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そういう意味だ

 それから時は流れ、休日。


 八尋と桜花は装備を整え、二人でギルドに向かっていた。


 言わずもがな、天理の塔に挑むためである。


 今日の目標としては六階層に続く扉を見つける事、そしてもう一つ。


「‥‥ウインストさん、見当たりませんね」

「ああ、時間は合ってるはずなんだが」


 八尋は先日レーシアに送ったメールを確認する。朝九時にギルド前集合。現在は八時五十分なので、もしかしたらあと十分の間に来るかもしれない。


 そんなことを考えていると、小柄な人影が視界の端に映った。


 人影はコートを着込み、フードを目深に被っているせいで顔は見れないが、コートの上からでもはっきりと分かる険しい山岳には見覚えがあった。


 顔が上がり、フードの中から目的の人物が顔を出した。


「おはようございます! 八尋さん、桜花さん!」

「あ、ああおはようウインストさん」

「おはようございます、ウインストさん」


 レーシアはどうやらコートの下に制服を着こんでいるらしい。


 装備も大きめのバックパックを背負っており、八尋より遥かにしっかりとした装備だ。


 八尋と桜花の方は変わらず制服姿に、桜花はバックパック、八尋はホルダーバッグという出で立ちだ。


 いい加減アーマーの類も必要だとは思っているが、驚異的なモンスターが出現していないため放置しているのが現状である。


(にしても、何故全身から厄介ごとあります! と主張してんだろうな‥‥)


 フードを目深に被り、明らかに顔が見えないようにしているレーシアを、八尋はなんとも言えない目で見た。


 今更ウダウダ言うつもりはないが。


「それじゃ、行くか」

「分かりました」

「はい!」


 そうしてギルドに入った三人を受付してくれたのは、ここ数日で顔見知り程度にはなった美人受付嬢、ミスティである。


「おはようございます、八尋様、桜花様。それと、そちらの方は‥‥」

「おはようございます、ミスティさん。彼女は俺たちの新しいパーティーメンバーになります。登録お願いしてもいいですか」

「畏まりました、エレメンタルガーデンの学生様ですね、学生証を提示していただいたもよろしいですか?」

「わ、分かったのでございます」


 おずおずと学生証を差し出すレーシア。


「‥‥レーシア・ウインスト様でございますね、ではこちらの書類に署名をお願いいたします」

「は、はい」


 レーシアがサインし、晴れて俺たちのパーティーの一員となった。


 ただその瞬間、確かにミスティの顔が曇ったのを八尋は見逃さなかった。


(学校だけのことかと思ったけど、ミスティさんが知ってるってことは、相当だな)


「それでは八尋様、五階層からはモンスターも急激に手ごわくなりますので、お気をつけてください」


 心配そうな目をするミスティに、八尋は応えるように笑って答えた。いつものように救助保険もかけてもらう。


「ありがとうございます。無理はしないようにしますね」

「‥‥はい、よい冒険を」


 ミスティに別れを告げ、八尋たちはそのまま『始まりの扉』へと進んだ。


 一度辿り着いた階層は、どこであれこの『始まりの扉』から飛ぶことが出来る。


 今回八尋たちが選択するのは、勿論五階層だ。


「‥‥」


 いつも通り、無言で桜花が八尋の手を握り、八尋もそれを握り返す。


「はっ!」


 そしてそれに気づいたレーシアも、何を思ったのか慌てて八尋の手を握った。


(え、なんで君まで繋ぐの? もしかして扉を移動する時って手繋ぐのが常識だったりするの?)


 怪訝な顔をする八尋、その手を逃がさんとばかりに掴むレーシア。その手を無表情ながら凄まじい視線で凝視する桜花。


 そんな三人は光に包まれて五階層に移動した。




 天理の塔五階層からは、これまでの平原から様相を変える。


 見渡す限りの萌黄色には濃い緑が交じりはじめ、背の高い気が密集して生え始める。


 平原と密林の境目。それがこの五階層だった。


「っと、着いたか」

「‥‥」

「きゃっ」


 光に包まれた八尋たちが五階層の地に降り立つと、八尋の手を握っていたレーシアがバランスを崩してこけそうになるので、八尋は慌てて支えた。


「あ、ありがとうございます‥‥」

「気にしないでください」


 案外この扉を使った移動は独特の浮遊感に見舞われるので、着地の時にバランスを崩しそうになるのは気持ちが分かる。


 ただどうしてか、支えられたはずのレーシアは不満気な顔をしていた。


「どうかしました?」

「いえ、八尋さんはリーダーですございますよね? 先輩とか関係なく、敬語を使わないで大丈夫でございますよ」

「‥‥いいんですか?」


 正直な話、パーティーとして動くのなら敬語が外れるのは楽でいい。

 レーシアは頷いた。


「勿論でございます。私が頼んだ身ですし、レーシアと呼んでください。桜花さんもでございますよ」

「分かった。よろしく頼むレーシア。俺のことも八尋でいいし、敬語もいらない」

「ありがたいのでございますが、この口調は癖みたいなものですから、気にしないで欲しいです」


 そしてレーシアが無言でいる桜花を見た。


「‥‥すみません、私もこの口調は癖みたいなものですので。ですが、レーシアとお呼びしても?」

「勿論でございます! 改めてよろしくお願いするのでございますよ、八尋、桜花!」

「その似非敬語、レビウムの翻訳機能がバグってるのかと思ったら、そういうわけでもないんだな」

「どういう意味でございますか!?」


 そういう意味だ、と八尋はレーシアをあしらいながら周囲を見回す。


 下手にレーシアを見ていると、ピョンピョン跳ねる動きに合わせて揺れる薄桃色の髪と、巨大なお胸様に視線が行ってしまいそうになるのである。


 ちなみにレーシアは先輩なのだが、初っ端の土下座のせいか、キャラクターのせいか、八尋の中ではこういう付き合い方が定着していた。


「で、ここが五階層か」


 話に聞いていた通り、これまで四階層目までとは大分様相が異なっている。扉を見つけるためには、向うに見える密林の中に入る必要性もあるだろう。


「八尋と桜花は五階層をしっかり探索するのは今日がはじめてでございますよね」

「ああ、レーシアは確か九階層まで行ったんだっけか」

「はい、これでも一年生の間に九階層まで行くのは凄いことなのでございますよ!」


 ふふん、とレーシアが豊かな胸を張った。

 こないだの十三歳JKと比べると胸囲の格差社会である。精神的には明らかに向うの方が上に見えるが。


「‥‥五階層からはモンスターの質も大きく変わるそうですね」


 周囲の様子を油断なく見つめていた桜花の言葉に、レーシアが反応した。


「その通りでございます! ここまでの階層はいわばチュートリアル。エレメンタルガーデンではここから先が第一の試練と呼ばれ、一年生の間にボスフロアに至る『黒翼の扉』を発見できるのはおよそ三割、突破出来るのは一割に満たないのでございますよ」


 そう得意げに語るレーシア。


 教員も似たようなことを言っていたが、そうするとレーシアは三割に入った人間になる。目の前の彼女を見ていると妙に信じにくいが。


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