ヒーローモンスター
「それで話っていうのは、さっき奴が言ってた呪われのレーシアとかの件に関することでいいんだよな?」
座ると同時、口火を切った八尋は単刀直入に斬り込んだ。
ビクリとレーシアの方が震える。
「‥‥は、はい。その通りでございます」
それから少しの間黙っていたレーシアはポツポツ語りはじめた。
「私は、お二人にも言った通り、昔九階層まで進んだことがあるのでございます。その時組んでいたパーティーのメンバーは全員プロの冒険者で、とてもよくしてくださいました」
八尋と桜花は黙ってレーシアの話を聞く。プロの冒険者とはつまり、エレメンタルガーデンを卒業した人たちだったんだろう。
「ですが、忘れもしないのでございます。一年前、九階層を探索していた私たちの前に、奴が現れたのでございます」
「奴?」
問いかけると、レーシアは下唇を噛み、俯いた。その小さな肩が、小刻みに震えている。それが恐怖か怒りからのものか、八尋には分からない。
「ヒーローモンスター、『ヴィード』。‥‥私のパーティーは運悪く遭遇したヴィードによって壊滅させられたのでございます」
ヒーローモンスター。
名前だけは八尋も知っている。ボスモンスターとは違い、彼らは通常の階層に出現する特殊個体だ。
元々は通常のモンスターであり、激戦を生き抜き、戦いの中で進化することで別個体と化した、まさしくモンスターの英雄。
当然その力は通常のモンスターと一線を画し、時にはボスモンスターさえも凌ぐと言われている。
だが彼らの厄介な点は、その強さだけではない。ヒーローモンスターは、特定の階層を移動することが出来るのだ。
広大な階層を複数移動、しかもたった一体だけのため遭遇率は極めて低いが、もし遭ってしまえば生存は絶望的だ。
故にギルドはヒーローモンスターに個体名を付け、多額の懸賞金をかけている。
レーシアが過去遭遇したのが、五階層から九階層をテリトリーとするヒーローモンスター、個体名『ヴィード』というわけだ。
「‥‥私は、ファルウートの中で震えていることしか出来なくて、生き残ったのは私と、パーティーリーダーの方だけでございました。その人もパーティーが半壊した後は、冒険者を引退してレビウムを出て行ってしまいましたが」
レーシアは続ける。
「その後、私がヒーローモンスターに呪われているなんて噂が流れ始めて、気付いた時にはもう手遅れでした。ヒーローモンスターは獲物を絶対に逃がさない。私と一緒にいたらヴィードに狙われる。もうその噂は冒険者の間にとっくに広まっていて、私は誰ともパーティーを組めなくなったのでございます」
そこまでを言って、レーシアは膝の上で拳を強く握りしめた。
目を閉じれば今でも思い出せる。目の前で仲間が無残に引きちぎられるところを。レーシアは何も出来ず一撃で遠くまで吹き飛ばされ、その後は途切れそうになる意識の中でファルウートを維持することに精一杯だった。
見逃されたのはただの偶然だろう。
(成程な、それであんだけジ‥‥なんだっけ、あいつはレーシアを見て怖がってたのか。ヴィードが来るかもしれないから)
これでさっきのパーティーの男が慌てて逃げていった理由が分かった。
どうせ殺されそうになるのだったら、ヒーローモンスターもゴブリンも大して変わらない気がするが。
「だから、その噂を知らない俺たちに声をかけてきたってことか」
八尋はレーシアの華麗な土下座を思い出しながら言った。
レーシアもギリギリまで追い詰められていたに違いない。彼女の霊装ではパーティーを組まなければ五階層以降の探索は不可能だ。
「はい‥‥、申し訳ございません。騙してしまっていて。‥‥でも、八尋の戦いを見て、八尋なら、もしかしたらヴィードが出ても戦えるかもしれないって! そう思ってしまって」
つまり、レーシア自身もヴィードに狙われるかもしれないという不安があったということだ。
故に新入生に声をかけることも出来ず、レクトを模擬戦でボコボコにした八尋を見て居ても立っても居られず声をかけたと。
八尋はなんと言うべきか考えながら口を開く。
「いや、それはいいよ。なにかあるだろうなとは思ってたし。な、桜花」「はい、それについては分かってましたから。ヒーローモンスターというのは意外でしたけど」
「‥‥え、そうだったのでございますか?」
「見るからに訳ありです、って感じだったろ。‥‥ただ一つ聞いてもいいか?」
「な、なんでございましょう」
息をのむリーシアに八尋は素直な疑問を聞いた。
「なんで、そこまでして冒険者を続けたいんだ?」
共に戦っていたパーティーメンバーの多くが死に、最後の一人も冒険者の道を諦めた。
目の前で人が死んだにも関わらず、同じ道を進み続けることは難しい。
だがレーシアはそれを選んだ。八尋はその理由を知りたかった。
「それは‥‥」
レーシアは言葉を探す。必死になって、あの時決意した思いを表現しようとした。
「それは、きっと、負けたくないと思ったからでございます。天理の塔は怖いし、ヴィードが現れると思ったら震えが止まりませんけど、それでも、もし私まで諦めてしまったら、あのパーティーが勝つ日は来ないのでございます。私が、戦い続けないと」
そう言って、レーシアは八尋の目を真っ直ぐに見つめた。
一切逸らされることのない大きな金の瞳から、透明な雫が溢れ出す。
八尋はゆっくりと頷いた。
「そうか、分かった。それだけ聞ければ十分だ」
「で、でも! 私といたらもしかしたらヴィードがくるかもしれないのでございます! 八尋は確かに強いですが、あれは本当に別格の怪物なのでございますよ!」
「今更何言ってんだ。パーティーに入れて欲しいって頼んだ時点でレーシアは俺なら戦えるって判断したんだろ」
「それはっ!」
「安心しろよ」
八尋はそう言って立ち上がると、レーシアの小さな頭に手を乗せて、グリグリ撫でまわす。小さな子供を安心させるように。
「レーシア、お前の考えは正しかったよ。俺がそれを証明してやる」
「ですが、本当にヒーローモンスターはそこらのモンスターとは比べ物にならない程強いのでございます。いくら八尋でも‥‥」
「ま、それは出てきたら考えればいいだろ。ただ――」
八尋は視線を黙ったままの桜花に向ける。それに気づいた桜花が八尋を見上げた。
「丁度手応えがなくて退屈してたところだ。ヒーローモンスターなら相手に不足なしだ」
すると、桜花が八尋にしか分からないくらいに、小さく笑った。
「そうですね」
「だろ? じゃあ今日はレーシアの歓迎会も兼ねて一緒に夕飯食べようぜ。先に風呂行ってさ」
「分かりました」
「えっ、えぇ、あの、いいのでございますか」
狼狽えるレーシア。彼女は八尋たちの軽い態度に戸惑うばかりだ。
「いいもなにも、もう俺たちのパーティーメンバーだろ?」
「はい、気にしないでくださいレーシア」
「っ‥‥!」
目を見れば分かる。八尋は本気で言っているし、桜花も八尋の言葉を心から信頼してレーシアを受け入れてくれている。
その二人の姿が頼もしくて、そしてその二人の輪に加えてもらえることが、胸が痛くなる程に嬉しくて、別の涙が出そうになった。
レーシアはそれをギリギリのところで堪え、頷いた。
「はい! よろしくお願いするのでございます!」
そうして、改めてレーシアが八尋たちのパーティーに正式に加わることになった。
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