ダンプー
ブックマーク登録者様が増え、評価をしてくださった方もいるようで、ありがたい限りです。
その思いに応えるために、本日二回目の投稿です。
「‥‥」
「‥‥すごい」
八尋は爽やかな風の香りを感じ、桜花は靡く髪を押さえて周囲を見回している。
(ここが、鬼神の言っていた精霊神の世界、天理の塔の内部か。‥‥またあいつの霊域とは随分様子が違うな)
鬼神と戦っていた場所は、この天理の塔と同じように神が自らの力で作り出した世界、霊域である。
そこは常に曇天に覆われた山と荒野であり、今目の前に広がる長閑な草原とは似ても似つかない。
「とりあえず、今日中に二階層には進んでおきたいな」
「‥‥そうですね」
興味深そうに生えている花を観察していた桜花が、立ち上がる。
八尋と桜花が立っているのは、何本かの柱で構成されたサークルの中だ。ここは『円環の道』、あるいは単純にポータルと呼ばれる場所で、『始まりの扉』から飛んだ時、また次の階層に進んだ時に冒険者が転送される場所だ。
ここから『始まりの扉』、もしくは前の階層に戻ることが出来る。
現在の冒険者が到達している最高階層が五十七階層だ。二百年という時をかけてその階層が高いのかどうかは分からないが、ハーレムを作るためにはやはり最高階層までは行かねばならないだろう。
(見える範囲に、扉はなさそうだな)
そもそも今の八尋は完全に姫咲家の脛を齧っている状態なので、一刻も早く階層を上げて質のいい魔石を手に入れなければならない。
甲斐性無しでは結婚をするどころの話ではないわけだし。
そんなことを考えていると、
「‥‥お金に関しては、八尋さんが鬼神と戦った時の報酬が丸々残っていますので、気にする必要はありません」
八尋の考えを見透かしたように桜花が言った。
「‥‥まあそれはそうかもしれんが、あんまり稼いだっていう感覚がないから、使うのに躊躇いがあるんだよな」
鬼と戦うというのは八尋の我儘であり、それを仕事だと思ったことはない。むしろ衣食住の面倒を見てもらい、戦い方を教えてもらったのに、報酬と言われてもピンとこないのだ。
そのうちなんらかの形で姫咲家に還元出来ればと考えていた。
「八尋さんがそう思うのであれば、なるべく早く階層を上げましょう」
「ああ、けどあんまり無理しないように行こう」
初日なので準備も学校に言われた通りの物しか持ってきていないし、今日はあくまで天理の塔の空気を感じ、不足な物がないかチェックするのが目的である。
そうして二人は草原を歩き始めた。
(にしてもこの太陽とか、風とかどういう原理なんだろうな。霊力に満ちてるとはいえ、完全に霊力だけでできているって感じでもないし)
柔らかな光を降り注がせる太陽に、肌を撫でる風、鼻腔を擽る緑の香り。それらは全て現実で感じる物と同じだった。
それにしても、歩いていてもモンスターともまるで出会わない。
本当にこれが天理の塔なのかと思いながら、二人で扉を探していると、視界の隅でモゾモゾと動くものがあった。
「‥‥あれ、モンスターか?」
「行ってみますか?」
「折角だしなあ」
八尋が知っているモンスターと言えば、鬼神の生み出す眷属、鬼や髑髏の妖だけだ。
話には聞いているが、天理の塔に出現するモンスターがどんなものなのか見てみたかった。
二人は動いた物の近くに静かに寄っていく。
――ん?
だが、モンスターの姿はまるで見つからない。
(確かになんか動いてたんだけど)
そう辺りをキョロキョロ見回していると、チョイと桜花に袖を引っ張られた。
「八尋さん、あれ」
「え、どれ?」
桜花が無言で草の中を指さす。
よく見ると、確かに草に混じって何かがモゾモゾしていた。
「‥‥これがモンスター、か?」
「『ダンプー』だと思います。天理の塔最弱のモンスター」
八尋も教本のモンスター図鑑の絵を思い出した。ダンプーは、言うなればサッカーボールくらいの大きさの泥の塊だ。それにたくさんの葉っぱと枝がついているせいで、草に隠れて見えなかったのだ。
攻撃方法は体当たりと、泥を吐き出して装備を汚してくるだけ。踏み潰せば倒せる、モンスターどころか、そこらの野生動物より弱っちいのがダンプーである。
プルプル。
ダンプーは八尋たちを知覚しているのかどうかさえ怪しい状態で、フルフルと震えている。
「‥‥これ、倒すのに若干抵抗があるんだが」
「‥‥そうですね」
魔石を手に入れるのは重要だが、ダンプー程度から手に入る魔石なんて小遣いにもならないレベルだ。
何かの命を奪ったことがない人間なら経験としていいかもしれないが、八尋は勿論、姫咲の娘である桜花はモンスターとの戦いは家業。
というわけで、八尋と桜花は初エンカウントのモンスターを見逃し、扉を探し始めた。
ちなみにダンプーはその間もずっとフルフル震えていた。
そうして暫く草原を歩いていた八尋たちは、この見晴らしのいい草原で扉が見つからないということは、何かしら見え辛いところにあるんだろうと考え、積極的に丘や窪地になっているところを探すことにした。
天理の塔一階層に入ってから、一時間程度が過ぎた頃。
二人は遂に窪地の中心でひっそりと佇む白い扉を発見したのだった。
『白翼の扉』は、『始まりの扉』とは違い、さほど大きくはない両開きの形をした扉だ。上部には文字通り翼のレリーフが刻まれている。
「ようやくか‥‥」
「これで先に進めますね」
「ほぼ散歩みたいなもんだったけどな」
実際一階層はモンスターらしいモンスターなど出現せず、たまに草に埋もれるダンプ―を見かける程度。わざわざ倒したりはしないので、本当に草原を散歩していただけだった。
「それじゃ、行くぞ」
「はい」
八尋はそっと扉に手を当てる。材質は木でも金属でも、石でもない。確かな質感があるのに、知っているどれとも違う感触。
(ん?)
その隣で、同様に桜花が扉に手を当て、いつの間にか八尋の手を緩く握っていた。
その横顔はいつもとまるで変わらず、こちらを見ることも無く無言で扉を見つめていた。
八尋も何も言わず桜花の手を握り返すと、『白翼の扉』を力を込めて押し込んだ。
次の瞬間、二人は次の階層へと跳んだ。
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