13歳JK
本日二回目の更新です。
鮮やかな金色の髪を三つ編みにし、どこか眠たげな深緑の瞳が、八尋の目を真っ直ぐに捉える。
ドレスを着せて座らせていたら、精巧な人形と見紛う程に綺麗な顔立ちだ。
年は八尋よりもずっと下に見え、エレメンタルガーデンの制服を着ているから、中等部の生徒だろうか。
「え‥‥と‥‥」
間違いなく、自分に用があるんだろう。
それは分かるのだが、視線が合った状態でも無言で見つめられて八尋は狼狽えた。
沈黙を破ったのは、少女の方だった。
「‥‥君、仙道八尋?」
「は、はい。そうですけど」
名を呼ばれ、どこかで会ったことがあったかと八尋は必死に記憶を引っ張り起こす。
しかし、こんな一度見たら忘れなさそうな少女の記憶は少しもなかった。
すると、少女が淡々と言葉を続けた。
「私はクーシャン。エレメンタルガーデンの高等部二年」
「あ、仙道八尋です。よろしくお願い――」
え? と金髪の少女、クーシャンの言葉に違和感を覚えた八尋は言葉を止めた。
今彼女は聞き間違いでなければ、エレメンタルガーデンの高等部二年と言ったのだ。
(いやいやいやいや、流石にそれはないだろ)
背丈はそれなりにありそうだが、細く未成熟な肢体、美しくもあどけない顔立ちはとても高校生には見えなかった。なんなら、彼女の言葉を信じれば同級生どころか年上である。
「あの、失礼ですけど、本当に高校生ですか?」
本当に失礼な質問だな、と内心思いながら八尋はどうしても我慢出来ずに聞いた。
その問いに、クーシャンはコクリと頷く。
「本当。私は十三歳JKだから」
「‥‥はい?」
「だから、十三歳JK」
――んんん?
八尋はクーシャンが何を言っているか理解出来ず、頭を捻った。
十三歳、というのは納得出来る。大分大人びてはいるが、十六、七歳というよりはよっぽど納得できた。
けれど、JK。これが分からなかった。
八尋の知る常識では、十三歳とJKとが両立することはないはずだ。
クーシャンも八尋と同じように首を横に傾げる。
「‥‥日本では、高校生の女子をJKと言うと聞いた」
「いや、それは間違ってないですけど、十三歳でJKっていうのがどういうことか分からないんです」
八尋が言うと、クーシャンは成程、とばかりに手を打つ。
「八尋は、天理の塔に入れる年齢は何歳からか知っている?」
「え、十五歳以上ですよね」
「そう。だけどそれはあくまで原則であって、抜け道がないわけじゃない」
クーシャンはそう言って、自分の学生証を八尋に見えるように掲げた。
確かにそこに書かれた生年月日と入学年は、彼女が十三歳JKであることを示している。
(マジだよ、十三歳JK‥‥)
「単純な話、たとえ十五歳未満であっても、エレメンタルガーデンの高等部に飛び級することが出来れば、天理の塔に挑むことが出来る」
「つまり、あなたは飛び級して高校二年だと」
「そう、十三歳JKで、あなたの先輩」
クーシャンは言いながら、薄い胸を張る。その目は眠たげな半眼のままだが。
(飛び級か‥‥そんなシステムもあったんだ。にしても、特例を認められるだけのことはある)
まだ成長途中のクーシャンの身体は、とても戦闘が出来るものには見えない。
けれど、彼女の接近に八尋はまるで気付かなかった。気を張っていなかったとはいえ、周囲に溶け込む技術は八尋より高いだろう。
そしてこうして対面していて分かる。幼いながらも、その立ち振る舞いには隙がないのだ。
天性の才を持った人間が、それを弛まず鍛えた姿。
戦わなくても分かる、レクトなどよりよほど強い。
「‥‥それで、クーシャン先輩はなんの御用ですか?」
まさか自己紹介のためだけに来たわけじゃないだろう。
クーシャンは姿勢を正し、八尋の顔を正面から見据えた。
「そんなに難しい話じゃない、勧誘に来ただけ」
「勧誘?」
「そう、私たちのクラン、『竜星群』に入らないかって」
そうクーシャンが口にした言葉に、八尋はフリーズした。
『竜星群』。
それは、レクトとの模擬戦の際に、クランについて調べる中知った名だ。
このレビウムにおいて、その名を知らない者はいないだろう。何故なら『竜星群』は、現最高到達階層に最も近いクランなのだ。
所属するメンバーは一人一人が有名な実力者で、市民たちからの人気も高い。
人数は大手クランに比べればとても少ないながら、その総戦力は『ライオンハート』さえ上回ると言われている。
(成程、クーシャン先輩は『竜星群』のメンバーだったのか。そりゃ強いわけだ)
『竜星群』ほどの大手クランなら、メンバーを飛び級させるのも難しくはあるまい。
ただ分からないのは、
「どうしてこんな初心者の俺を?」
そう、八尋は神殺しであるが、このレビウムではエレメンタルガーデンの新入生でしかない。天理の塔で倒したのだってちょっとジャンプ力の高い鶏だけだ。
『竜星群』のようなトップクランに勧誘される理由がまるで思いあたらなかった。
クーシャンは眠たげな目のまま言う。
「こないだ」
「こないだ?」
「八尋がライオンハートの馬鹿息子と戦ってるのを見た」
「馬鹿息子って‥‥」
十中八九、レクトのことだろう。
ライオンハートという時だけ、若干棘のある声色だったので、大手クラン同士だからといって仲がいいわけではなさそうだ。
それにしても、レクトとの模擬戦を見られていたとは思わなかった。
「いやでも、あの戦いも結構散々に言われてますけど」
八尋はそう言って苦笑いをする。
あのレクトとの模擬戦の結果は、誰が見ても八尋の圧勝だった。
しかし、八尋の学校での評価が変わったかといえば、そういうわけでもなかった。
むしろライオンハートと事を構えたせいで、他の生徒からはより距離を取られるようになり、「能力検査をごまかした」や「レクトを罠にはめた」という良くない噂も八尋の耳に入っている。
思い出すのは、レクトに寄り添っていた女性徒だ。あの憎悪の目は中々忘れられない。
(つっても悪い噂流したとか確証もないし、それに対応できるほどの対人能力もないんだよなあ)
結局天理の塔を進むことで実力を示すしかないのだ。
ところがクーシャンは首を横に振った。
「人の声なんて関係ない。私は私の見たもので判断する。馬鹿息子との戦いを見て思った、あなたは間違いなく強いし、曲がったことはしていない」
「は、はあ」
とっても格好いいことを十三歳女子に言われ、対人能力小学生以下の十五歳八尋は曖昧に笑った。
褒められるのには、昔から慣れない。
「それでも、『竜星群』って言ったら超大手クランですよね? 俺みたいな馬の骨を簡単に入れるわけにもいかないんじゃ」
大手どころか、中堅のクランでも入るためには試験、面接が当たり前だ。自分の命を預け、肩を並べて戦うことになるのだから、当然の話である。
「確かにクランリーダーとの面接は必要だけど、元々『竜星群』は別に実力至上主義でもないし、出自を気にしたりもしない」
「え、そうなんですか?」
「リーダーの選んだメンバーには、たった一人だけクランに勧誘する権利が与えられる。自分が信頼して、そこに価値を見出させた人なら実力は大して関係ない」
「それはまた‥‥すごいですね」
何が凄いって、その方法でトップクランを維持しているのが凄まじい。
クランとしての力を大きくするのなら、『ライオンハート』のようなスタンスの方が効率がいいはずだ。
「私は八尋をクランに入れてもいい、入って欲しいと思った。だから誘った」
クーシャンは照れたり恥ずかしがる素振りも見せず、そう言い切った。
正直、そこまで言われて悪い気はしない。素直に嬉しい。
クーシャンは続けて言う。
「八尋のパーティーの女の子。彼女も私の仲間に気に入ってもらえると思うから、一緒に入れるように出来る」
その言葉に、八尋はちゃんと桜花のことも見てくれていたことを知った。
(クランか‥‥)
上を目指そうと思ったら、八尋と桜花だけではいずれ対処出来なくなることもあるだろう。人の数は加算ではなく乗算だ。
『竜星群』に誘ってもらえるなんて、願っても無い絶好のチャンス。八尋の夢に大きく近づける。
――けど。
「すいません。誘ってもらえるのは凄く嬉しいんですが、断らせてください」
八尋はそう頭を下げた。
「‥‥どうして?」
少し間を開けて、クーシャンが聞く。可愛らしい顔が再びコテンと傾げられた。
「いや、俺みたいなよく分からない奴を誘ってもらったのは本当に光栄ですし、ありがたいんです。ただ――」
クーシャンは、たった一人しか勧誘できない貴重な枠を使ってまで、話したことすらない八尋をクランに誘ってくれた。
クランのスタンスは様々で、『ライオンハート』のように力だけで繋がっているところもあれば、完全に会社として機能しているところもある。
そんな中でも『竜星群』はメンバーの仲がとてもいいクランとしても知られていた。皆が皆仲間を大事に、信頼するクラン。
その輪に誘ってくれたクーシャンに対して言葉を繕うのは、なにか違う気がした。
「俺は、家族を作りたいんです」
「‥‥家族?」
「はい、自分の力で、俺の家族を。だから」
だから、そう。八尋はそこで自然と言葉を発した。
「自分のクランを、作りたいんです」
家族を作りたいという願い、そのために沢山の女性と結婚するという夢。
これまでどこか漠然としていたものが、クランという形に落ち着いて具体的なイメージが生まれる。
(そうか、たくさんの人と関係を維持するためには、それを支えるだけの外枠が必要なんだ)
一人で新たな発見に感動していた八尋は、はっ、とクーシャンを改めて見た。
少女はとても十三歳とは思えない落ち着きで、八尋を見つめている。
そして、
「分かった。そういうことなら無理強いはしない」
ふっ、と微かに笑った。
「家族が欲しいなら、『竜星群』はいつでもあなたを歓迎する。‥‥携帯出して。これ、連絡先だから。なにかあったら頼ってくれていい」
クーシャンは八尋に携帯を取り出させると連絡先を交換する。
そして立ち上がり背を向けると、最後に振り返って言った。
「先輩だから」
「‥‥ありがとうございます」
そんな彼女の小さくも頼もしい背に、八尋は暫しの間見惚れた。
どうやらレビウムにいる十三歳JKは、八尋の知っている十三歳とは大きく違うようで、桜花が帰ってくるまでの間、八尋はクーシャンの去っていった方向を内心で拝んでおいた。
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