早まったかなぁ
本日二回目の更新です。
姫咲家に居た時、深夜だろうが明け方だろうが、鬼が出たという情報があれば八尋は一人でも戦いに行ったものだ。
鬼神の眷属である鬼は、放置しておけば大きな被害を生む。
たとえそれが一人で挑むには危うい敵であっても、八尋が怯んだことはない。
血で視界が染まり、腕が動かなくなり、音が遠くなっても、アンリエルの動きが鈍ることはない。仙道八尋とはそういう男なのだ。
そんな八尋が、難しい顔をして喉を鳴らす。目の前の宿敵を前に、手の動きは鈍り、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「――それでは皆さん、来週は小テストを行いますので、しっかりと復習をしておいてくださいね」
教員の言葉と共にチャイムが流れ、授業が終わる。
「――はぁ」
八尋は書くだけ書いておいたノートをどかし、机に突っ伏した。
戦いとなれば一切躊躇しない八尋だが、こと勉強に限って言えば話は別だ。
黒板に書かれる基礎的な数式は暗号で、国語の長文は読んでいるだけで眠くなる。第二外国語はなにそれ美味しいの? 状態だ。
このエレメンタルガーデン高等部、冒険者を育成するための学校なのは間違いないが、基礎的な教科学習というのも必修で存在した。
そして八尋の知識量は中学生レベルすら怪しい。必修で赤点を取れば、補習もあるのだ。
(それだけはなんとしても避けないと‥‥、天理の塔に潜れなくなっちまう)
そう頭では理解していても、突然賢くはならない。プスプスと頭から湯気が出ているようだ。
「大丈夫ですか、八尋さん」
「大丈夫じゃない‥‥」
隣に座る桜花がいそいそ八尋の分の勉強道具もしまってくれる。
桜花は八尋と違って普通に学校に通っていたので、勉強はそれなりだ。
ようやく力になれる! と内心で拳を握りしめている桜花に八尋は気付くことなく、数日前に出会った金髪の少女、十三歳JKクーシャンを思い出していた。
(あの人、十三歳だけどこの必修科目どうしてるんだろうな‥‥。いや、はじめて相談する内容が勉強ってどうなんだそれ)
疲労で頭が回っていない八尋は、そもそも頼ろうとする相手が十三歳という時点で今更だということには気付かなかった。
「まださほど難しい内容ではありませんし、しっかり復習すれば赤点にはならないはずです。‥‥その、一緒に頑張りましょう」
「これでまだ簡単な方なのか」
「はい、基礎的な部分ですし、エレメンタルガーデンはさほど教科学習に力を入れてませんから」
うぇぇ、と八尋はおかしな声を漏らした。
ハーレムを作ろうとレビウムにきたわけだが、どうやら元々八尋はレビウム以外では生きていけなかったらしい。
学歴社会では到底生き抜ける気がしない。
グッタリしている八尋の横で、桜花はバッグから二人分のお弁当を取り出す。勿論桜花の手製だ。
「今日のお昼はどこで食べますか?」
「あー、天気もいいし中庭はどうだ」
「分かりました」
八尋はなんとか起き上がると、桜花と二人で中庭のベンチを目指す。
模擬戦の後でレクトに絡まれることはなくなったが、最大霊力量Eランクという事実が消えたわけではなく、むしろ『ライオンハート』と事を構えたせいで八尋の学校での立ち位置は悪い。
ただ得体の知れない人間だから関わりたくないというスタンスの人が多く、平穏と言えば平穏だった。
「今日はせりの肉巻きにしてみたんですが、どうでしょうか」
中庭に設けられたベンチで、二人は向かい合って弁当箱を開けていた。
「ああ、相変わらず美味いぞ」
甘辛く味付けされた肉巻きを食べながら、八尋はここからでもよく見える天理の塔を見つめた。
現在、八尋と桜花の到達階層は五階層。二人はついこの間、五階層に行くための『白翼の扉』を見つけたばかりだった。
まだ苦戦するようなモンスターは出てきていない。
(なるべくなら、せめてもう一人パーティーメンバーが欲しいところだけど)
天理の塔の攻略は、これまでの鬼との戦いとは違う。人の数が増えれば、それだけ出来ることは増えるのだ。
クーシャンにクランを作ると豪語した手前もある。
とはいえ、ほとんどの生徒に距離を取られている今の状況では厳しい。
「‥‥どうかしましたか、八尋さん?」
知らず知らずのうちに難しい顔になっていた八尋は、桜花に問いかけられて我に返った。
「ああ、いやなんでもない‥‥ぞ‥‥?」
「?」
八尋の反応に桜花が首を傾げるが、八尋はそれどころではなかった。
桜花の背後、植えられた茂みの向こうに何かがいる。
飛び出た薄桃色の頭が、ひょこひょこ動いていた。
(なんだ、あれ?)
「なにかありましたか?」
「なにかあったというか、いるというか見えてるというか」
「‥‥?」
要領の得ない答えに、桜花は八尋が見ている方向を振り向いた。そこには相変わらず薄桃色の頭が揺れている。
「‥‥なんでしょうか」
「さあ‥‥」
茂みの向こうで座ってるにしては頭の位置が高いし、立っているにしては低い。
そもそもあの茂みの向こう側でわざわざ何かするようなことがあるとも思えなかった。
八尋は立ち上がり、茂みへと近づいていく。
気分は珍獣ハンターだ。
「む」
「――あ」
もうあと一歩で茂みの裏を覗ける、というところで薄桃色の頭が突然動いた。
具体的には、茂みから覗き見るように顔を出したのだ。
そうなれば当然近づいていた八尋と視線がかち合うわけで。
「――――――――――!!?」
大きな目を更に真ん丸に見開いて、声にならない叫びをあげた。
驚いたのは八尋も同じである。
少女は仰け反り、その勢いのまま後ろに倒れそうになったので、慌てて八尋は茂みを飛び越えて少女を支えた。
「うお、大丈夫ですか?」
「だ‥‥大丈夫‥‥です」
こうして近くで見ると、幼さの残る愛らしい顔立ちをしていることが分かる。
薄桃色の豊かな髪はウェーブがかかり、肩のところで二つ結びにされている。大きな瞳は金色だ。
身長も小柄な八尋よりも小さいだろう。ただクーシャンと違って中学生だと勘違いしなくて済んだのは、その胸だ。
大きい。
八尋が知る巨乳と言えば、姫咲家の母、菫とその長女であるが、その二人に負けないくらいのインパクトがある。
背丈が低いせいで余計にそう見えるんだろうが、それにしても大きい。
「あ、あの」
「っと、すいません」
自然と視線が引き寄せられる胸から目を離し、八尋は少女を立たせた。
物理法則をぶっちぎる神殺しにも、万乳引力の法則は適用されるらしい。おっぱいは重力よりも重い。
震えながら胸を抑える少女に、なにやら悪いことをした気分になりながら八尋は困った顔をする。
「どうしましたか、八尋さん」
「いや、俺にもよく分からん」
状況的に、少女が八尋たちを覗き見しようとしていたのは間違いないだろうが、その理由が分からない。
噂のEランクを、度胸試しに見に来たくらいならいいのだが。
「あ、あの」
桜花と二人で首を傾げていると、当の少女が口を開いた。
抑えた腕の隙間で胸が歪んでいる。見れば見る程アンバランスな色気に溢れた少女だ。
「えーと、君は‥‥」
直後のことだった。
少女が手を地面に着き、頭を凄まじい勢いで手に叩きつけたのだ。
日本人である八尋と桜花が惚れ惚れする程に見事な、魂の籠った土下座だった。
「お願いでございます! どうか私をあなたのパーティーに入れて欲しいのでございます!」
――はい?
少女は薄桃色の綺麗な髪が地面に広がるのもいとわず、素晴らしい土下座姿勢を保っている。
横を見ると、流石の桜花も驚いたのか何も言うことなく少女のつむじを見つめていた。
「‥‥あー、パーティーに入りたいと? 俺たちのですか?」
「はい!」
とてもいい返事が返ってきた。
ちなみにこの間も土下座のままで、顔を上げる様子はない。
そこらの日本人より大和魂に溢れた姿だ。
実際の話、パーティーメンバーが増えるというのはありがたい。この少女の得意なことも性格もまるで分からないが、基本的な人手が足りていない状況だ。
「でも、なんで俺たちのパーティーなんですか? 自分で言うのもあれですけど、俺の噂は知ってますよね?」
そう、問題はそこだ。
現在エレメンタルガーデンでの俺の評価は最低だ。模擬戦に勝てばいいと短絡的な考えでレクトに勝ったはいいが、結果的に悪い噂は加速。
この学校でパーティーを申し込まれるどころか、組むのをOKしてくれる人さえいないだろう。
「はい、知ってます!」
「あの、まず土下座止めてもらってもいいですか?」
土下座姿勢のまま話を続けようとする少女を、八尋はまず立たせる。というか、なぜ土下座した状態でそんなに声の勢いがいいんだろうか。
もしこの状況を誰かに見られたら、八尋の悪評が追加されるのは間違いない。
「‥‥分かったのでございます」
そう言って少女が立ち上がる。やはり背は八尋よりも低く、胸は桜花の十数倍は大きい。
「それで、俺の噂を知ってますよね?」
「はい」
少女は頷いた。
「なんでも能力値検査を誤魔化して、それを利用してライオンハートの御曹司を罠にハメたとか、弱みを握って少女を婚約者にしているとか聞いているのでございます」
「えぇぇ」
言いながら、少女はチラリと桜花を見る。
噂が悪化しているどころか、おかしな方向にまで飛び火していた。
桜花とは支援目当ての形だけの婚約者なので、微妙に否定し切れないあたりが何とも言えない。
複雑な顔になっている八尋の横から、桜花が突然言った。
「それは、どこで聞いた噂ですか?」
「えっ、周りの人とか、新聞部が出してる広報とかに小さい枠で書かれたりしてますけど‥‥」
聞かれた少女が、ビクリと震えて恐る恐る答えた。
桜花の顔は無表情のまま、声に怒気が滲んでいるため、結構怖い。
「私は脅迫などされておりませんので、あしからず」
「は、はい。分かりました」
少女は完全に桜花に怯えていた。
助け舟を出すつもりで、八尋は口を開いた。
「えーと、すみません。まず名前を教えてもらってもいいですか? 俺は仙道八尋、こっちが」
「姫咲桜花です」
少女は微かに険しい顔をしてから、言う。
「私はレーシアです。レーシア・ウインスト。エレメンタルガーデン高等部二年生になります」
(まさかの先輩だったのか‥‥)
最近年下か同級生に見えて先輩という人にばかり会っている。十三歳JKは大分特殊例だとは思うが。
「あの、荷物持ちでも、盾がわりでもなんでも構わないのでございますよ! 私をパーティーに入れてください!」
レーシアはそう言って再び頭を深々と下げた。
とにかく熱意だけは伝わってくる。
「あの、ウインストさんは噂を知ってるのに、どうして俺たちのパーティーに入ろうと思ったんですか?」
そこが分からないと、八尋としては頷けなかった。
そもそもここまで必死だと、間違いなく何かしら理由があるんだろう。
「あ、えーと、あの、その‥‥なんと言いますか、あれです! 模擬戦を見てすごい強いなって思ったからです!」
うーん、と八尋はレーシアの答えに頭を捻る。
「お願いします! ちゃんとパーティーを組んでいた経験もありますし、天理の塔も九階層まで進んでるのでございます! お仕事はなんでもしますのでパーティーに入れてください!」
理由としては納得できなくはないが、やはりここまで必死な理由が気になる。
そこを聞こうとも思ったが、小さく桜花が耳打ちしてきた。
「‥‥よろしいのではないでしょうか。見た所、悪い方ではないようですし」
「いいのか? あからさまになにかありそうだけど」
「それは八尋さんの手に負えない程のものですか?」
不思議そうな顔で問いかけてくる桜花に、八尋は口をつぐんだ。
信頼が重いと感じる反面、その重さが心地よいと思ってしまう。
八尋は頭を掻いて言った。
「そうだな、それじゃあ二人しかいないパーティーだけど、ウインストさん、よろしく頼みます」
「えっ、いいのでございますか!?」
ガバッとレーシアが顔を勢いよく上げた。
髪と一緒に胸がブルルン! と震える。ダンプーでも詰めているんだろうか。
「‥‥八尋さん、浮気ですか?」
「はっ、いや、そういうあれじゃないから!」
胸から視線を剥がしつつ、いつもと変わらない無表情でこちらを見る桜花に慌てて弁明する。
本来、八尋の目的はハーレムづくりなので浮気もなにも今更な話なのだが、淡々と聞いて来る桜花に後ろめたさの拭えない八尋だった。
「あ、あの、よろしくお願いします!」
「はい、よろしくお願いいたします」
八尋の困惑などさておいて、女性陣は挨拶を交わしていた。
意図せずして女性メンバーが増えたわけだが、今のところはそういった面での関係性は考えていない。たった一人の形だけの婚約者さえ、八尋には手に余るのだ。
(ハーレムづくりとか、クランづくりが夢って早まったかなぁ)
田舎引きこもり生活から卒業して一年目、取りあえず面倒なことにならなければいいなと、八尋は青い空を仰いだ。
よければブックマーク登録、評価、感想などいただけたら嬉しいです。




