ミスティです
レクトとの模擬戦が終わってから数日が経ち、休日。
八尋と桜花の二人はエレメンタルガーデンの制服に身を包み、桜花はバッグパック、八尋はホルダーバッグを身に着け、とある場所に来ていた。
「ここがギルドか」
目前の巨大な建物を見つめ、八尋は呟いた。
二人が来ているのは、天理の塔への入退、そして魔石の換金やクエストの斡旋を行っている『ギルド』という組織の施設だった。
全ての冒険者はこのレビウムが運営しているギルドによって管理されている。魔石はレビウムにとっての資金源であり、冒険者は貴重な資産なので、彼らが働きやすいようにギルドが様々な役割をこなすのである。
そして、八尋と桜花もついに天理の塔に挑む日が来たのだ。
(もっと早く来るつもりが、想像以上に時間かかったな。学校って忙しいもんなんだな)
特に新入生だからか、休日でも色々とやることが多く、天理の塔に挑むための準備などもしなければならず、今日まで伸びていたのだ。
ようやく、ここに来れた。
「行きましょうか」
「ああ」
桜花に続き、ギルドの中へと入って行く。
ギルドの構造は、冒険者たちを収容できる巨大なエントランスホールに、天理の塔に入るための受付、魔石や素材の換金所、クエストカウンター、冒険に必要な物資の販売所に、医療所、そしてレストランに酒場と様々だ。
このレビウムそのものを象徴すると言ってもいい施設。八尋と桜花は真っ直ぐに受付を目指した。
チラホラとエレメンタルガーデンの制服を着た人間も見られる中、受付の数が多いからかさほど待たされることもなく受付へと辿り着く。
そこには、エメラルドグリーンの髪を纏めた綺麗な受付嬢が座っていた。垂れ目に左の泣きぼくろ、成熟した身体つきが少女にはない大人の魅力を引き出している。
受付嬢は、いわばギルドの看板。情報化社会の現代において、視線の矢面に立たされる彼女たちは仕事能力だけでなく見目の美しさも判断されて選ばれている。
レビウムに、受付嬢を夢見て来る少女も少なくないのだ。
「はじめまして、受付のミスティです。お二方はギルドははじめてのご利用ですか?」
恐らく八尋と桜花の二人が新入生だと気付いたんだろう。受付嬢のミスティは優しく問いかけてきた。
「はい、今年エレメンタルガーデンに入学した仙道八尋と、姫咲桜花です」
「かしこまりました、では基本的なギルドの知識に関しては授業で聞いていると思いますが、規則ですので簡単に説明させてもらいますね」
「よろしくお願いします」
頭を下げると、ミスティは「はい」とにこやかに頷いて話し始めた。
「まずは第一に、お二方はこの先にある『始まりの扉』を使って天理の塔へと入ることになります。言うまでもありませんが、その後は次の階層へと上るための『白翼の扉』を探していただくことになります。これはランダムで出現場所が変わりますので、その都度探していただけかなければなりません。階層を更新すれば、『始まりの扉』から直接飛ぶことも可能です。勿論、モンスターを倒して魔石を集めるのが目的でも構いませんが、やはり高い階層の方が質のいい魔石を得られますね。そして、十階層ごとにボスが待ち受ける『黒翼の扉』がございますので、これには注意してください。ボスフロアからは脱出も可能ですので、無理をなさらないようにしてくださいね。‥‥ここまでは大丈夫でしょうか?」
「はい、問題ありません」
授業で聞いていた内容なので、頷く。
「では次に、このギルドでご利用いただけるサービスに関してですね。魔石と素材の換金所はあちらになりますので、混まない時間帯を見計らってご利用ください。あちらのクエストカウンターは、素材の収集や調査などの依頼を受けることが可能です。受けられるクエストにはランクがございますので、報酬が良い代わりに難易度の高いクエストを受けるためには数をこなす他ございません。中には高階層まで上っていても、クエストランクは一切上げていない方もいらっしゃいますので、そこはご自身の判断となりますね。最後になりますが、ここでは『救助保険』をかけておくことも可能ですよ」
「救助保険?」
聞きなれない言葉に聞き返すと、ミスティが一枚の書類を取り出した。
「はい、こちらに天理の塔に居る大まかな時間帯と署名をいただくことで、ギルドはその時間を大幅に超えて冒険者様が帰って来ない場合に救助依頼を出すことが可能になります」
(へー、そんな制度もあるのか。冒険者が死ぬ方がギルドやレビウムにとっては痛手ってことなのか?)
「費用の方は予め学園の方で入っていただいている保険がききますし、私としましては救助保険はかけておくことをお勧めします」
「成程‥‥」
八尋はチラリと桜花の方を伺う。
桜花は構いませんというように頷いた。
「それじゃあ、お願いします」
「畏まりました。それではお二方とも学生証をお見せいただけますか?」
ミスティの言葉に従い、桜花と一緒に学生証を渡すと、ミスティは手元の機械を操作する。
「仙道八尋様と、姫咲桜花様ですね。お二方はパーティーということで構いませんか?」
「大丈夫です」
「では、登録しておきますね。こちらがパーティー登録の書類に署名と、救助保険の書類には今日探索する時間と署名をお願いします」
言われた通り、八尋はパーティーリーダーの欄に、桜花はその下にサインする。
今日は初日なので、あまり長く潜るつもりはない。
「パーティーリーダーは八尋様ですね。それでは、無理をなさらないように頑張ってください。よき冒険を」
ミスティに見送られ、二人は受付の先に通される。
そして大きな扉を潜ると、言葉を失った。
これまで見てきたどんなものよりも巨大な扉が、宙に浮いている。
円筒形の広いホールの中で、重厚に、荘厳な威容でもって、天理の塔へと踏み込むための『始まりの扉』が挑戦者たちを見下ろしていた。
「これが‥‥」
二百年前に精霊神によって創られ、今なお完全な制覇をされることなく、悠然と在り続けるゲート。
瞬間、八尋の脳内に言葉が浮かんだ。一体どこに行こうとしているのかを、問いかけられている。
八尋は自然と桜花の手を握り、選んだ。
始まりの一歩。踏み出すべき最初の地を思い浮かべて。
直後、光が視界を覆った。瞼を閉じても頭の中までも白く染める光。
霊力のベールが全身を覆い、地についていた足が途端に不確かなものとなる。
その中で、握りしめた柔らかい手の感触だけが確かなものだった。
そして、肌に感じる雰囲気が変わるのが分かった。
八尋は閉じていた目をそっと開ける。
そこは、一面に緑が広がる草原の世界だった。
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