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 初手。ヴィードは一番初めに六花を弾き飛ばした颶風を解き放つ。それは、これまでの物とは明らかに一線を画していた。


 自身の身体に纏っていた嵐鎧を、薄く、鋭く、指向性を持たせて解放。


 鎌鼬(かまいたち)


 人どころか鉱物さえ両断する風の刃が、八尋と背後にいるレーシアたちへと飛来した。


「――ッ!」


 八尋は六花の力を使って、自分に当たる鎌鼬を逸らし、レーシアたちに向かう物も最低限迎撃する。


 レーシアのファルウートならば受けられると判断した瞬間、ヴィードが来た。


 鎧を脱ぎ捨て、全ての力を加速へと注ぎ込んだヴィードによる突撃は、これまでの速度に見慣れていた八尋の目を掻い潜った。


 即座に妨害するために六花が両者の間に割り込むが、ヴィードは構いもせず突き進んでくる。


 青い血が飛散し、ヴィードの拳が六花を押しのけて八尋の土手腹に打ちこまれた。


「がっ‥‥!!」


 六花で抑え、インパクトの瞬間に身体を捻転させることで衝撃を逃がすが、ヴィードの拳は生易しい物ではない。


 臓腑が破裂したのではという衝撃と痛みに、八尋の口から血が吐き出される。


 それでも、八尋は吹き飛ばされることなく踏ん張った。


 すぐ近くで、ヴィードの視線と八尋の視線が交錯する。


 次の瞬間、桜花の治癒弾が八尋に着弾し、ヴィードの拳と八尋の六花がぶつかった。


 青と赤の血が入り混じり、火花が閃光となって弾ける。


 六振りの剣の手数に、ヴィードは脅威的な速度と短くなった腕さえも使って対応し、合間合間に鎌鼬を放ってくる。


 八尋は極限の集中力で六花全てを操作しながら、体捌きでヴィードの攻撃から致命傷を避け続けた。


 絶え間ない攻撃と防御の応酬。


 拳を捌いた剣がそのままヴィードの首を狙い、剣を弾いた拳が八尋の心臓へと伸ばされる。


 六花を掻い潜って打ち込まれる打撃は、骨の髄まで浸透し、噛みしめた歯の隙間から血が零れ落ちた。五臓六腑がひっくり返り、血管が縄跳びの様に跳ねる。


 痛みに意識が遠のきかけた瞬間に、桜花からの治癒弾が飛んでくる。


 桜花もまたヴィードの鎌鼬のせいで、無茶な援護は出来ない。その上、あまり無理に治癒をしようとすれば、八尋に向いているヴィードの敵対心、所謂ヘイトを集め過ぎてしまう。


 ヴィードもまた青い血に塗れ、凄まじい様相を呈していた。


 片腕が無いにも関わらず、それすらも無視して乱打を見舞ってくる。


 恐ろしいのは、その羽による体勢制御能力だ。


 蹴りから蹴りへ、六花を受けた勢いのまま拳打へ。本来なら崩れたはずの体勢から、羽を用いることで次の攻撃へと間髪入れずにつなげて来る。


 攻防一体の立体機動。


 この状態に至って尚、進化し続ける戦闘センスには、舌を巻くしかない。


 戦闘は、目まぐるしく続く中でも膠着状態に陥っていた。


 一見桜花の支援を受けられる八尋が有利に見えるが、一発直撃を喰らえば、八尋は死ぬだろう。どちらにせよ致命傷を受けてしまえば、それを治すために桜花が無理をし、ヴィードはそちらに向かうはずだ。


 薄氷の上で舞踏を行うような、綱渡りの膠着状態。


 六花で着実にダメージを重ねる八尋は、一方で焦っていた。


 いくら四肢を斬りつけようと、致命傷にはなり得ない。元々強靭なまでの体力を持つモンスターだ。確実に殺すためには、心臓か首か、あるいは頭を潰さなければならない。


 だが、ヴィードの速度に追いつくために組み替えた六花では、それは不可能だ。


 唯一斬れるかもしれない首も、ヴィードは絶対に避けてくる。無理に狙えば、その隙を突いて八尋を殺すだろう。


 一瞬でいい。


 この怒涛の接戦の中で、八尋はその一瞬を生み出すために頭を回転させていた。


 そして、それに固執したが故に、六花の動きに緩みが出た。


 それはほんの少しの甘え。繰り返される攻防の中で、無意識の内に八尋がヴィードの動きを思い込みで予測したために生まれた、綻びだ。


 ――シャァアアアッ!! 


 ヴィードは、それを見逃さなかった。


「!?」


 その甘さに八尋が気付いた時、ヴィードは雄叫びを上げて八尋の懐へと潜り込んでいた。残った腕に纏われるのは、瞬時に作り上げられた嵐鎧。


 当たれば、たとえ契約者であっても肉片へと変える必殺の一撃だ。ヴィードの本能は、ここが詰みだということを見抜いていた。


 ――しまった。


 遅延する世界の中で、八尋は防御も回避も間に合わないことを悟った。


 コマ送りするように、ヴィードの嵐鎧を纏った拳が迫る。


 八尋とヴィードだけが存在する世界。


 そこに、割り込む姿があった。


 桜花の強化弾を受け、身体のリミッターを無意識の内に全て取っ払い、鈍重なはずの身体で飛び込むように二人の間に割り込む大きな影。


 八尋は大きく目を見開いた。


 ここ最近で見慣れた、臆病な主人を守るような熊のシルエットの鎧。臆病で、泣き虫で、それでも覚悟を決めることが出来る少女。


「ああああああぁぁぁああああああ!!」


 レーシアが、泣き声とも雄叫びともつかぬ声で叫びながら、ヴィードへと組みついた。


 ギャギャギャ!! とヴィードの嵐鎧がファルウートを削り、黒い破片を弾けさせる。


 ほんの数秒で、レーシアは簡単に振りほどかれるだろう。いくら耐久力があっても、ファルウートの膂力はさほどでもない。レーシアが死ぬ思いで出来るのは、ほんの少し、ほんの少しだけ時間を稼ぐ程度だ。


 だが、


「ッ――!!」


 その一瞬こそが、八尋の最も欲しかったものだ。


「はぁぁあああああああああぁぁあぁああああああああ!!」


 六花を構築していた機片が、分解し、一か所に集まる。


 ガチャガチャガチャ! と極限の集中力で組み上げられるのは、長く、鋭く、ただ一点に力を集められる理想の形。既に戦いの中でヴィードの装甲の硬さ、速度は頭に入っている。それを知っているからこそ、己の限界を超えて霊装は応えてくれる。


 イメージするのは最速にして神速。立ち塞がる全てを貫いて進む最強の矛。




 アンリエル――槍機(そうき)鳴神(なるかみ)




 ガンッ! とひしゃげたファルウートが耐え切れなくなってヴィードから弾かれた。


 ――シャァアアッ!!


 八尋の鳴神を見たヴィードが、叫ぶ。


 それは諦観ではない。最後の最後まで抗おうとする、英雄の雄叫びだ。


 だから、八尋もまた最後まで一切の油断を捨て去り、鳴神に全身の霊力を注ぎ込んだ。


 八尋の片手の上に浮ぶ槍から、紫電が弾け、風を貫き、大気を焼き焦がす。


 八尋はヴィードの赤い瞳を見つめ、鳴神を放った。


 射出された槍は、一条の閃光と化す。


 雷と等速のそれは、まさしく神速だ。


 回避する暇もないヴィードは、それを真っ向から受ける。嵐鎧を身に纏い、鳴神の穂先へと拳を叩き込む。


 轟ッ!! と周囲の全てを吹き飛ばし、拮抗したのはほんの一瞬だった。


 深緑の装甲を燃やし、紫電が全身の筋肉を焼く。纏った嵐鎧は維持し切れずに吹き飛んだ。


 直後、けたたましい雷鳴と共に、ヴィードの胸部が消し飛んだ。


「‥‥」


 死ぬ最期の最後まで、八尋たちを見据えてたヴィードの目に、どんな思いがあったのかは知らない。


 ただどうしてか、八尋もまたヒーローと呼ばれたモンスターが光となって散っていく様子から、最後まで目を離すことが出来なかった。



    ◇ ◆ ◇



「おいレーシア、生きてるか」


 ヴィードの最期を見届けた八尋は、荒地となった地面にぶっ倒れるレーシアに声をかけた。その身を覆うファルウートは割れ、欠け、凹んでいるにも関わらず、原形を留めているのは流石という他ない。


「‥‥い、生きているのでございます」


 ファルウートの中から、か細い声が聞こえてきた。最後の嵐鎧の一撃を受けた無事なのか不安だったが、どうやらこの調子なら平気そうだと八尋は息を吐いた。


 すると、ベコベコのファルウートが光となって宙に溶け、中のレーシアが地面に投げ出される。


「うおっ、大丈夫かレーシア」


 八尋は慌てて小柄な身体を抱き起す。見た所多量に出血している様子がないあたり、ファルウートの防御力は凄まじい。それでも頭にダメージがいっていれば大変だと八尋が確認しようとした時、薄眼に開けられたレーシアの目が八尋の目を見た。


 ――カァァアアア!


 一拍置いて、そんな擬音が付きそうな勢いでレーシアの顔が真っ赤に染まった」


「顔赤いけど平気か? どっか痛いところでも」

「だ、だだだ大丈夫なのでございますよ! 大丈夫でございますから!」

「お、おい暴れるな。引っ掻くな、いてぇ!」


 レーシアはまるで懐かない猫の如く八尋の腕の中で暴れに暴れた。ついでとばかりに私服に包まれた胸も暴れに暴れる。


「‥‥何しているんですか、八尋さん」

「うぉっ」


 背後からかけられた冷たい声に、八尋は思わず背筋を伸ばした。


「全く‥‥」


 八尋の隣に来た桜花は、そう溜息を吐きつつ治癒弾を八尋とレーシアの二人に撃ってくれた。


「‥‥ぁの、そろそろ、話して欲しいのでございますよぉ‥‥」

「ん? おお、すまんすまん」


 まるで熱に浮かされたような表情のレーシアを、八尋は立たせた。


 平気なのか? とも思うが、本人は一人で立っているし、桜花がしっかりと治癒しているから平気だろうと納得する。


(やれやれ、色々と予想外なことだらけだったけど、これでなんとか解決か‥‥)


 そう八尋が安堵の息を漏らそうとした時だった。


「は、はははははは! やった、やったわ! これよ、これさえあれば!」


 耳障りな甲高い声が聞こえてきたのは。


「なっ!」

「‥‥あいつは」

「‥‥」


 声が聞こえた先に居たのは、ワインレッドの髪をした女――サリスだ。レクトの一番近くに居て、八尋に憎しみの視線を向けてきた相手。そして状況からして、レーシアを拉致した張本人だろう。


 ヴィードとの戦いで死んだのかと思っていたが、どうやらあの余波の中でも生き残っていたらしい。運のいい女である。


 今更こんな女一人程度、疲労状態の八尋でも負ける道理はない。しかし、問題はサリスの握っているものだった。


「ヒーローモンスターの魔石! 何よ、これさえあれば面倒なことなんて何一つ必要ないじゃない!」

「‥‥何言ってんだ、お前? 馬鹿か?」


 思わず八尋は言った。


 言葉通り、サリスが握っているのはヴィードの消えた場所に残っていた物、魔石である。その大きさは両手で持たなければならない程で、色は鮮やかな深紅。紛れもない、最高峰の魔石だ。


 サリスが眼を大きく剥き出しにし、八尋を睨んだ。


「黙りさないEランク! これは私の物よ!」

「阿呆か。戦ってないどころか、誘拐犯だろお前は。魔石云々以前に、これからギルドに突き出すからな」


 ここで殺さないだけありがたく思え、と八尋はため息を吐きそうになる。大体、どういう思考回路ならヴィードの魔石が懐に入ると思っているのだろうか。


 しかしサリスは厭らしい笑い声を上げた。


「阿呆はお前よEランク! いい? 私たちは森に放置されていたあんたの仲間を、心配して保護しようとしたのよ? だというのに、呪われたそいつのせいでヴィードが現れ、私たちの仲間は死んでしまったわ。慰謝料として、これを私が受け取るのは当然のことでしょう?」


「‥‥は?」


 八尋は思ってもみない言葉に、完全に言葉を失った。暴論もここに極まれりである。


「そんな馬鹿な話が通用すると思ってるのか?」

「馬鹿な話? これだから頭の足りてない猿と喋るのは嫌だわ。分かっていないわね、私たちは証拠を残していないし、そっちの女がヴィードに狙われていたのは周知の事実。なにより、私たちはライオンハートよ? ヴィードの魔石が手に入るというのであれば、ライオンハートはきっとなんだってするわ! 私たちを敵に回した時点で、あんたたちの負けなのよ!」


 そう言って、サリスは高らかに笑った。


「‥‥」


 ギュっ、とレーシアが震える手で八尋の袖を握った。


 彼女の言う通り、噂に聞く『ライオンハート』であれば、ヴィードの魔石が手に入るチャンスだと知れば、本気で八尋たちを潰しに来るだろう。ダンジョン内であれば戦闘力で片が付くが、社会に出てしまえば影響力のある組織の方が遥かに強い。


 サリスの言っていることは暴論でも、あり得ないと唾棄出来ない程度には可能性があるのだ。


 だが次の瞬間、サリスの笑い声が凍り付いた。


「そんなことは、あり得ないし、絶対にさせない」


 周囲に響く、凛とした声。


 まさか、本当に来てくれるとは思わなかったと驚きながら、八尋は振り向いた。


 そこに居たのは、鮮やかな金の髪を三つ編みにした小柄な美少女。幼さと美しさのアンバランスな魅力を兼ね備えた、自称十三歳JK。クーシャンがサリスを見下すように立っていた。


 そして、『ライオンハート』に所属するサリスが、『竜星群』所属のクーシャンを知らないはずがない。サリスは高笑いから一転、声を震わせる。


「‥‥な、そんな‥‥なんで、お前が、お前がぁぁぁあああああ!」

「八尋に頼まれて、ずっと前から動画を撮ってた。今更お前に言い逃れは出来ない」


 そう言って、クーシャンは手に持っていた携帯を振った。


 クーシャンの言う通り、八尋は桜花にクーシャンに連絡を取るように言っておいたのである。一回話しただけの八尋のためにクーシャンが動いてくれるかは分からなかったが、しっかりと証拠を押さえてくれていたらしい。


「‥‥」


 八尋の視線に気づいたクーシャンが、グッ! と無言で親指を立てた。


(十三歳JK、最高に頼りになるな‥‥)


 そんなことを思う八尋の正面で、サリスが膝から崩れ落ちる。その顔はまるで一気に何年も老けたようで、色を失っていた。


「‥‥そんな‥‥私の、私の計画は‥‥完璧‥‥男なんて‥‥馬鹿しか‥‥」


 巨大な組織に対抗できるのは、同じく巨大な組織だけである。いくら『ライオンハート』が動こうと、『竜星群』メンバーのクーシャンが証拠を撮影していた以上、勝てるわけがない。


 サリスに残された道は、完全敗北による破滅だけだった。


「悪いな、俺はお前たちを許せそうにない」


 もしも単純に八尋に喧嘩を売るだけなら、別に大事にするつもりはなかった。けれど、サリスは今回レーシアを誘拐した。それで何をしようとしていたのかまでは知らないが、八尋の仲間に手を出した以上、もうなあなあで済ませることは出来ない。


 八尋は茫然自失状態のサリスの手から魔石を取り上げる。もはや抵抗する気力は彼女には残っていなかった。


 こうして、私怨によって起きた『ライオンハート』と八尋たちの戦いは、『竜星群』を交え、八尋たちの勝利という形で決着が着いたのだった。


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