治癒弾
これまでの弾丸とは桁違いの霊力に、レーシアだけでなく、ヴィードもまた反応した。
戦いの中で蓄積された経験から、研ぎ澄まされた判断力によってヴィードは桜花の排除優先度を上げた。
風を使い、加速。
正面からファルウートに突っ込むのではなく、ヴィードは迂回して桜花を狙った。
「させません!」
強化弾によって強化されたレーシアは、その動きに対応する。ヴィードの加速は確かに凄まじいが、それ故に自分の動きを完全に御し切れていない。いくら速かろうと、どうしても大回りでの動きになってしまうのだ。
それならば、レーシアでも十分に追いつける。
ドゴンッ! と丸盾とヴィードの蹴りが衝突し、思わず押し込まれそうになる勢いをレーシアは耐えながら衝撃を逃す。
間髪入れずに、次が来た。
拳が、蹴りが、圧縮された風が。一発一発が骨の髄まで響き渡る乱打だ。
(‥‥っつ!)
レーシアは、奥歯を砕かんばかりに噛みしめ、とにかく吹き飛ばされないように盾で攻撃を受けていく。どうしても間に合わない時は腕で、最悪は分厚い胴体で、ヴィードを後ろに通さないためにレーシアは決して退かなかった。
――あれ、今どれくらい経ったのでございますか。
全身から感じる鈍痛と、頭を揺らす衝撃に朦朧としながら、レーシアは考えた。
たった三十秒。
桜花が霊力を込め始めてから、もうそれくらいは経ったような気もするし、まだ十秒も経っていないような気もする。
もはや腕を動かしている感覚も薄く、視界に入るヴィードの動きに、レーシアは何も考えず反射だけで動いていた。
身体で動かすのではない、思考とファルウートとが溶けあい、霊力を通して神経が繋がる。身体そのものはもはや動かせなくとも、ファルウートが代わりに骨となって、筋肉として動いてくれる。
その時、レーシアは知らず知らずのうちにファルウートの本質へと近づいていた。全身を使って衝撃を逃すだけではない。盾に、鎧に撃ち込まれたダメージを、ファルウートそのものが減衰させながら全身に拡散させ、外に放出する。
衝撃拡散
踏む地面が弾け飛び、ファルウートの近くで大気が破裂する音が連続して鳴った。
ヴィードにとってそれは、はじめての経験だった。硬い物に動きを止められたことはあっても、攻撃そのものが相手に当たった瞬間奪われて、虚空に消えていくような感覚。
故に、攻め手を変える。
これまでは単純な打撃だけで潰せるからそうしてきたのだ。それが効かない相手には、別の方法を模索する。それが出来る柔軟性を持ち合わせているからこそ、ヴィードはヒーローモンスターなのだ。
「キャッ!」
叩き込まれた拳を盾で防いだ時、レーシアはこれまでとはまるで異なる力を受け、悲鳴を上げた。
腕を掴まれ、引かれたのだ。
今までは打撃を受けるために前傾姿勢を心がけていたことが仇になった。ファルウートの重い身体は風に煽られ、容易くヴィードに張り付かれてしまう。
そして、ヴィードの深緑の腕が、ファルウートの首に回された。
(まさか、こちらの関節を壊しに来たのでございますか!?)
ゾッと悪寒が全身を駆け巡った。
ファルウートの出力を最大まで上げて、なんとかヴィードを振り払おうとするが、ヴィードの膂力は凄まじく、完全に張り付かれたこの状況で引き剥がすのは難しかった。
「ぐっ‥‥」
攻撃を受けるのは得意でも、組まれてしまえばそれも役に立たない。
兜をねじ切られてしまえば、中のレーシアなんてヴィードにとっては柔らかな果肉と同じだ。
(‥‥どうしたらっ!)
ファルウートの片手剣を握り、ヴィードに突き刺そうとするも、硬い甲殻にはまるで歯が立たない。
――フシュゥウウウ。
すぐ近くでヴィードの呼吸音が聞こえ、ギシギシとファルウートが悲鳴を上げた。
(これは、本当にまずっ‥‥)
ファルウートの指がヴィードの身体を掴み、最後の抵抗とばかりに力を込めるが、ヴィードの身体は岩のように動じず、喰い込んだ腕が兜を引きちぎろうとした。
首の限界が訪れる時と、それはほぼ同時だった。
高濃度の霊力の発現。
レーシアの背後で解放されたそれは、白い光を伴って遥か彼方へと飛んでいく。桜花の治癒弾だとレーシアは気付いた。
そして一瞬、その光にヴィードは気を取られた。危機察知能力が高いが故に、見過ごすことが出来なかったのだ。
「ハァアアアアア!」
その隙を見逃さず、レーシアはヴィードを引き剥がす。背後から強化弾と治癒弾がレーシアに撃ち込まれ、出力が一気に増した。
強引に開けた隙間に盾を滑り込ませ、ヴィードを押しのけることに成功したレーシアは、吐き出した息を吸い込み始めた。
荒い呼吸が繰り返され、全身を熱い血液が全速力で駆け巡っているのが分かる。汗で額にへばりついた髪が気持ち悪い。身体を次々に温かい霊力が包み込んで、癒してくれる。
「ありがとうございます、レーシア」
「だ、大丈夫なのでございますよ」
レーシアはそう強がった。
本当は大丈夫なんかじゃない。途中から意識も朦朧としていて、どうやってここまで乗り切ったのか、今更ながら不思議だった。
「‥‥八尋は?」
「治癒弾は届いたと思いますが、いつ復帰できるかはまだ分かりません」
「‥‥分かったのでございますよ」
まだ、状況は完全に好転したわけではない。
ほぼ死ぬ、という状態に、ほんの少しの希望を見いだせただけだ。
「レーシア」
心配そうな桜花の声。いくら治癒弾で怪我やダメージは治っても、疲労は完全に消せない。特に精神的な疲労は、知らず知らずのうちに身体を蝕み、ミスを生む。
既にレーシアは限界だということを、桜花は気付いてた。
ファルウートのポテンシャルは相当なものだが、まだ圧倒的に経験、技術、体力など多くのものが不足している。
まだ十階層目のボスモンスターとも戦ったことがないレーシアが、ヒーローモンスターのヴィードとここまで戦えていること自体が無茶なのだ。
しかし、桜花一人ではどうやってもヴィードを相手取ることは出来ない。
レーシアは、桜花の不安を察していた。
分かっているのだ、自分が弱いことも、いくら桜花のサポートがあっても、もう限界だということも。
それでも、
「桜花、サポートをお願いするのでございます。私はもう、二度と生きることを諦めたりしないのでございます」
何故ならそれは、レーシアの命を背負ってくれた二人に失礼だから。
命を無駄に散らすのではなく、蔑ろにするわけでもない。三人で生きられる道がそこにあるのなら、それを切り開くためにこの命を使う。
「‥‥分かりました。私があたなを必ず生かします」
「桜花は私が守るのでございます」
レーシアは重い身体を引きずるようにして一歩前に出た。
桜花の撃った弾丸の行く先に顔を向けていたヴィードが、再びレーシアに向き直る。顎が開き、吸い込まれるような黒の中から呼気が漏れた。
直後、三度ヴィードとレーシアたちは激突した。
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