一番危ないのは
一部、レーシアとなっていた誤字を桜花に訂正しました。
結局その日は次の階層に進むための扉を見つけることは出来なかった。
その代わりそこそこの戦闘と、アステラ草をそれなりの数見つけることが出来、家計を預かっている桜花は無表情でホクホクしていた。
一方、全ての戦いで矢面に立ったレーシアはフラフラ揺れながら歩いている。
そのレーシアを支えながら、八尋たちはギルドに帰還した。
「あ、そういえば明日の休日は俺と桜花は学校だから、レーシアは休みだな」
「‥‥あー、もうオリエンテーションの時期でございましたっけ」
風呂に入り、美味しいご飯を食べたレーシアは大分回復したのか、デザートのプリンをつつきながら言った。
同じくプリンに舌鼓を打つ桜花が頷いた。
「はい、天理の塔の実戦オリエンテーションですね」
「それ、今更必要なのでございますか?」
レーシアが本当に不思議だという表情で首を傾げる。
今回エレメンタルガーデンで新入生が出席しなければならないオリエンテーションは、本来天理の塔にまだ挑んでいない生徒向けのものだ。
ただ先輩冒険者に連れて行ってもらっているだけの新入生や、契約者故に驕る新入生もいるため、既に天理の塔に潜っていても、全員参加なのだ。
「俺も天理の塔に関しては知らないことばかりだからな、経験者の話を聞けるのはいい機会だよ」
「はー、それでは私はオフでございますか」
「自主練でもしたらいいんじゃないか?」
「自主練‥‥」
「ああ、ただ天理の塔に潜ってもいいけど、モンスターと間違って襲われないようにな」
「だからファルウートは熊ではないのでございますよ!?」
「いや、どっから見ても熊じゃん」
違うのでございますー! とスプーンを持ったまま抗議するレーシアに、年上の貫禄は相変わらず見えない。
熊云々は冗談にしても、簡単に誘拐されそうで少し心配ではあった。
ひとしきり抗議をして落ち着いたらしいレーシアが、椅子に座って桜花を見る。なにやら企んでいるような顔だ。
「それじゃあ、八尋はまたオリエンテーションで目立たないようにしてくださいね。桜花も見張っておいてください」
「おいどういう意味だ。俺がまるで騒動を起こしてるような言い方はやめろ」
「分かりました、見張っておきます」
「桜花!?」
珍しく八尋をからかう二人。実際八尋が起こした問題といえばレクトとの模擬戦程度で、それにしたってレクトから絡まれ、桜花が燃え上がらせたので、八尋はさほど悪くない。
八尋の問題点といえば、模擬戦でも天理の塔でも、一切自分の力を隠すということをせずに振るうことだろう。それを見た冒険者から半端に広がる八尋の実力と元々の悪評が混ざり合い、学生の嫉妬も相まって、悪い噂ばかりが加速しているのが現状である。
同じく学校では忌避の目で見られるレーシアが、ふと思い出したように呟いた。
「そういえば、あのレクト・ライオンハートはあれ以来どうしているのでございますか? 悪い噂は沈静されてないみたいですけど」
「ああ、ライオンハートな‥‥」
言われて、八尋は最近の授業を思い出す。
「あれ以来ライオンハートに絡まれたことはないな。というか授業でも全然見かけてない気がする」
「そうですね、少し調べてみましたけど、レクト・ライオンハートはあの模擬戦以来学校に来ていないみたいです」
「え、そうなの?」
桜花からもたらされた初耳な話に八尋が驚くと、レーシアが呆れた顔をする。
「何で当人の八尋が知らないのでございますか‥‥」
「いや、絡まれないからすっかり忘れてた」
「私も必要のない情報だと思いましたので、話しませんでした」
「‥‥一応ライオンハートって言えば、泣く子も黙るようなギャングクランなんですが」
「ギャングって、犯罪してるわけでもあるまいに」
八尋が大袈裟な、と手を横に振ると、レーシアは一転、真面目な顔つきになって八尋と桜花を見た。
「二人はレビウムに来てから日が浅いから知らないかもしれませんが、ライオンハートは犯罪ギリギリ、時には犯罪行為そのものにも手を染めるグレークランなのでございますよ。ライオンハートのメンバーが警察に捕まるのだって珍しくないのでございます」
「そうなのか?」
「本物の犯罪者集団、所謂『ブラッククラン』とも繋がりがあると言われてますし、怪しい動きがないか警戒しておいた方がいいと思うのでございますよ」
「はーん、想像以上に下衆なクランだったんだな」
「そうですね、注意するのに越したことは思います」
「そうでございますよ!」
桜花の言葉にここぞとばかりに乗ってくるレーシアの額に、八尋はデコピンをかました。
「あうっ! 何するのでございますか!」
「イラっとしたから。‥‥というか、一番気を付けるのはレーシアだからな?」
「へ?」
思ってみないことを言われたと目を丸くするレーシア。
八尋は本人の危機管理能力の無さに頭を掻いた。
「考えてもみろ、俺は大体何されても対処できるし、ライオンハートを正面からぶっ倒した俺にちょっかいかけるよりは、周りにターゲット移した方が楽だろ?」
「え、でもその場合は桜花が狙われるんじゃ」
「私は基本的にずっと八尋さんと一緒に行動してますから」
桜花に言われ、レーシアはサァっと顔を白くする。
あの模擬戦は八尋と桜花の喧嘩であって、レーシアは全く関係ないと思っていたので、その可能性は全く考えていなかった。
「や、八尋、私殺されちゃうのでございますか!?」
「‥‥発想が飛躍しすぎだ。流石にそこまで過激なことはしないだろ」
俺がライオンハートを殺したのならともかく、と八尋は思いながらレーシアを見、ついで恐怖に振るえる圧巻の胸を見た。
「だが、もしかしたら別の意味では襲われるかもしれん」
主に胸のせいで。
「全然フォローになってないのでございますよ!」
「八尋さん‥‥」
女子二人から冷たい目で見られるが、これはもう仕方ないだろ、と八尋は視線から逃れるようにお冷に手を伸ばした。
◇ ◆ ◇
八尋たちと七階層目に到達した翌日、目が覚めたレーシアは、まずベッドから降りてカーテンを開けた。
「っ‥‥! いい天気でございますね」
眩しい朝日に目を細め、レーシアは大きく伸びをした。
パジャマの薄い生地を押し上げて、豊かな胸がこれでもかと主張される。
「今日、どうしましょうか」
レーシアは呟く。
八尋と桜花の二人は今日一日オリエンテーションで、暇なのはレーシア一人だけだ。
(すること‥‥特にないのでございますよねえ)
澄み渡る青空を見つめながら思う。
レーシアはレビウムの生まれだが、ギルドやエレメンタルガーデンが存在する都心からは大きく外れた郊外の生まれで、現在は一人暮らしだ。
家も決して裕福とは言えず、エレメンタルガーデンに通う学費、冒険者として活動するための諸経費、家賃、生活費など、様々な費用を賄うためにレーシアは一年生の頃から積極的に天理の塔に潜っていた。
それはパーティーを組めなくなってから特に顕著で、レーシアは時間がある時は一人でずっと天理の塔で採集をしていた。
しかしファルウートがあるとは言っても、常に維持し続けられるわけではない。怪我をすればポーションを使わなければならず、赤字になることも多々あった。
一時期は天理の塔での収入が全く得られず、他のバイトで繋ぐ日々。
けれど、
(今はビックリするくらい余裕があるのでございますよ)
朝ごはんのベーコンエッグを作りながら、レーシアは最近の変化を再認識した。
扉を見つけるのが最優先の動きとはいえ、放課後丸々、空いている日には一日ぶっ通しで探索することも珍しくなく、そうなればモンスターとの戦闘も増える。
しかもその戦闘が恐ろしくサクッと終わるので、時間や体力のロスが非常に少ない。その上怪我をしても桜花がパパっと治してくれるのだ。
結果的に、三等分にされた報酬でも、これまでとは比べ物にならなくらいレーシアは安定して稼げていた。
実は一度、戦いの貢献度が違うので、三等分は貰い過ぎたと主張したのだが、八尋と桜花に一蹴された。
曰く、天理の塔の経験者がいるだけでとても助かっているし、対等なメンバーだからだと。
「‥‥」
ベーコンの焼き目を見ながら、顔がにやけるのが分かった。
ついこの間まで絶望の中、どう冒険者を続けるのか悩んで夜も寝れない日々だったのが、変われば変わるものである。
ぼんやりと朝食を食べながら、レーシアは今日の予定について考えた。
もう必死になって稼ぐ必要はないので、わざわざ一人で天理の塔に行く気はないし、かといって家ですることなんて、溜まった家事くらいである。
後やっておくべきことー、とレーシアは頭の中で指折り数え始めた。
「‥‥よし」
今日することは決まった。
まず洗濯物や掃除など、冒険にかまけて疎かになっていた家事を片付け、その後は天理の塔で使う消耗品の補充。
残った時間はギルドの資料室に籠ってモンスターやダンジョン内の勉強だ。
インターネットでも簡単に情報を集められるが、信頼度は低い。ゲームなどと違って価値の高い情報は文字通り金になるのだから、当然である。
その点ギルドの資料室に蔵書されているものは、人類救済に役立てるため、あるいはギルドの利益のために集められたものがほとんどなので、信頼度は圧倒的に高い。
八尋に言われた通り学校で自主練も考えたが、タンクとしての練習は一人でやっても効率が悪い。むしろしっかりと情報を集める方が二人の役には立つはずだ。
「さーて、やりますか」
やることが決まったレーシアは、まず朝食の皿洗いから始めることにした。
それから家事を一通り終わらせると、外出用の服に着替えてレーシアは外に出た。
高く昇った日が薄桃色の髪を照らす。
ついこの間までは眩しい太陽の下に居ると、惨めな自分が浮き彫りになる気がして影を縫うようにして歩いていた。
今は心にゆとりがあるせいか、ゆったりと日の暖かさを感じながら歩くことが出来る。そんな些細なことが、妙に嬉しかった。
(タオル、携帯食‥‥あと長時間探索が増えるなら、ガスバーナーとか簡単な調理道具があった方がいいのでございますかねー)
レーシアは最近の探索を思い出しながら必要なものを指折り考え始めた。
基本的に探索は長くても一日。『白翼の扉』が午前零時を境に転移するため、一日で見つからなければ、また初めから探索し直す必要がある。
つまり、わざわざ日を跨いでまで探索する必要はない。
だが、その中でも例外というものはある。
例えば遭難。『円環の道』への帰還方法を見失ってしまったら、『白翼の扉』か『円環の道』を探すために数日階層を彷徨うことになるのだ。
危機的状況でなくても、普段の探索での疲労状態においても、食というのは重要な要素だ。
暖かい料理を食べるだけで、気力が湧くから人というのは単純なものである。
「‥‥でも私、料理はそこまで得意じゃないのでございますよ‥‥」
冒険者用の食料品店を覗きながら、レーシアは呟いた。
一人暮らしが長いので、それなりには出来るが、レーシアの料理の腕は家庭料理の域を出ない。
それに比べて、頭にポワンと浮かんだのは、レーシアの目から見ても恐ろしく美しい黒髪の少女、姫咲桜花だ。
何度か学校で二人と昼食を共にした時、桜花自作のお弁当を見たが、恐ろしく手が込んでいる。
レーシアとは比べることさえ烏滸がましいレベルだ。
(むぅん、こんなことならもう少しお母さんから料理をしっかり習っておくべきだったのでございます‥‥)
無意識のうちにそんなことを思いながら、色々な携行食を眺めていく。桜花に全て任せてしまうという考えは、何故かなかった。
あとは諸々の消耗品を買い揃え、レーシアはギルドへと向かう。
悪い意味で顔が売れていたレーシアにとって、ギルドはあまり居心地のいい場所ではない。
距離を取られる程度ならともかく、時には罵声を浴びせられることも、冒険者を辞めろと言われることもあった。
パーティーを組めた今でも、レーシアの立ち位置は変わらない。
だが、彼女の中の意識が変わったせいで、もうフードで顔を隠したりはしない。それは、レーシアをパーティーメンバーだと受け入れてくれた二人に悪い気がしたからだ。
「あ、レーシア様、こんにちは。本日はおひとり様でしょうか?」
「‥‥ミスティさん、こんにちは」
資料室に向かおうとしていたレーシアは、声をかけられ立ち止まる。
そこには、普段八尋たちが懇意にしている受付嬢、ミスティがいた。
エメラルドグリーンの美しい髪を纏め、同性さえもハッとさせる笑顔がレーシアに向けられる。
彼女もはじめはレーシアを見て不安げな表情をしていたが、八尋たちとパーティーを組んでからは、その表情も柔らかくなり、今ではこうして挨拶してくれる程にまでなった。
だが人付き合いから随分遠のいていたレーシアは、つい委縮してしまう。
「そういえば、今日はエレメンタルガーデンで新入生向けのオリエンテーションでしたか。八尋さんたちに今更必要かとも思いますが。新入生のパーティーで既に七階層まで到達しているパーティーは他にありませんから、ギルドでも噂になっているですよ?」
「そ、それは私もそう思うのでございます」
微笑むミスティに、思わずレーシアは答えた。
本当にその通りだと思う。ミスティはまだ八尋たちの戦闘を見ていないから、到達階層と魔石の換金量だけで判断しているのだろうが、一度見れば、認識の甘さに気付くはずだ。
(むぅぅうう‥‥)
それをミスティに伝えたい欲求と、言っても信じてもらえないだろうという思いがレーシアの中でせめぎ合う。
結果、とりあえず放置しておけばすぐにでも八尋たちが何かしらをやらかすと納得したレーシアは、資料室に向かうことにした。
「あ、あの。私は資料室に行こうと思ってたので、これで」
しかし、返って来た言葉はまるで予想していないものだった。
「あ、申し訳ございませんレーシア様。一つお伝えしたいことがあって呼び止めさせてもらったんです」
「伝えたいこと、でございますか?」
ギルドから通知されるようなことは、まるで心当たりがない。
罰則を受けるようなことはしてないはずでございますよね、とレーシアは慌てて最近の行動を確認する。
そんなレーシアの不安に気付いたミスティが笑って言った。
「いえ、大したことではないのですが、レーシア様をお探しになっている方がいらっしゃいましたので」
「私を、でございますか?」
「はい、茶髪の男性の方です。まだエントランスにいると思いますが‥‥頬に傷のある、精悍な方でしたよ」
「えっ‥‥」
ミスティからの言葉に、レーシアの表情が凍り付いた。
歯車が狂ったように思考が音を立てて止め、外部から入ってくる情報が頭の表面を滑っていく。突然地面が消えしまったように、足先から感覚が失せた。
挨拶をして去っていくミスティに上の空で返しながら、レーシアはフラフラとエントランスを歩いた。
レーシアを探しているという男性。居るはずがない、何かの間違いだと脳内で否定する声が聞こえるが、心のどこかでミスティの言葉が棘の様に突き刺さって抜けない。
(そんな、そんなはずはないのでございますよ‥‥彼が‥‥)
だから、逡巡する。会いたくないのであればすぐにギルドから出て行けばよかったし、会おうと思うのであれば探せばいい。
自分がなにをしたいのかも分からず、レーシアは資料室へとお覚束ない足取りで歩く。
背後から声をかけられたのは、その時だった。
「――レーシア」
それは聞き慣れた、けれど久しぶりに聞く声。
懐かしさと共に様々な感情が胸から込み上げ、心臓が跳ね上がる。
ぎこちない動きで振り向いた先に居たのは、茶の短髪を逆立てた、レーシアよりも幾分年上の青年。戦士として鍛えあげられた身体に、頬の傷跡は、仲間を庇ってついたものだということをレーシアは知っている。
一年前、レーシアが誰よりも頼りに思い、パーティーを引っ張り続けた冒険者。
「テイ‥‥ル‥‥」
「よお、久しぶりだなレーシア」
ヒーローモンスターによって半壊させられたパーティーのリーダー、冒険者を引退し、レビウムを去ったはずのテイルが、そこに居た。
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