結局
「‥‥どういうトリックだ?」
不機嫌さを隠そうともせずに、レクトは八尋に聞いた。
レクトの使った『獅子の蹂躙』は、ライオンハートのメンバーさえ警戒する高威力の攻撃だ。
エレメンタルガーデンの先輩どころか、教員でさえ受けて無事な人間は少数だろう。
しかし、最大霊力量という最も重要な資質でE判定を受けた人間が、無傷でレクトの前に立っている。
レクトにはその事実が不愉快極まりなかった。
「その玩具の数が増えた所で、俺の『獅子の蹂躙』を受けられる筈がねえ! 一体何をしやがった!」
その言葉に、八尋は数の増えた機片を操作しながら、なんと言うべきか考える。
レクトの一撃は八尋の想像を遥かに超えるものだったのは間違いない。ただ、それに対処出来ないかと言われると、そんなことはない。普通に防御をすれば防げる、ただそれだけの話だった。
「なあライオンハート、お前、なんか勘違いしてないか?」
「んだと?」
「俺の霊装『アンリエル』は間違いなくこのナイフだし、ここに込められる霊力量なんてたかが知れてる。お前の考えも一理あるとは思うしな」
八尋は言いながら、機片を動かした。自分の最も慣れ親しんだ形にするために。
レクトの言う通り、込められる霊力量は霊装の火力に直結する。だから、エレメンタルガーデンの生徒たちが霊力量でその力を判断するのも、考えてみれば分からない話でもない。
「だけど、霊装の形や能力は個々人によって様々だ。もしかしたら込められた霊力量を増幅する霊装もあるかもしれないし、より少ない霊力量で効率よく力を発揮する霊装もあるかもしれない」
「‥‥何が言いてぇ」
レクトの問いに、八尋は面倒臭そうな態度のまま言った。
「どんな道具も、結局使い方次第ってことだろ」
同時、幾つもの機片が音を立てて複雑に組み合わさった。出来上がるのは、銀の刀身に鋭い切っ先を持った、六振りの剣だ。それが、さながら翼の如く八尋の背後で展開される。
アンリエル――剣機:六花。
これが八尋の霊装、アンリエルの本来の力だった。
機片は所詮パーツの一つでしかなく、これを組み合わせ、新たに霊装を作り上げることこそアンリエルの真骨頂。
先ほどのレクトの『獅子の蹂躙』は盾を構築して防いだのだ。
「‥‥それが、てめーの霊装の本当の姿でも言いてぇのか? ただナイフがデカくなっただけだろーが」
「お前がそう思うんならそれでもいいけど。アンリエルに本当の姿なんてのは特にないぞ」
そう、この六花さえもアンリエルの型の一つでしかない。
そしてただデカくなっただけなのかどうかは、簡単に分かることだ。
八尋は六花に霊力を流し込む。これまでの機片とは違い、そこに込められる霊力量は桁違いだ。
ただより合わさっただけではない。機片によって構築された六花は完全に別個の霊装なのだ。
それに気づいたのだろう、レクトの顔色が変わったが、先手を取ったのは八尋の方だった。
ゾンッ! と二振りの剣が切っ先をレクトに向けて射出された。
銃弾もかくやという速度で飛来する剣に対し、レクトは慌ててクラウンレストを振るう。
「チッ!」
だが、これまでの機片とは明らかに速度、キレ、威力の全てが違う。
剣を弾いた手には痺れが走り、思わずたたらを踏みそうになる。
しかも、剣は二振りあるのだ。人の動きから解き放たれた双剣は、レクトの感知能力と対処能力を超えて乱舞する。
レクトの身体には瞬く間に幾つもの切り傷が出来始めた。
けれど、レクトもライオンハートとして生れた戦闘の天才。襲い来る六花を弾きながら、徐々に調子を上げていく。
確かに八尋の霊装は想定外だったが、それでも所詮は飛ぶだけの剣。自身のクラウンレクトには遠く及ばない。レクトはそう考えていた。
更に二振りの剣が追加されるまでは。
「ぐっ‥‥!」
上から、下から、横から、正面から。二倍になった剣の襲撃は、まさしく刃の嵐だ。とてもクラウンレスト一振りだけで追いつける手数ではない。
もはやそれは防戦一方とさえ言えなかった。レクトの身体は血に染まり始めるも、深手になるものはないのがその証左。
手加減されているのだ。
――ンだよ、それはっ!。
レクトはそれに気づき、奥歯を砕かんばかりに歯噛みした。
しかも八尋は六花を展開してから一歩たりとも動いていない。ただ無言で六花を操作し、的確にレクトを追い詰める。
凄まじい攻防の隙間から見える白髪の下で、退屈そうな八尋の顔が見えた時、レクトは決断した。
「――クソがぁぁああああああああ!!」
クラウンレストに霊力が注ぎ込まれ、刀身が黄金に包まれた。迫りくる六花を見ようともせず、レクトは大きく剣を引いた。
「『獅子の蹂躙』ぉぉぉおおおおおおお!」
全力で、振るう。
雑魚が、Eランクの出来損ないが、生まれながらの王者であるレクトにそんな目を向けてはならないのだ。弱者は弱者らしく、下からこの光を見上げていればいい。
クラウンレストから放たれた破壊の閃光は、迫っていた六花を蹴散らし、八尋にまで牙を突き立てんとする。
それに対し、八尋は残しておいた二振りの六花を使って『獅子の蹂躙』を受けた。
六花と『獅子の蹂躙』の衝突によって光がスパークのように散り、炸裂音が連続で弾ける。
前髪が衝撃に煽られる中、それでも尚八尋は表情を変えず、六花に霊力を流し込んだ。
そして金の光が一際大きく弾け飛び、競り勝ったのは六花だ。
「っ‥‥!?」
しかし次の瞬間、八尋は驚きに目を見開いた。光の向こう側から、レクトが飛びだしてきたのだ。
これまで一切の戦略性を見せず、ただ大技を撃ち込むだけだったレクトが、『獅子の蹂躙』という必殺技を目くらまし替わりに使っても、八尋を倒すために距離を詰めてきた。
八尋はその変化に驚いたのだ。
「ハ――ハッハッハッハッ」
四振りの六花は『獅子の蹂躙』によって吹き飛ばされ、残りの剣も今は振り切った状態で、八尋自身は丸腰だ。
レクトは己の勝利を確信し、教師に言われた致命傷を与えないという言葉も忘れてレクトにクラウンレストを突き立てようとする。
やはり自分こそが最強なんだと感じながら。
次にレクトの目に映ったのは、青い空だった。
「――ハ?」
回る視界。地面と空とが交互に入れ替わり、レクトの身体を独特の浮遊感が包む。
話は簡単。馬鹿正直に突っ込んできたレクトを、八尋が素手で投げ飛ばしたのだ。
ただ自身の凄まじい速度のまま投げ飛ばされたレクトが、その事実を認識出来ていないだけで。
「ぉごっ! がっ! ぁぁ」
直後、ドッ! ゴッ! という鈍い音が身体全体に響き渡り、レクトは呻き声を上げながら地面を何度も転がる。
受け身を取るという選択肢さえ存在しない。脱力した四肢が地面に投げ出された。
そうして大の字になって空を仰いだ時見えたのは、宙で切っ先を自分に向け、今まさに射出されようとする六花の姿だった。
「――ぉ」
俺が、最強なんだ。そのはずなんだ。
そう叫び、クラウンレストに霊力を込めようとするが、喉が震えるだけで声は出ず、奇跡的に手放さなかったクラウンレストは顕現させ続けることも出来ず、光となって宙に散っていく。
こんなことがあり得るはずがない。何故ならレクトはライオンハートなのだから。Eランクに負けるなどあるはずがない。あってはならないのだ。
「‥‥」
最後の最後までその考えにしがみついたままのレクトに向け、八尋は無言で六花を射出した。
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