これこそが力
白髪を風に靡かせ、桜花からの視線にも気づかず、八尋は観客多いなーくらいの感想を抱いていた。そこには欠片の緊張感も気負いも見受けられない。いつもと変わらない自然体だ。
面倒くさそうな顔で立つ八尋に、レクトが両手をポケットに突っこんだまま言った。
「おいEランク。今降参すれば、まだ婚約者を失って笑われるだけで済むぜ?」
「‥‥しなけりゃどうなると?」
「ハ、そんなもん決まってんだろ? 二度と冒険者になろうなんて思えなくなるんだよ。もしかしたら、身体の方も出来なくなってるかもしれねーけどなぁ!」
ハッハッハッハッ!! とレクトは大声で笑う。
「やっちゃってよレクト! そいつに格の違いってものを分からせてやって!」
「レクト様なら秒殺よ!」
「あいつ怖くて動けないんじゃない?」
そして、外野から飛ぶレクトハーレムからの野次。
八尋は更に面倒くさそうな顔になった。
(‥‥嫁さんを探すのはいいが、ああいったタイプは俺の手には余りそうだな)
ある意味、八尋がレクトを初めて尊敬した瞬間かもしれなかった。
「無駄口は慎め、ライオンハート。――これより、レクト・ライオンハートと仙道八尋の模擬戦闘をはじめる。致死性の攻撃は反則とし、戦闘不能、あるいは立ち合い人の判断によって勝敗を決めるものとする」
教員の言葉と共に、レクトの笑みが深くなった。
八尋は欠片の緊張感も見せず、その時を待っている。
「では、――はじめ!」
決闘が始まったその瞬間、レクトの身体から霊力の急激な高まりを八尋は感じ取った。
「Eランク。なんでてめーが雑魚なのかを教えてやろうか?」
「‥‥一応聞いておこうか」
「俺たち契約者の力は霊装の力だ。そして霊装の火力はその霊装に込められる霊力量に比例する」
その言葉と共に、レクトの構えた両手に光が灯った。霊力が集中し、物理法則の鎖が千切れて精霊の力が解き放たれる。
そして光が奔流となり、一つの形を象った。
「分かるか? これこそが力なんだよ。圧倒的な、な」
レクトの両手には、一振りの大剣が握られていた。
金の刀身に銀の刃が陽光を受けて眩しい程に輝く。全体が華麗な装飾に彩られながらも、造りは間違いなく実用的。
(あれがこいつの霊装か‥‥、確かに言うだけあって結構な存在感だな)
大口を叩くだけの根拠はあるんだと八尋は少し認識を改めた。
レクトは顕現させた霊装を一振りさせると、周囲の歓声を一身に浴びて言う。
「霊装『クラウンレスト』だ。今度はそっちの番だ。さあ出せ、てめーのチンケな物をよぉ!」
クラウンレストに込められた霊力が飽和して、刀身から光となって溢れ出す。
「‥‥」
仕方なく、八尋も霊装『アンリエル』を顕現させた。
出現した機片が八尋の手を離れ、クルクルと身体の周囲を回る。
レクトのクラウンレストに比べれば、見た目もオーラも、霊力量も圧倒的に劣っているのは一目瞭然だ。
レクトは機片を見ると同時、堪え切れないとばかりに腹を抱えた。
「ハッハッハッ! 俺を笑い死にさせるつもりかぁ? んだよその玩具は!」
「俺の霊装だよ」
八尋は端的に答えると、ヒュンヒュン機片を飛ばす。最近は昔と違って鍛錬もサボっていたものだから心配だったが、操作性に問題はなさそうだった。
その間にも笑い声は大きくなり、気付けばレクトだけでなく観覧席からも嘲笑の声が聞こえてきていた。
ここにいる者は皆多少なりとも腕に覚えのある人間ばかり、彼らからすれば、八尋の機片はレクトの言う通り玩具に違いなかった。
ようやく息を落ち着けたレクトが、クラウンレストを構え直す。
「全く、これじゃあ弱い者イジメになっちまう。せめて少しくらい抵抗しろよ? 出来損ないが」
「‥‥」
八尋が何も答えないままでいると、レクトは舌打ちし、腰を落とした。
曲がった膝に力が溜まり、レクトの鋭い視線が八尋を射抜く。
「ハッ!」
そしてレクトが駆け出した。
契約者が扱う霊力は既存のあらゆる物理エネルギーよりも高次の力だ。故に、それを幼少の頃から扱う契約者は一般人とはかけ離れた身体能力を持つ。
八尋とレクトの間にあった距離は、瞬く間に埋まった。
(そこそこってとこか‥‥。ただこれならっ、と)
そのまま頭上から振り下ろされる大剣を、八尋は横から機片を当てつつ、レクトの側面に回り込むように避ける。
いくら機片といえど、それなりの速度で横から当てれば剣筋を逸らすくらいのことは出来る。
避けられたと気付いたレクトは、即座に切り返してきた。
そこからは、まさしく烈火の如き攻めが八尋を襲った。
クラウンレストが縦横無尽に走り、幾多もの剣閃が空間に刻み込まれ、引き裂かれた大気が悲鳴をあげてうねる。
だが、
「ウゼェッ!」
レクトは苛立ちに叫ぶ。
何故なら苛烈に振るわれるクラウンレストは、八尋に掠りもしないのだ。
八尋は別段派手なことはしていない。クラウンレストの動きを見切り、最低限の動きで避けながら機片を当ててレクトの行動を阻害する。
白髪の下で、黒い瞳がレクトを淡々と観察していた。
動きは速く、剣の威力も申し分ない。
しかし、その動きは大振りで戦略性は感じられない。恵まれた身体能力と反射神経で剣を振っているだけだ。
それは恐らくこのレビウムにおいて、間違った戦法ではないのだ。何故なら冒険者が相手にするのは人間ではなく、モンスター。しかも基本的にはパーティーで役割分担をして戦う。
つまり、アタッカーであるレクトに求められるのは、いかに高い攻撃力を長い時間叩き込めるかという点に尽きる。
だから人型の鬼と戦い続けた八尋とは、対人戦の基礎がまるで違う。当たらなければ、どれ程の威力であろうと木の枝を振り回しているのと大差ない。
しかし、八尋はそれでも積極的に攻めようとはしなかった。
その理由は単純だ。
「ッ!! いい加減に、しとけクソがぁッ!!」
攻撃が当たらないことに業を煮やしたレクトは、クラウンレストに霊力を流し込む。
次の瞬間、クラウンレストが眩く輝いた。
「『獅子の蹂躙』!!」
横薙ぎのクラウンレストから放たれたのは、黄金の奔流だ。
霊装が持つ固有の能力は様々だが、レクトの力は単純にして明快。己の霊力を剣撃に乗せ、破壊の閃光を生み出す。その威力は単純であるが故に、強力だ。
土砂を巻き上げ、黄金の一撃はレクトの前方全てを薙ぎ払った。轟音が響き渡り、レクトの肌が衝撃にビリビリと震える。
エレメンタルガーデンの訓練場は特殊な道具によって観覧席との間に結界が張られているが、その結界がレクトの『獅子の蹂躙』によって軋んだ。
Eランクの霊装で受けられるはずがない。レクトは自らの勝利を確信し、深い笑みを浮かべた。
観覧席で戦いを見ていた生徒たちは、レクトの放った『獅子の蹂躙』のあまりの威力に歓声を上げるのも忘れて息を呑んだ。
そんな中、レクトの取り巻きであるサリスだけは、決着が着いたであろうことにほくそ笑む。
訓練場の様子は煙のように巻き上がった砂塵で窺い知ることは出来ないが、あれを受けて無事でいられるはずがない。
レクトの攻撃がEランクの八尋に避けられていたことは想定外だったが、それも結局は弱者のささやかな抵抗に過ぎなかった。
レクトのような強力な力を持つ人間こそが、強者として君臨するのだ。
「フフッ‥‥」
サリスは思わず笑みを零しながら、前の方で座る黒髪の少女、桜花を見た。
顔しか取り柄の無い、強者を見極めることも出来ない哀れな女。サリスの桜花への評価はそんなところだった。
レクトの言う通り、頭の弱い女は所詮ペット程度の価値しかない。ただ、もしこの戦いの後で考えを改め服従を誓うのであれば、サリスの手駒として役立ってもらうのもありかもしれない。
顔しか取り柄が無くても、それだけでもサリスのような生き馬の目を抜くことが出来る人間が使えば、利用価値が生まれるのだ。
また先輩や新入生の中にも外部からレビウムに来たために、レクトの力を知らない人間も多くいたはず。今回の模擬戦は、それを知らしめるいいデモンストレーションにもなった。
(相手が弱すぎた点は残念だったけど、力を見せつけるだけなら十分かしら。――それにしても、もう少し取り乱すと思ったのに)
とサリスはこれからの展望について考えながら、動じない桜花を見ていた。
面白くない。みっともなく取り乱し、悲嘆にくれた様子を見たかったのに。
いや、もしかしたら、あまりの絶望にショック状態なのかもしれないと想像を膨らませる。
だから、気付かなかった。
訓練場の砂塵が治まり、その様子が分かるようになっていたことを。そしてそれを見た観客たちが全員黙ったことを。
「‥‥なに?」
突如訪れた静寂に、サリスも訓練場の中心に目を向ける。
そこには倒れ伏すEランクと、それを見下すレクトが居るはずだった。
だが、
「なっ‥‥、どうして!」
サリスは思わず我を忘れて声を上げた。
それは何もサリスだけの思いではなかった。観覧席に座る全ての人間が同じ感想を抱いただろう。ただ一人、婚約者の勝利を疑わず見続けていた桜花を除いて。
観客の見つめる先には、訓練場ではクラウンレストを構えるレクト、そして幾つもの機片を浮かべ、無傷で立つEランクがいたのだ。
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