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死ぬのでございますか!?

「レーシア、援護します。私のことは気にせず、とにかくヴィードの攻撃を盾で受けることに集中してください」


 ファルウートの陰に隠れ、桜花が言う。


 二人の見つめる先で、自分の身体をまじまじと確認していたヴィードが、こちらを向いた。


 桜花が来た時追わなかったのは、桜花の言う通り自らの変化にまだ理解が追い付いていないのだろう。


 あるいは、いつでも殺せるから無視したのか。


 どちらにせよ、今ヴィードは再びレーシアたちを認識していた。


 それが意味するところはつまり、


「レーシア、右!」

「っ!」


 桜花の言葉に、レーシアは何も考えず構えた丸盾を向けた。


 直後、凄まじい衝撃が盾を通して全身を貫いた。


(いっつ‥‥! というか重すぎるのでございますよ!)


 レーシアは慌てて盾を振ってヴィードにシールドバッシュを叩き込もうとするが、その身体は既に遥か遠くに下がっている。


 動きが速すぎて、レーシアではとても捉えきれない。その上、速度はそのまま攻撃の重さに直結する。ファルウート越しだというのに、レーシアの両腕には未だに痺れが残っていた。


 ――治癒弾(ヒール・バレット)


 桜花の呟きが聞こえると同時、温もりがレーシアの身体に与えられた。


 すると、両腕の痺れがすうっと消えていく。


(‥‥すごい)


 レーシアはヒーラーとしての能力を持つ契約者(コントラクター)とパーティーを組んだことがない。傷を負ったらポーションで治すのが普通だった。


 腕が痺れた程度で一々治していたらキリがない。


 けれど、桜花はその治癒に少しも躊躇わなかった。


 しかも、桜花がするのは治癒だけではない。


「レーシア、怪我を負っても即座に治します。痛くても我慢して体勢を崩さないようにしてください。それとヴィードの動きは私も後ろから見ますから、見失った時は私の声を頼りにしてください」

「わ、分かったのでございます」


 言いながら、桜花はレーシアの背後で双銃を構えると、小さく唱えた。


装填(リロード)――麻痺弾(スタン・バレット)


 桜花の双銃、『紅葉(もみじ)(かえで)』は霊力によって特殊な効果を持つ弾丸を生成する銃である。しかしながら物理的攻撃力を持つ弾丸を生み出すことは出来ない。


 では戦闘が出来ないのかと言えば、答えは否である。


 治癒やサポートだけでなく、生物の体に干渉して動きを阻害する弾丸も生成することが可能だ。


 それが今装填した、麻痺弾(スタン・バレット)だ。


 ヴィードは一撃を防がれたのが意外だったのか、拳を開け閉めして身体の具合を確かめている。これまで完全に虫としての姿をしていたせいか、人型にまだ違和感があるのだろう。


「レーシア、恐らくヴィードの力は風の発生と操作です。起点はあくまで羽の様ですので、羽の動きに注意してください」

「あ、あの、それ見ても何が起こるのかはまるで分からないのでございますが‥‥」

「大丈夫です、風だけでの攻撃なら熊さんで耐えられるはずですから、羽が動き出したら突進だけ警戒しておいてください」

「了解でございます。‥‥というか今熊さんって呼びませんでしたか? さっきまでファルウートって普通に言ってましたよね!」


 大丈夫です、問題ありません、と言いながら桜花は紅葉をレーシアに当てると、引き金を引いた。麻痺弾の前に装填しておいた弾丸が、レーシアに伝わる。


「‥‥これは?」

強化弾(オーラ・バレット)です。一時的にですが身体能力を強化することが出来ます」

「そんな弾丸もあるのでございますね」

「はい、ただあくまでその人の力を引き出すものですので、あまり使い過ぎると後で反動で死にますが」

「私、死ぬのでございますか!?」


 ヴィードが目の前に居るのも忘れて、レーシアは叫んだ。


「嘘です、死ぬ程痛い筋肉痛に見舞われるくらいです」

「それはそれで嫌なのでございますが‥‥」


 レーシアはぼやきながら、盾を構え直した。


「生きているのなら筋肉痛くらい我慢します」

「その意気です」


 それで会話は終わった。


 ヴィードが静かに羽を動かし始めたのだ。


 レーシアは膝を落し、なるべく前面の面積を少なくして盾を構えた。


 瞬間、ヴィードが来る。


 暴風を伴い一直線に迫ってくるヴィードが、今回はレーシアの目でも追うことが出来た。恐らくこれが桜花の使ってくれた強化弾の力。


 愚直に繰り出される拳を、盾で受ける。


 全身を痺れさせる程の衝撃と共に、拳に纏われていた風が解放されて荒れ狂う。


「‥‥っの!」


 正面から馬鹿正直に受ければ、いくらファルウートを発動していてもダメージは尋常ではない。


 だからレーシアは、受けてからその力を横へと流す。腕だけではなく、脚を動かして、身体全体で受け流すのだ。盾を使うなら脚を使えと教えてくれたのは、テイルたちだ。


 ふんばった脚で地面を削りながら、レーシアはヴィードの拳を捌く。


 だが、攻撃はそこで終わらない。


 連続で振るわれる拳の猛攻。


 颶風を纏って叩き込まれる連撃は、受け流す暇させ与えず、確実にレーシアのファルウートに傷をつけていく。


 当然中にいるレーシアにもダメージは蓄積され続ける。


 しかし、今この場で戦っているのはレーシアだけではない。


「‥‥」


 ヴィードがレーシアの盾を殴りつけた時を見計らい、鎧の陰から桜花は紅葉と楓を構えて飛び出した。


 銃口から連続して放たれるのは、黄色の弾丸。


 ヴィードは纏った風で弾丸を弾こうとするが、桜花の放った銃弾はそれを無視してヴィードに着弾した。


 ほんの少しではあるが、弾丸の当たった箇所の動きが止まる。それは本当に一瞬で、狭い範囲だ。それでも関節の動きが止まれば、攻撃の手は滞る。


「レーシア!」

「はぁっ!」


 すかさず、レーシアはヴィードにシールドバッシュを叩き込んで強引にその身体を押し返した。


 その間にも、桜花の治癒弾がレーシアに当てられる。


 ヴィードは自らの動きを止めた麻痺弾の存在を認識し、はじめてファルウートの陰に隠れる桜花を目で追った。


「‥‥む」


 そんなヴィードの変化に気付いたレーシアは、桜花を守るためにファルウートへと霊力を込める。本来なら、ヴィードと攻防を交えてレーシアが立っていられる道理はない。一撃運よく防げても、次の一撃でぶっ飛ばされるだろう。


 この奇跡の状況が成り立っているのは、偏に桜花のお陰だった。ここで桜花がヴィードに気絶させられるだけでも、勝負は終わる。


(だから、私が守るのでございます)


 決意を新たにヴィードを睨み付けるレーシアの背に、桜花が言った。


「レーシア、今実際に受けてみて分かりました。私たちだけでヴィードの相手を出来るのは、持って三分が限界です」

「さ、三分」


 今の一瞬の戦闘ですら、レーシアには恐ろしく長く感じられた。桜花の力を借りて三分しか持たないと思うべきか、三分も持つと思うべきかレーシアには分からないが、その三分が自分にとって長く苦しい時間であることは間違いない。


「八尋さんがそれまでに帰って来れなければ、こちらの負けです。ですから今から三十秒、レーシア一人でヴィードを抑えてもらいますか?」

「‥‥」

「私はその間に八尋さんに治癒弾をここから撃ちます。流石にこの距離ですと、少し集中しないと厳しいんです」


 桜花の言葉に、レーシアは震えた。


 補助なしで、耐えきれる自信なんてあるわけがない。たった三十秒といえど、レーシアにとってのそれは果てしなく長い。


 だが、選べる選択肢なんてたった一つだけだ。


「分かったのでございます。桜花は、私が守ります」

「‥‥頼りにしてます、レーシア」


 そう言うと、桜花は霊力を一気に高めた。


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