なんだったんだ
本日二回目の更新です。
ゴブリンたちが襲い掛かって来てから三分も経たない間に、八尋の周囲は緑と赤に彩られた肉片に塗れていた。生きているゴブリンは一体もいない。
それらが光の粒子となって散っていく様子を見つめながら、八尋はレーシアの方を向いた。
途中までは八尋に言われた通り、しっかり腰を落として襲い掛かってくるゴブリンを盾で捌いていたレーシアだが、
「ちょっ、ちょっと、やめ! やめるのでございます! 離れてくださいぃい!」
一体の生き残ったらしいゴブリンが、ファルウートの熊耳をしっかりと掴み、ガンガンと石斧で兜を殴り続けていた。
レーシアはそれをなんとか振り払おうとするが、ゴブリンの身体が小さいせいでうまく振り払えていない。
「‥‥なにしてんの?」
「あ、八尋さん! 助けて欲しいのでございますよぉ!」
そう叫ぶ間もファルウートはゴブリンを取ろうと四苦八苦しており、頓珍漢な踊りを踊っているようだ。熊の鎧が小鬼を剥がそうと不格好なステップを踏んでいる様は、大分シュールである。
「‥‥ていっ」
何かを言う気も失せた八尋は、サクッと六花でゴブリンの首を斬り飛ばす。頭を失ったゴブリンの身体が雑巾のように滑り落ちていった。
「あ、ありがとうございます」
礼を言うレーシアに八尋は手を振って返す。ゴブリンの血を頭から被ったせいでファルウートの見た目が大分猟奇的だが、どうせ光になるしいいだろう。
そして桜花の方を振り向くと、そこには魔石を回収する桜花と、ポカンと口を開ける男二人、そして倒れたままの女がいる。
「ああ悪い桜花、俺も拾うよ」
「あ、私も、私も拾うのでございます!」
「すいません、ありがとうございます」
八尋たちは三人パーティーを放ってゴブリンの魔石を拾い始めた。
そうして見渡す限り全ての魔石を拾い終えると、魔石でパンパンになったバックパックを桜花が覗き込んだ。
「これ以上の回収は難しそうですし、今日は一度帰還しますか?」
「んー、次の階層の扉も探したかったんだけどな。あ、そういえばこの人たちの回復ありがとな」
そう八尋は呆然とし続けているパーティーを視線で指し示した。
「いえ、結局八尋さんのサポートは出来ませんでしたし」
桜花は微かに俯く。双銃を構えて八尋たちを援護しようとしていた桜花だが、ゴブリン程度では六花の邪魔になると判断して、結局レーシアのサポートに徹していたのだ。
「それで十分だよ、俺のサポートは必要な時だけでいい。‥‥あとレーシアに引っ付いてた最後の一匹、なんで落としてやらなかったんだ?」
「なんだか楽しそうに見えましたので」
「そうか、なら仕方ないな」
「仕方なくないのでございますよ!?」
頷く八尋たちに、レーシアが熊姿のままツッコミを入れた。
桜花にさえ楽しそうと思われてしまうくらい楽しそうだったのだから、仕方ない話だ。
「な、なあ」
にしても傷一つないなとレーシアのファルウートを撫でていた八尋に、ゴブリン虐殺から立ち直った軽装の男が声をかけてきた。
「どうかしました?」
「いや、本当に助かった。ありがとう。俺はエレメンタルガーデンの三年、ナッシュだ。君たちは見たことがないけど‥‥もしかして新入生たちかな?」
「はい、俺と彼女は一年です。こっちの熊みたいなのは」
二年ですけど、と言おうとした時、ファルウートが視線から逃れるように身をよじった。
(‥‥そういえば、訳ありだったなレーシア)
そういう意味では八尋も悪評塗れた状態だが、三年のナッシュまでは届いてないらしい。
「どうかしたのかい?」
「気にしないでください。ちょっと彼女は恥ずかしがり屋なんですよ」
ナッシュの問いを、適当に言って誤魔化す。
レーシアは今のところ攻撃がへっぽこという点を気にしなければ耐久力は十分だ。九階層まで行ったという話も嘘ではないだろう。
つまり、実力が原因でパーティーが組めないわけではない。
とすれば、
「お、おい、そいつ!」
「? どうしたんだジル?」
これまで黙っていたジルと呼ばれるアーマーの男が、ファルウートを指さした。
鎧越しに、レーシアが震えるのが分かった。
ナッシュが三年だと聞いて安心していたが、どうやらことはそう簡単に終わってはくれないらしい。
ジルが震える声で言った。
「そいつ、呪われのレーシアだ‥‥。授業で見たことがある」
「なんだと?」
ジルの言葉に、ナッシュが険しい顔になってレーシアを見た。
(呪われのレーシア? どういう意味だ?)
八尋が怪訝な顔をしている最中にも、ジルとナッシュの会話は続く。
「間違いねえ、そいつレーシアだよ! ナッシュ、早くここから逃げねーと!」
「ばっ、何言ってんだジル! 仮にも助けてもらった身でなにを」
「でもよ、そいつと一緒にいたらあれが来ちまうだろ! 冗談じゃねえぞ!」
ジルはそう叫ぶと、倒れていた女を背負いあげる。
一応仲間は助けるんだな、としょうもない考えが八尋の頭をよぎった。
そしてジルはそのまま八尋たちに背を向けて走りだした。必死に、何かから逃げるように。
「ジル! ‥‥クソ。すまない、今回の礼は必ず後日する。本当にありがとう」
ナッシュはそう言って頭を下げると、ジルを追って走り始める。三人の姿は瞬く間に遠くなっていった。
(なんだったんだ、あいつら)
八尋は彼らの背が見えなくなるのを見届けてから、コンコンとファルウートを軽く叩いた。
「今日はもうここまでにしとくか、魔石もこれ以上は回収しきれないしな」
「‥‥聞かないのでございますか?」
「聞かれたいのか?」
か細い声に問い返すと、レーシアは押し黙った。
意地悪な質問だったかな、と思いながら八尋はレーシアに背を向けて桜花に声をかける。
どちらにせよ、今日はもう探索という気分ではない。
「それじゃ、帰るか」
「はい」
「‥‥」
こういう時、どんな空気でも普段と変わらない桜花の存在はありがたい。
呪われ、という単語は気になるが、本人が話したくないことを無理に聞き出そうとは思わなかった。
歩き出した八尋と桜花の後を、ファルウートを解除したレーシアが無言で続く。
重苦しい雰囲気のまま、三人は円環の道まで戻り、ギルドへと帰った。
どこか気遣わしげなミスティに帰還受付をしてもらい、魔石を換金する。ゴブリンの魔石は平均八〇〇ソル。今回の稼ぎは全体で三〇〇〇〇ソル程になったので、一人頭一〇〇〇〇ソルだ。
(五分もかかってない戦闘で一〇〇〇〇の稼ぎなんだから、冒険者って儲かるんだな)
そうしみじみ思いながら、八尋は二〇〇〇〇ソルを桜花に渡す。仙道家の食卓と生活費は全て桜花がやりくりしているので、稼ぎは全て桜花に渡し、八尋は必要な分だけもらうことにしていた。
ちなみにそのスタイルがとっても家を守る奥さんぽくて、桜花が内心喜び勇んでいることを八尋は知らない。
「はい、じゃあこれがレーシアの取り分な。今日はもうこれで解散にするから、明日また同じ時間に集合で。お疲れ様」
「お疲れ様でした」
「‥‥」
八尋はそう言って家に帰ろうとした。天理の塔以外にも、勉強などやることは沢山ある。
しかし、ジャケットの背中を摘ままれて、脚を止めた。
「どうかしたのか?」
振り返れば、そこには八尋から渡された一〇〇〇〇ソルの紙幣をクシャクシャになるまで握りしめたレーシアがいる。
彼女は泣きそうな顔で、けど何かを覚悟した目で八尋を見た。
「あの、八尋、桜花、話が‥‥あります」
「‥‥そうか、分かった」
八尋は頷き、受付をしているミスティのところまで行くと、ミーティングルームを借りれないか相談した。実はギルドには冒険者用のミーティングルームが多数存在しており、申請すれば使用することが出来る。
八尋は対人能力小学生レベルで、女性の取り扱いなんて初心者もいいところだ。けれどこういう、ちゃんと話を聞かなきゃいけないことくらいは分かる。
やっぱり不安げなミスティにミーティングルームの使用許可をもらい、八尋たちはそこへ移動すると、レーシアの対面に八尋と桜花がくる配置で座った。
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