お疲れ様でした
二階層は、風景こそ一階層とほぼ変わらないが、これまでのダンプーだけでなく、『モック』という鶏のようなモンスターも出現するようになった。
モックは飛ぶことこそ出来ないが、翼を使って結構な距離をジャンプすることが出来、その勢いで嘴を突き刺そうとしてくるモンスターだ。
性格も好戦的で、モックに関しては八尋も容赦なく攻撃出来た。攻撃といっても、飛びかかってきたモックに機片を突き刺すだけなのだが。
「――これで、何体目だったっけ?」
首を機片に突き刺され、光となって散っていくモックを見ながら、八尋は後ろの桜花に問いかけた。
「十二体目です。モックの魔石は一つ三〇〇ソル程度ですので、四千ソルに届かない程度でしょうか」
「一日潜って成果がそれだと、やっぱり低階層は稼ぎにならないな」
八尋はそう言いつつ、モックの消えた後に残った魔石を拾った。
ビー玉程度の大きさで、色はくすんだ群青。魔石の価値は大きさと、そして色によって決まる。大きく、鮮やかな赤に近づく程質が良く、この魔石は言うまでもなくほぼ最低品質。
それでも油断すれば怪我くらいはするので、安いんだか高いんだか八尋には分からなかった。
ちなみにレビウムの共通貨幣ソルは、日本の円とさして変わらない。硬貨と紙幣の区分も同じで、紙幣作成技術に日本の物が大きく取り入れられていることが理由の一つだとかなんだとか。
八尋はバッグから取り出した時計で時間を確認した。
天理の塔の内部では時間によって昼夜が変わったり、気候が変化することはほぼない。
そのためダンジョンで時間を確認するためには丈夫な時計を使うのが一般的だ。
「そろそろ三階層への扉を見つけて、今日は帰るか」
「はい、わかりました」
そして八尋と桜花はこれまでと同じように草原を歩き、暫くして見つけた『白翼の扉』を使って『始まりの扉』へと帰還した。
白い光が消え目を開けると、そこはギルドの『始まりの扉』があるホールだった。
「お疲れ様でした仙道様、姫咲様。はじめての天理の塔はいかがでしたか?」
帰って来た二人の受付をしてくれたのは、またしてもエメラルドグリーンの髪をした美女、ミスティだった。
なんでも、休憩時間や交代していなければ、行きの時に受付をした受付嬢が帰って来た時の手続きもするのが通例らしい。
八尋はこの時知らなかったが、冒険者たちは大体懇意にしている受付嬢というのが居る。受付嬢と仲良くなれば、その分天理の塔での情報が手に入り易くなるし、不測の事態が起きた時に対処してくれる可能性が上がる。
何より、これは男性の冒険者限定だが、受付嬢と付き合ったり、結婚出来る可能性があるのだ。
これは世の男性冒険者にとってはある種、究極の夢である。このレビウムにおいて、受付嬢とはそこらのアイドルよりよっぽど高い人気を持っているのだ。
勿論ミスティも冒険者の中で高い人気を博している。
八尋は再び学生証を提示しながら、答えた。
「ありがとうございます。まだ低階層なのでなんとも言えないですけど、内部は想像以上に凄かったですね」
すると、ミスティがクスクスと笑った。
「皆さん、はじめて天理の塔に入った方は同じことを仰いますよ。神の領域というのは、やはり現実とはどこか違って神秘的な雰囲気がありますよね」
「‥‥はい、新鮮でした」
後頭部を掻きながら答える。
神の領域というだけなら八尋は入り浸っていたと言って良い程だが、天理の塔ははじめてなので嘘ではない。
――鬼神の霊域は神秘的というよりは悍ましい雰囲気だったし。
「それじゃあ、これで帰還手続きは終わりですので、魔石の換金は向うでお願いします」
「分かりました、ありがとうございます」
「‥‥」
桜花もペコリと頭を下げる。その視線がミスティの顔より少し下に向かっているのは気のせいだろうか。
「八尋さん」
「ん? どうした?」
いざ換金所に向かおうとすると、桜花に袖を引っ張られた。
「換金は私がしてきますので、八尋さんは休んでいてください」
「え、俺も一緒に行くけど」
「今回は私、何もしていませんから」
そう言って桜花は魔石の入ったバッグパックを揺らした。
桜花は今日の探索では一切戦闘に参加していない。霊装を顕現させることすらせず、終始魔石の収集と八尋のサポートに徹していた。
それは別に怠けていたわけではなく、単純に八尋の機片で十分だったからだ。
モックを何体倒そうが、疲れなどしない。
けれど、桜花に譲る気がないと見た八尋は最終的に頷いた。
「それじゃあ、あっちの休憩スペースで待ってるから」
「はい、ゆっくりしていてください」
桜花と別れ、八尋はエントランスに設けられた休憩スペースに向かった。
途中の自販機で自分と桜花の分のお茶を購入し、空いていたベンチに座ってギルドの中を見回した。
八尋たちと同じようにエレメンタルガーデンの制服を着ている冒険者もいるが、ほとんどの冒険者はしっかりとした装備に身を包んでいた。
八尋はなんとなしに冒険者の装備からパーティーの構成を予測する。
冒険者のパーティーというのは基本的に四人で組むのが原則だ。それは、ボスフロアに一度に入れる人数が例外を除いて四人だからである。
故にパーティーを組む時は、四人で大まかな役割分担をして戦闘を行う。
その役割分担の時に用いられる分類が、モンスターのヘイトを集めパーティーの盾となるタンク、攻撃を行うアタッカー、パーティーを癒すヒーラー、そして戦闘の補助を行うサポーターだ。
冒険者はこれらを自らの霊装の特質に合わせて担当するわけだが、ゲームと違ってこの天理の塔は現実。冒険者は状況に応じてこれらの役割をスイッチしながら戦うのだ。
鬼神を倒す以外に勉強らしい勉強もしてこなかった八尋だが、戦いの役割分担は姫咲家でも叩き込まれている。タンクやアタッカーという名称は勉強して覚えたばかりでも、装備と立ち振る舞いを見れば、その人が何を得意としているか、なんとなく分かるものだ。
そうして予測したパーティー構成から、今天理の塔で流行っている戦い方を考察する。天理の塔の情報は結構公開されているが、同業者が商売敵である以上、全てが公になっているわけがない。
鮮度のいい、生の情報が大事だということを、八尋はよく知っていた。
(見た所、バランスのいいパーティーが流行ってるのか。もしくはタンク多め‥‥だよな、たぶん。桜花みたいな霊装持ちは案外少ないし、安全策を取ろうと思うとそうなるのか)
今のところ八尋たちのパーティーは二人だけ。当分は八尋一人で十分そうとはいえ、いずれ強敵が現れるとも限らない。
ここは精霊神の霊域。人類に精霊という加護を与えられる程強大な力を持った神の領域。長く生き、悪行と蛮行を重ねた結果神格を得た鬼神とは、完全に格が違うのだ。
この天理の塔においては、鬼神に匹敵する、いやそれ以上の怪物が出ても、なんらおかしくはない。
(戦力の増強も考えないといけないんだよなあ)
自分の学校での評価を思い出して、八尋は溜息をつきたくなった。そう簡単に信頼できるパーティーメンバーは見つからなそうである。
そうして、換金所がどれくらい混んでいるのかと視線を横に向けた時、八尋は驚いて思わず顔を引いた。
「っ‥‥!」
「‥‥」
いつの間にか、八尋のすぐ隣に少女が腰かけ、八尋の顔を下から覗き込んでいたのだ。
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