽んじたりしないわ。だからお願い。もうベスに会わないで。私はあの子が傷つくのを見たくないのよ」


気の強いエロイースの、美しい青い目には、水晶のような涙が溜まっていた。


二人の間に長い沈黙が落ちた。




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― 新着の感想 ―
[一言] エロイースの公爵令嬢ぶり、見事なだけにつらんい…!そんな娘の値千金の涙におもわずもらい泣きしてしまいます。 研究所の彼女の妙に大雑把でぐうたらなところこそ、優秀な証拠なんでしょうね。ぐうたら…
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