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神殺しの在り方

 暗闇の中、痛みに気絶することも出来ず、朦朧とした意識でいると、昔を思い出してしまう。


 八尋はヴィードに蹴り飛ばされ、密林をぶち抜き、一本の大樹に衝突して崩れ落ちていた。


 そういえば鬼との戦いは、常にこんな感じだった。


 いつもいつもが死と隣り合わせで、一歩踏み間違えただけで、死ぬ寸前まで簡単に転がり落ちる。


(やば‥‥早く、レーシアを‥‥)


 助けに行かないと。そう思っているのに、身体が動かない。そもそもヴィードに蹴り飛ばされてからどれくらい時間が経ったのだろうか。


 駆けつけてこの様じゃ、笑い話にもならない。八尋は薄く目を開ける。頭から血が流れているせいか、視界に赤が入り混じっていた。


 それでも、


(そろそろ動けるか‥‥)


 遠いせいで詳しくは分からないが、まだ霊力の気配がする。きっとレーシアはまだ生きている。


 八尋は身体に力を入れた。


 いたるところの骨が折れ、筋肉や内臓もズタズタだ。


 それでも、動けないわけじゃない。契約者の頑丈さは相当なものだ。


 傲慢と油断のツケは、自分で払う。


 ヴィードに一発入れてもらったおかげで、八尋の中でのスイッチが切り替わった。


 寄りかかっていた樹から身体を起こし、八尋は両足で地面に立つ。視界がグラつき、思わず膝をつきそうになるのを堪えた。


 八尋は制服の内側に痛む手をなんとか突っ込むと、中に入っていたGポーションを取り出す。そのまま歯でキャップを開け、喉に流し込んだ。


 手元にあるのはこれ一本だけだ。


 そもそも今日は天理の塔に潜る予定じゃなかったから普段のバッグを持ってきていないし、桜花がいるということもあってポーションを買う必要性をあまり感じていなかったのだ。


(これも慢心ってわけか)


 全身を襲う鈍痛は多少マシになったが、まだ折れた腕は使い物にならない。 


 頭もまだガンガンと耳鳴りが響き、とても万全にアンリエルが使える状態ではない。


 それでも、動ける。


 八尋が指示した通り桜花が近くに居るのなら、レーシアを桜花に任せて逃がすくらいは出来るだろう。


 そう思った瞬間だった。


 迫りくる霊力の圧。


 一瞬ヴィードが追撃に来たのかと思ったが、違う。これは、ずっと昔から慣れ親しんできた気配。


「は‥‥」


 顔を上げた先に見えたのは、白い光だ。


 温かく全てを包み込んでくれる、柔らかな霊力の光。


 八尋はそれを抵抗することなく迎え入れた。光は音もなく八尋の身体へ入ると、傷ついた全身へと染み渡っていく。


 まったく、自分の尻は自分で拭うと決意しながら、情けない話だ。


 桜花は八尋の役に立つのが願いだと言っていたが、今も昔も八尋は彼女に助けられ続けている。


 神殺しだからなんて、桜花は八尋を持ち上げてくれても、いつだって感謝しているのは八尋の方なのだ。


 全身の痛みが薄れ、両腕もある程度動かせるようになった。朧気だった思考が鮮明になり、視界が一気に広がったような感覚を覚える。


 桜花がこれほど高威力の治癒弾を撃ってきたということは、向うも限界に近いはずだ。


「‥‥行くか」


 八尋は霊力を高めながら地を蹴った。


 周囲の景色を後ろに置き去りにしながら、八尋は全力で密林を疾駆する。


 同時にアンリエルを発動し、複数の機片を顕現させた。


 樹々の隙間を抜けた時、それは見えた。


 深緑の甲殻に、暴風を纏ったヴィード。


 そしてそれと相対するのは黒い鎧と、黒髪の少女だ。


 鎧は至るところが凹み、片手剣は近くに放り投げられ、もはや立っていることさえ難しい満身創痍という有り様だった。


 それでも黒髪の少女、桜花は大きな怪我を負っている様子はない。


 ファルウートに身を包んだレーシアが、命を懸けて彼女を守った証左だろう。


 だが、それも限界。


 レーシアの腕をヴィードが掴み、その体勢を強引に崩して拳を振りかぶっている。周囲の大気がヴィードに向かって渦巻き、嵐が拳に圧縮されていく。


 背後の景色が見えなくなる程の激烈な風の塊。


 いくらファルウートでも、あれを受ければ鎧ごと掘削され、ねじ切られるだろう。


「っ‥‥!!」


 八尋は機片を操作し、ファルウートの周辺へと飛ばす。


 組み上げるのは、普段使う六花とは別の霊装。


 頭の血管が千切れるかと錯覚する程の集中力で、繊細に、素早く機片同士を繋いでいく。


 それに気づいたレーシアと桜花が、こちらを見た。


 同時に振るわれる颶風を握り込んだ拳。


 組み合わさった機片が結界を生み出し、レーシアとヴィードの間に割り込んだ。




 アンリエル――盾機(じゅんき)万華鏡(まんげきょう)




 結界と拳が衝突すると同時に、暴風が解き放たれた。


 人どころか大岩すら塵へと変える風の刃が、レーシアの目前で暴れ狂う。まるで牙を剥いた巨獣が、何体ものたうち回っているかのようだ。


 しかし、風はレーシアには届かない。正面だけでなく、角度をつけて展開された何枚もの結界が、あらゆる方向に風の勢いを散らしているのだ。


 それでも尚、ヴィードは動きを止めなかった。 


 防がれた拳に更に力を込め、結界ごと砕かんと羽を使って推進力を生んだ。


「いい加減に、しとけよっ!」


 そのヴィードの横から、八尋は一気に突っ込んで蹴りを叩き込む。


 ゴッ! と横腹を蹴り飛ばされたヴィードが、微かにだがよろめいた。


 そして、その隙があれば十分。


 八尋は即座に万華鏡を解体し、六振りの剣を組み上げた。


 アンリエル――剣機(けんき)六花(りっか)


 六振りの剣が、ヴィード目がけて食らい付く。


 これまでよりもなお速く、纏う風を切り裂いて深緑の甲殻に斬撃を浴びせた。 


 銀の剣閃が何条にも重なり、ヴィードを後方へと弾き飛ばす。


「‥‥」


 本気で斬り殺すつもりで振ったが、脱皮して甲殻は更に硬度を増したらしく、ヴィードは復活してきた八尋を不思議そうに見ていた。


 ――強い。


 八尋は改めて実感した。目の前のヴィードは、前の状態など比べものにならない程に、力が増している。


 風を操る力も、これまでは加速装置としてしか使われていなかったのに、現在は直接的な攻撃方法に利用されている。


 その上、最も強力な武器であった硬度に関しては上がっているのだ。


 秘めた素質は、これまで八尋が戦ってきた鬼たちと比べても何ら遜色ない。


「や、八尋‥‥」


 その時、か細い声が聞こえた。


 薄汚れ、至る所が凹んだファルウートが八尋を見上げている。


 自分が吹っ飛ばされてから、どれくらいの時間が経ったかは分からない。ただそのレーシアの様子から、その戦いが決死のものであったのは分かる。


 八尋はそっと兜の上に手を置いた。


 不思議と、鎧の中のレーシアと目が合った気がした。


「ありがとう、レーシア」

「‥‥」


 レーシアは、何も言わなかった。ただ鎧の中でしゃくりあげるような声が聞こえてくる。張り詰めていた緊張の糸が、プツンと切れたのだ。


 幾度もの死線を潜り抜けなければならない、無茶な戦いだったはずだ。


 八尋は、次に桜花の方を見た。


 そこには、いつも通りの無表情で見つめ返してくる桜花が居る。


 彼女が無理にでも治癒弾を撃ってくれなければ、八尋の復帰はもっと遅くなっていただろう。


「桜花もありがとうな」

「いえ、助けに入るのが遅れてしまってすいません」

「頼んだのは俺だしな」


 八尋はそう苦笑いすると、ヴィードに視線を向けた。霊力が高まり、風がヴィードを中心に渦を巻きはじめる。


 それに呼応するように、六花が切っ先をヴィードに向けた。


「それじゃ、悪いけどもう一戦付き合ってもらえるか?」


 血に汚れたロマンの欠片も無いダンスの誘いに、しかし桜花はなんの躊躇いもなく頷いた。


「勿論です」


 言いながら、桜花は双銃に治癒弾を込めて八尋に当ててくれる。


 彼女も経験の足りないレーシアと組んだ状態でヴィードと戦うのは相当な負担だったはずだ。特に狙われれば攻撃を防ぐ術がほとんどない桜花の精神的疲労は計り知れない。


 ここまでパーティーを立て直せたのは、間違いなく桜花のおかげだ。


 ――フシュゥウウウ。


 息の漏れる音とともに、風が止んだ。八尋たちの周囲に訪れた、突然の不気味な凪。


 風は消えたわけではない。ヴィードの身体を凄まじい速度で流れる暴風がそれを教えてくれる。風の余波に巻き上げられた木の葉がヴィードに近づくと、粉々になって散った。


 それはまさしく人型に押し込まれた嵐その物。嵐鎧(らんがい)とでも呼ぶべきものだった。


(間違いなく、ヴィードも自分の能力に慣れてきてる。この適応能力こそが、ヒーローモンスターの神髄ってわけか)


 カチャカチャカチャ! と六花を構成する機片が忙しなく動き、その構築を少しずつ変える。


 認めよう。目の前のモンスターは、ここで逃せば鬼神同様、いずれ神の座に触れ得る存在だ。


 この閉じた闘争の世界において、ヴィードは通常の生物が辿るであろう進化の軌跡を、考えられない速度で走っている。


 レーシアと桜花と戦う中でさえ、このモンスターは成長し続けていたのだろう。


 まさしく、英雄。


 だが、八尋はそれを理解して尚一歩前にでた。


 相手がなんであろうと、目前に立ちふさがるのであれば殺そう。たとえ英雄であっても、神へと至る素質を持っていても、小賢しく策を弄し、泥臭く戦いを長引かせ、一瞬の隙を突いて殺そう。


 それが、人という脆弱な種にあっても勝ちに執着する、神殺しの在り方だ。


「‥‥一勝一敗だ、決着を着けようぜヴィード」


 返答は、赤い眼光によって為された。


申し訳ありませんが、次回更新がいつになるかは確約出来ない状態です‥‥なるべく頑張って更新したいと思います。 

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