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今日はクリームシチュー

「はぁ」


 人混みを抜け、ギルドを出た金髪の少女は小さく息を吐いた。


 周囲には一仕事終えた冒険者たちがどこで夕餉を取るか、どこに飲みに行くのかを楽しそうに話しながら歩いていた。


 その明るい雰囲気の中で、殊更に影を歩くようにして進むパーティーは、何か失敗をしたのか、メンバーが亡くなったのか。


 大きな夢に溢れるレビウムでは、一方で夢破れて挫ける者も、下へと転げ落ちていく者もいる。


 清濁併せ持つ混沌とした世界。それがこのレビウムであり、天理の塔なのだ。


 人々の間を少女――クーシャンは縫うようにして歩く。


 『竜星群』のメンバーとして名と顔が売れているクーシャンだが、誰も彼女の存在に気付かない。


 気配を消す力を持っていたり、そういった技術を磨いたわけではなく、クーシャンは周囲に溶け込むのが生まれた時から得意だった。


 それにしても、思い出すのは白髪の少年である。クーシャンより年上の後輩。


(‥‥断られるとは思わなかった)


 事実として、クーシャンの所属する『竜星群』はこのレビウムにおいてトップクランの一つ。しかも『ライオンハート』と違って真っ当なクランだ。


 その特殊な勧誘方法のために入団しようにも新人を受け付けておらず、エレメンタルガーデンの入学時期には『竜星群』のクランハウスの前で呆然とする新入生が後を絶たない。


 だからクーシャンも無意識のうちに、断られるはずがないと思っていたのだ。


 しかし、八尋はしっかりと自分で考えて断った。


 クーシャンが彼を知ったのは、新入生の中でも要注意人物として警戒していたレクト・ライオンハートが模擬戦をするということを聞きつけ、見学しに行った時だ。


 もしなにか教員の手に余る事態が起きた時、介入出来るようにと。


 そこでクーシャンが見たのは、Eランクと呼ばれた男子生徒を相手に本気で霊装を振るうレクトと、それを容易く捌く八尋の姿だった。


 ――凄い。


 八尋の作り上げた六振りの剣を見た時、クーシャンは純粋にそう思った。


 クーシャンの中にも、霊装を組み替えることで力を発揮させるという考えはなかった。霊装はそのままで完成しており、そこからどれ程の霊力を込め、力を引き出せるか。それが当たり前だった。


 だがそれまでのナイフとは完全に別物となった剣を見て、その認識の甘さに気付いたのだ。


 そこからは、はじめにあったレクトへの警戒など吹っ飛んで、ただただ八尋の技に見惚れていた。


 レクトは間違いなく馬鹿息子だが、それでも『ライオンハート』の血族として戦闘の英才教育を受けている。決して弱くはない。


 そんなレクトを、まるで赤子をあしらうように封殺した八尋。


 幼少の頃から強力な霊装の操作に苦労し続けたクーシャンだからこそ、彼が平然と行っている霊装の操作がいかに難しいのか、理解できた。


 しかも、彼はまだ底を見せていない。


 その時から既に、クーシャンの頭の中には八尋をどう『竜星群』に誘おうかという考えしかなかった。 

 それでもクーシャンは冒険者として活動している立派な大人。クランに誘うにも、その人の実力だけ見ればいいというものではない。それでは『ライオンハート』と同じになってしまう。


 そう自分に言い聞かせ、いきなり勧誘に行かずクーシャンは暫く八尋の行動を観察していた。


 結論、彼は力を持っていてもそれを無暗に振るう人間ではなかった。あまり人と会話している様子は見られなかったが、いつも一緒に居る女性徒とは良好な関係を築けている。


 それが分かった以上、もう観察を続ける必要ないと判断し、クーシャンは探索が終わった時を見計らって八尋に接触したのだ。


(フラれたけど‥‥)


 格好つけて八尋と別れたものの、それなりのショックに足取りがフラつく。


 断られた理由が納得いくものだったとはいえ、ショックなものはショックである。自信があったせいで猶更だ。


(夕飯、どっかで食べてこうかな)


 予めクランリーダーには勧誘するという話はしていたので、失敗したという話はしなければならない。それが十三歳のクーシャンには恥ずかしくて、時間を置きたい気分だった。


 瞬間、ぬっと横合いから伸びてきた手が、クーシャンの肩を掴んだ。


「っ‥‥!」

「ようやく見つけた。もう、どこに行ってたのよ」


 驚いたクーシャンが振り返ると、そこには綺麗なバイオレットの髪をハーフアップにした美女が立っている。


 来ている服は白のブラウスにロングスカートとお堅いのに、それを押し上げるプロポーションが良すぎるせいで、妙に官能的だ。


 年は二十代程だろう、派手ながら優しそうな顔立ちは眉目秀麗で、スタイルも相まって非常に人目を引く。


「ルーナ、来てたの?」


 クーシャンが聞くと、ルーナと呼ばれた女性は腰に手を当てて溜息をついた。


「クーシャンが全然帰って来ないから、わざわざ探しに来たんじゃない」


 まったくもう、とルーナはクーシャンの頭を撫でる。


 彼女は妖艶な見た目と違って、とても真面目で面倒見のいい女性なのだ。


「もう子供じゃない」

「はいはい、分かったから帰るわよ。もう夕飯の準備も終わるだろうし」


 ルーナに手を引かれるクーシャンは、微かに抵抗した。


「‥‥」


 クーシャンの様子がいつもと少し違うことに気付いたルーナは、少女の小さな頭を見つめる。


 そして、微笑んで言った。


「今日はクーシャンの好きなクリームシチューだって。早く帰らないと冷めちゃうわ」


 クーシャンが顔を上げる。


「本当?」

「本当本当。休日だからって気合い入れて作ったらしいよ」

「‥‥分かった」


 そうして二人は、暗くなりつつある道を連れ立って歩く。


 年上の後輩に尊敬される十三歳JKも、家族の前では年相応の少女になる。


 きっと今日のクリームシチューは少しほろ苦いだろうが、それでも美味しいに違いない。クーシャンはそんなことを思いながら、ルーナの話に相槌を打つのだった。


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