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最大霊力量E!?

「最大霊力量E!?」


 八尋と桜花が振り返れば、そこにはいつの間にいたのか大柄な男が立っていた。指定のジャケットを着崩し、ブロンドの髪は後ろに撫でつけている。端正でありながら粗野な容姿の中で、面白そうに歪んだ眼が八尋を見ていた。


 傍らには、数人の女子生徒が寄り添っている。


 ――誰だ?


 八尋がそう問うよりも先に、男が大きな声で言う。


「おいおいおい、霊力量でEランク判定なんて聞いたことねえぞ? お前本当に契約者かよぉ?」


 その言葉に、周囲にいた生徒たちにもざわめきが広がった。


 ――え、E? 本当に?

 ――間違いとかじゃないのか?

 ――そんなのほとんど一般人と変わらないだろ。


 周囲の大袈裟な反応に、八尋は訝し気に目を細める。


(なんだ? 確かに評価は低いけど、所詮は簡単な計測で出た結果だろ? なんでそんなに驚くんだ?)


「おい、無視してんじゃねーよEランク」


 周囲の反応に目を向けていた八尋は、突然近づいてきた金髪の男に頭を鷲掴みにされ、強引に視線を合わさせられる。


「なっ――!」


 驚いた声でその手を振り払おうと桜花が動くが、八尋はそれよりも先に男の手を軽く払った。


 抵抗されるとは思ってなかったのか、簡単に男の手は外れる。


「てめぇっ、何しやがる!」

「それはこっちの台詞だプリンヘッド。初対面の人の頭掴むなんて、どうかしてるんじゃないのか?」


 いくら世間知らずの八尋でも、男の態度が非常識なことは一目瞭然。そしてそんな相手に対して丁寧な対応をしてやれるほど八尋は大人ではない。


「クソ餓鬼が、俺が誰だか知ってて言ってんのか?」

「悪いが微塵も知らん。それとお前が留年しているのでもなければ、同い年だと思うぞ」


 小柄な八尋が座っている状態で大柄な男に見下ろされているので、圧迫感は相当なもののはずだが、八尋に少しも臆す様子はない。


 その生意気な態度に苛立ちを見せた男だったが、何を思ったのかすぐに厭らしい笑みを浮かべた。


「はーん、さてはてめえ、外部から来た人間だな?」

「‥‥確かにレビウムに来たのはつい最近だが」


 それがどうしたと言うよりも早く、男は大きな笑い声をあげた。


「ハッハッハッハッ!! やっぱりな! そうだろうよ、そうじゃなけりゃあ、このレクト・ライオンハートを知らないわけがねぇ! 見た所アジアの出みてーだが、田舎者は見目だけじゃなく、実力までみすぼらしいみてーだなぁ! あぁ!?」


 すると、男の笑い声に合わせて周囲に侍っていた女子生徒たちもクスクスと笑い始める。


 どうやらこの男はレビウム出身、それもそれなりに有名な家の者なのだろう。或いは、傲慢になる程の実力の持ち主なのか。


 だが、どうにも正面に立っている男がとても強いようには見えない。八尋は大きくなる笑い声とは反比例するように冷めていった。


「それで、そのレクト・ライオンハート? 様が一体何の用だ? 俺の霊力量がE判定だったところでお前には関係ないだろ」

「ハッ、おいおいEランク、俺はてめえの声を聞いてわざわざ忠告しに来てやったんだぜ?」

「忠告?」


 とてもそんな優しさを感じる態度ではない。


「ああ、どうせてめーも冒険者やるためにここに来た口だろ? やめとけよ。Eランクの雑魚が戦える程甘い場所じゃねーんだ、あそこはよぉ」


 そう言って、男は笑みの中に侮蔑を交えて八尋を見下ろした。


 忠告という言葉を使っているが、結局この男は誰かを見下せる素材があったから、それに喰いついただけなんだろう。つり上がった口元が、男の傲慢さを伺わせた。


 学校で一番最初に話しかけられたのがこれって‥‥。ドキドキしていた朝の期待を返して欲しい気分だ。


 もう一々反応してやるのも面倒なので、適当にあしらおうと八尋は決めた。


「御忠告どうもありがとう。俺が天理の塔に挑むかどうかは俺が決めるから、もう放っておいて――」




「撤回してください」




 八尋の言葉を遮り、凛とした声が教室に響き渡った。


「‥‥は? んだよお前」

「今の言葉を撤回してください」


 威圧するレクトの視線を正面から見返し、姫咲桜花は同じ言葉を繰り返した。


 レクトはまさか女子に噛みつかれるとは思っていなかったようだが、桜花の顔を舐めるように見つめると、再び笑みを浮かべた。


「おいおい、撤回しろったってどの言葉をだ? 俺が言ったのは全部事実だろ?」

「八尋さんは雑魚などではありません。撤回してください」


 桜花は一歩も引かず言い返す。


 八尋としては、まさか桜花がここまで反応するとは思っていなかった。


(俺が馬鹿にされるってことは、ひいては鬼神と戦ってた姫咲家が馬鹿にされているからってことか?)


 八尋がそんな見当違いな予測を立てていると、レクトがこらえ切れないとばかりに大声で笑った。


「雑魚じゃねーだと? 雑魚だからEランクなんて判定が出たんだろうが! 何のためにこんな検査をやってると思ってんだ? 俺みたいな才ある人間が、そこの白髪頭みたいな役立たずと間違っても組まないようになってんだよ!」


 その笑い声に、今度は教室全体で隠し切れない笑いが起きた。ここにいる人間は皆契約者として優秀な者ばかり。差はあれど、レクトの言葉に賛同する気持ちが少なからずあった。


 そしてそこまでを一気に叫んだレクトは、ズイと腰を折って桜花に顔を近づけた。


「‥‥とはいえ、田舎にも見れる花は咲くらしいな。頭はさほど良くはないようだが、気に入った」

「‥‥なんですか」


 レクトの近づいてきた顔から逃げるように、桜花が少したじろぐ。


 そんな彼女の様子など気にもかけず、レクトはとんでもないことを言い放った。


「喜べ。お前を俺の女にしてやるよ」


 誰もが聞き耳を立てていた教室の中に、沈黙が舞い降りた。


 ――何言ってんだこいつ?


「‥‥は?」


 何を言われたのか分からないと桜花が言葉を漏らす。冷たい視線がレクトを射抜くが、傲岸不遜な彼は欠片も気にせず続けた。


「聞こえなかったのか? 俺の女にしてやると言ったんだ。このレクト・ライオンハートが直々に誘ってやるんだ、光栄に思え」


 えー、なんでそんな女ー、とレクトの背後で取り巻きの女子生徒たちがざわめくが、レクトは至って本気のようだ。


 そして完全に蚊帳の外だった八尋は、わなわなと震え始めた桜花に気付く。昔から感情表現が苦手な桜花ではあったが、決してなにも感じないわけではない。


「おい、桜花――」

「お断りします」


 八尋の声掛けを遮り、桜花が硬い声で言い放った。


 騒めき始めていた教室が、再び沈黙に包まれる。


 レクトもまた笑みを引っ込め、怒気を滲ませた声で言った。


「今、なんて言った? この俺がわざわざ誘ってやったんだぞ?」

「なんと言われようと、お断りします。私があなたのものになることは絶対にあり得ません」


 桜花のその言葉に、レクトの表情が完全に失せた。それまでの調子づいたテンションは形を潜め、桜花を無表情で見下ろしている。


「その選択、後悔することになるぞ」


 だが、我慢の限界を迎えていたのは桜花も同じだった。


「後悔するわけがないでしょう? 何故なら私は」


 そこで桜花は八尋の手に自らの手を重ね、レクトを睨み付ける。


「彼――八尋さんの婚約者ですから」


 重ねられた手が、強い力で八尋の手を握りしめる。


 元々桜花は口数が多い方ではない。何か嫌なことがあっても、黙っていれば過ぎ去るのなら、何も言わないのが彼女だ。


 そんなことは幼馴染の八尋もよく知っている。そんな桜花が、それでもここまで言い切ったのは、彼女にとって譲れないものがそこにあったからだ。


「――ハ、ハッハッハッハッ!! こいつは傑作だな! そんな出来損ないの婚約者だと!? 女、どうやらお前は何も分かってないらしいな?」

「‥‥どういう意味ですか?」

「ここでは力が全てなんだよ。強い者は全てを手に入れ、弱い者は全てを奪われる。この俺が欲しいと思った以上、お前はもう俺のものなんだよ。――おい、Eランク」

「なんだよ」


 レクトに睨みつけられた八尋は、面倒くさそうに答える。


 次にレクトの口から出た言葉は、ほぼ八尋が予測していた言葉通りだった。


「俺と戦え。そこの女を賭けてな。‥‥あり得ねー話だが、てめーが勝ったら何でも言うことを聞いてやる。雑魚じゃねーってんだ。まさか女を賭けた戦いで逃げるわけねーよなぁ?」

「‥‥」


 八尋は、溜息を吐きたい気分だった。


 何を勘違いしているのか知らないが、桜花は形だけの婚約者だし、八尋としては自分が雑魚と呼ばれようが、そんなことはどうだっていいことだ。実力は、天理の塔で示せばいいのだから。そもそも人を賭けて戦うなんてふざけた話だ。


 しかし、


「‥‥」


 隣には、普段通りの鉄面皮でこちらを見る桜花が居る。その目には、八尋の勝利を信じて疑わない光があった。八尋が馬鹿にされて当人以上に怒ってくれた、婚約者だと周囲の人の目も気にせず言い放った桜花。


 ――まあ、形だけとはいえ婚約者なのは確かだしな。


 八尋は立ち上がると、レクトを正面から睨み返す。


「いいぜ、受けてやるよ。負けた後で後悔するなよ」

「決まりだなぁ。精々独りになった後の身の振り方でも考えておくんだな」


 そうして、入学式早々八尋とレクト・ライオンハートとの決闘が決まった。


 現実がままならないなんてことは当たり前で、世の中予期せぬことばかり起こるものだが、まさか天理の塔に挑むよりも先に、婚約者を賭けて戦うことになるとは思わなかったと、八尋は高校生活の難しさを実感するのだった。


 ハーレムへの道は、八尋が思っている以上に厳しく険しい。


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