この身は黒き剣に捧げし
「そんな、行き止まり……」
一本道の先の部屋は、奥の壁によくわからない絵が描かれただけの行き止まり、後ろからは二体のオーガがあたしを狙って向かって来てる。ホント、最悪だ。
「何か、何か無いの!?」
仲間には置いて行かれ、武器も折られた。この部屋は隠れられそうなところも、武器になりそうなものも無い。隠し通路でもあればと壁を調べるが、あたしは叩く以外に調べ方を知らない。
「ぐるるるる」
追いついてきたオーガはあたしを見て、よだれを垂らしながら唸り声を上げる。最悪だ。
「嫌だ! あたしはまだ死にたくない! 誰か!!」
自慢だった長い髪を振り乱し大声を上げ、ひたすら壁を叩き続ける。いつの間にか手の平の皮が切れ、壁に血の手形が付いているが、それどころではない。
「ぐるるらあああああ!」
オーガが叫びながら、殴りかかってきた。かろうじて避けたオーガの拳は、あたしの血で汚れた壁を、描かれた絵ごと打ち砕いた。あんなの当たったら一発で死ぬ。でもそのおかげで壁が崩れ、その向こうに空間が見えた。
「か、隠し部屋!?」
その空間に迷わず飛び込むが、行き止まりの部屋だ。あまり状況は変わらないけど、隠し部屋の中央にある台座に、飾りつけられた剣が見える。武器があったところで、とも思うが、何もしないで殺されるのは絶対に嫌だ。台座に駆け寄り、鞘に収められた剣を握る。
「痛っ……あ、あれ? 何で? 何で抜けないの!?」
切れた手の平から流れる血で滑り、鞘から剣が抜けない。何度も握り直して抜こうとするが、どうしても抜けない。力いっぱい握る。手の平から流れた血で、柄が赤く染まっていく。もたもたしているうちにオーガが近付いて来た。嫌だ、嫌だ! 死にたくない!! そう強く思うほど、何故か意識が遠くなっていくのを感じる。オーガの腕が振り下ろされたのを最後に、あたしは意識を手離した。
「おい、起きろ小娘」
顔に痛みを感じるのと、男の声が聞こえたのは同時だった。
「は、はい!?」
あたしは死んだはず。そう思って目を開けると、目の前には黒い何かが広がっていた。というか、靴底だ、これ。
「やっと起きたか、小娘。状況を説明しろ」
「その前にあたしが踏まれてる理由を説明して」
顔を踏む足を振り払い、声の主を睨みつける。何だこの男どこから来た。そいつはあたしが抜けなかった剣を手に、あたしを見下ろしていた。
綺麗な長い黒髪に、見惚れそうになるほど整った顔立ち。そして紅い瞳と口元から覗く牙。うん、これ吸血鬼だ。確実にあたし死んだわ。
「俺がお前を助けた。状況を聞くためにお前を起こそうと踏んだ。以上だ。さあお前の番だ、話せ。今は何年で、ここはどこだ」
「……は?」
よく見ると回りにオーガの死体が転がってる。本当にこの吸血鬼が助けてくれた?
「ぼーっとするな小娘」
「ぐえ」
今度は腹を踏まれた。何なのこいつ。足を振り払い、上体を起こす。
「あたしの名前はアーチェよ。助けてくれてありがとう、でもいちいち踏まないで。今は王国歴221年、ここは古代都市の遺跡、って何よあんた、記憶でも失ってるわけ?」
吸血鬼相手なんて抵抗するだけ無駄、こうなったら開き直るしか無いわ。でもこいつ、最悪な魔物なのに、何故か怖くない。何か口に手を当てて考え事をしてるけど、どうしたんだろう。それにしてもこの人顔の彫りが深いなー、羨ましい。あたしなんて目鼻のバランスは良いと思うのに、彫りが浅くて不細工だもんなー、って危なっ!
「何でまた踏もうとするのよ! 説明はちゃんとしたじゃない!」
「ぼーっとしているからだ。この剣を持っていけ、小娘。名前は『ノアール』だ、大事にしろ」
「は? へ? うわっ!?」
鞘に入れてあるとは言え、いきなり剣を放るなんてと文句を言おうとしたら、もうどこにも居なかった。よくわからないけど、何か助かったらしい。
立ち上がって改めて剣を見ると、刀身は真っ黒というか、赤黒い。今度はすんなりと鞘から抜けたが、それより手の怪我がいつの間にか治っているのが怖い。
さっきの男が治してくれたとは思えない。確かに格好良い顔ではあったが、どう見ても吸血鬼だ。気を失っている間に何かされた? いやそもそもアタシの貞操は無事か!?
「っと、痛っ!」
危なっ、足の上に剣を落としちゃったわ、鞘に入ってて良かった。それにしても、ここから地上にすんなり帰れるかな……
なんて思っていたけど、ノアールだっけ、すごい切れ味だった。普通の剣は重さで叩き切るのが常識なのだが、ノアールはすっぱり斬ってしまう。しかもなんだか身体が軽い! 突然強くなった気がするんだけど、あたしはやっぱり吸血鬼に貞操を奪われって危なっ! 抜き身のままノアール落としちゃったよ、足に刺さるところだった、突然手が滑るとか戦闘中じゃなくてよかった。
「とまあ、こんな事がありました」
「あんた、よく生きて帰ってこれたわね。吸血鬼に関してはギルドから冒険者に警告を回しておくわ。ところでそのノワール見せてくれない?」
地上に何とか戻り、冒険者ギルドで働く友達に事情を話す。あたしを見捨てて逃げた連中の事も報告しておく。というか最初から嵌められた気がしなくもない。
『ばちっ』
「痛っ……ねえアーチェ、わたしこのノワールに触れないんだけど? あんたに所有者制限でもついてるんじゃない?」
「所有者制限って、恐ろしく高価なマジックアイテムにしかつかない奴? でもあの吸血鬼触ってたわよ?」
「現に触れないのは確かよ。ここじゃたいした鑑定もできないから、鑑定士に頼むことね」
「そんなお金があったら、とっくにこの街から逃げてるわよ」
あたしはこう見えても『元』貴族令嬢である。とは言え一般的に美人とはいえない容姿のせいで、早くから結婚を諦め、女だてらに剣の道を選んだ。そのおかげというのもおかしな話だが、両親が横領の罪で断罪され家が取り潰しになっても、自分一人なら冒険者として食っていくのに困らなかった。
なんせ両親の遺品の整理中に空き巣に入られ、根こそぎ持って行かれたせいで無一文になったのだ。手に職をつけておいて、本当に良かった。
ただしそれからと言うもの、今回のように事故に見せかけて、という何者かの殺意を感じることが度々起こっていた。理由はわからないが流石に死にたくはないので、隣町へ逃走する資金を貯めている最中であった。
「貸しても良いのよ?」
「あなたは家庭があるでしょう、それに返しに来れるかもわからないからね。あたしはぼちぼち稼ぐわよ。……って、この剣売ったら一気に大金持ち痛っ!?」
剣の留め金が外れて、鞘ごとブーツに落ちてきたよ! なんだよもうついてない。ホント、最悪。
その後何度も一人で古代都市の遺跡に潜るが、ノアールが優秀過ぎる。自分の身体能力が上がっていたせいもあるけど、別に血が欲しくなることも無かった。吸血鬼さん疑ってごめんなさい。
ただ、他の冒険者から吸血鬼の目撃情報が無い。あれは夢だったんだろうか。でも夢だとしても、もう一度会いたい。命を救われ、ノアールを貰い、何らかの方法であたしを強くしてくれたお礼を、ちゃんと言いたい。
いきなり顔は踏まれるわ腹は踏まれるわと、いい印象は無いけれど、王国歴や場所を話した時の、口に手を当てて考え事をしていた彼の表情。今思えばあれは驚愕だったような気がする。それに寂しさや悲しみも混じっていなかっただろうか。
そもそも彼は何故あの場に居たのだろう。もう一度あの場所に行けば会えるだろうか。そう思って今日も隠し部屋があった場所に向かう。いつの間にか遺跡に潜ったら、一度は隠し部屋を訪れる習慣がついていた。そして今日も隠し部屋の中に、あの人は居なかった。
いつの間にかあの人への感謝の想いから、ノアールを大事にするようになっていた。再会した時に、大切に扱ってきたのだと見せたくて、暇さえあれば磨き、赤黒い刀身を丁寧に手入れし、鞘ごと抱いて眠る。冷たい金属の剣なのに、なぜか感じる暖かさが心地よかった。
たった十日で逃走資金を貯められたのは、ノアールのおかげだ。ノアールを強く抱きしめながら、隣町への寄り合い馬車に乗る。
生きるために街から逃げることに対し、少し前までなら何とも思わなかった。しかし今は、あの人と初めて会った場所から遠ざかるのが嫌だ。でも命には代えられない、そう思って馬車に乗ったのに、まさかそれが間違いだなんて夢にも思わなかった。
ノアールが震えた気がして顔を上げると、目の前に刃が迫っていた。慌てて避けると、今度は別の刃が迫る。馬車の中の人は全員暗殺者だった。
馬車の外へ逃げる際、暗殺者の刃があたしの足を切り裂いた。深いその傷よりも、せっかく綺麗にしていたノワールが、あたしの血で汚れてしまったことの方が悲しい。ホント、最悪。
暗殺者は、全部で四人。馬車の御者まで剣を手に降りて来た。
「なんであたしを狙う! 殺されなきゃいけない覚えは無いわ!」
ノアールを抜いて、暗殺者達と向き合う。悲しさも、悔しさもあるけど、それ以上に腹が立つ。
「お前の父親が残した記録は読んでいないのか?」
「記録って何よ!」
整理中に空き巣に持って行かれて、何一つ目を通せていない父の遺品の山のことだろうか。
「ははっ、だとしたら運が悪いな。お前の父親は侯爵の不正を暴こうとしていたから、罪を着せられて殺されたんだよ。そんでお前が不正の証拠資料を読んでいるかもしれないから、念のため消しておけと侯爵様からのご命令だ」
「ずいぶん口の軽い暗殺者ね、二流どころか三流かしら?」
あたりは念のため、なんて理由で命を狙われていたのか。
「死ぬ理由くらいは知りたいだろ? わかったら死ね」
暗殺者が一斉に斬りかかってくる。死にたくない、死んでたまるか、生きてもう一度あの人に会うんだ!って思ってノアールを構えていたら、強烈な目眩を感じた。その瞬間、暗殺者達が吹っ飛んだ。
「へ?」
「間の抜けた声を出すな、小娘」
いつの間にか、もう一人増えていた。その人は綺麗な長い黒髪に、見惚れそうになるほど整った顔立ち。そして紅い瞳と口元から覗く牙。うん、これ吸血鬼だ。って、何でこの人ここにいるの!? あまりの驚きに、腰が抜けた。
「こいつらを縛って荷台に積んで、街に戻れ」
「はい?」
「お前には行って欲しい場所がある。お前達が古代都市の遺跡と呼ぶ場所の最深部だ」
「はあ」
いきなり現れたかと思ったら、何を言っているんだろうこの人は。って痛いです吸血鬼さん踏まないで下さい。ていうか太陽出てるけど大丈夫なんですか吸血鬼さん? 今までどこに居たんですか? どうしてあたしを助けてくれたんですか? あなた何者なんですか?
「って、何で踏む! いろいろ聞きたいことがあるんだ、説明しろ!」
我に返って吸血鬼さんの足を振り払うと、いつの間にかその人は、あたしが持っていたはずのノワールを手にしていた。って、何でノワールの刀身が白いんですか。
「質問が多いぞ小娘。あとでゆっくり説明してやるからさっさと街に戻れ、もう危険はないはずだ」
どういうこと? もう危険はない?? って、またノワール放り投げたし!
「危なっ! ちょっと、大事に使ってるんだから気軽に投げないで! って、あれ? 吸血鬼さん?」
慌てて吸血鬼さんが投げたノワールを抱きかかえたら、吸血鬼さんの姿はもう無かった。一体何なの……二度も助けてくれて、しかも今回はお礼すら言えなかったじゃないか。名前すら聞けなかった。というか質問が多いって言った? あたしまだ何も聞いてないのに。
たくさんの疑問が頭の中をぐるぐるぐる回ってる。というかいつの間にか足の傷治ってるし。とりあえず吸血鬼さんの言う通り、気絶している暗殺者達を縛って馬車を操り、街に戻ることにする。
街につくと盛大な出迎えがあって驚いた。それは領主のおかかえ兵士達で、なんでも領主の屋敷上空に突然、暗殺者達とあたしの会話が映し出されたらしい。侯爵は既に捕縛され、現在取調中とのことだった。
あたしも事情聴取を受けるが、あたしの方こそ聞きたい事だらけだ。ノワールには誰も触れなかったため調査はできず、結局映像は吸血鬼さんの仕業ということになった。
「ねえノワール、あなたはあの人の剣だったのかしら?」
長い事情聴取を終えて帰宅し、軽く湯浴みをすると、いつも通りそのままノワールの手入れをする。赤黒い綺麗な刀身に指を這わせ、あの人の事を想う。会いたい。会ってお礼が言いたい。名前を、あの人の事を、知りたい。あとで説明するって言ってたけど、それはいつなんだろう。って、痛い。考え事をしながら刃物の手入れをしちゃ駄目よね、指先切っちゃった。
「俺の剣ではない、剣そのものが俺だ。俺の名前が『ノワール』だ」
突然あの人の声が聴こえる。でもあの人の姿はどこにもない。ていうか待って、あたし今パンツ一丁なんですけど!?
「何を今更。とはいえ男を知らぬ身では、その反応も当然か」
「ちょっと待てあんた何でそんなことまで!? ていうかどこにいるの!」
慌てて上着を羽織り、胸だけでも隠す。自信を持って見せられるような代物ではない。くすん。
「そうでもないぞ、とても綺麗だ」
「ぎゃあああああああ! 心を読んでる!?」
って、剣そのものが、あの人? どういうこと??
「そのままの意味だ。俺と話がしたければ、今のように剣に血を吸わせろ。処女か、俺しか男を知らない娘の血であれば、俺はこうして力を取り戻す」
一瞬の目眩と共に、ノワールの刀身が白く変わる。そして目の前に、あの人が立っていた。何これ意味解らない。腰が抜けたのか、足に力が入らない、って、ええええ!
「気をつけろ、剣を持ったまま倒れたら危ないだろうが」
あの人に、抱き寄せられた。って、顔が! 顔が近い!!
「俺の名はノワールだ、と言っているだろうが」
そうじゃなくて! ていうか何で心読んでるの!?
「お前と触れている間は、全て聞こえているぞ。お前の血で目覚めたせいだろうな。慣れれば声に出さずに会話できるだろう」
「離れて!」
触れていると心を読まれる? 冗談じゃない、あたしを抱いたあの人……ノワールさんの腕を振り払い、慌てて距離を取る。ようやく会えたのは嬉しいけれど、複雑な気分だ。それに初めて感じた男の人の腕は……って、それどころじゃない。まずはお礼を言わないと。
「感謝の気持ちはいつも聞いている、気にしなくても良い」
「触れてないのに何でわかるのよ!」
「触れているだろうが、俺――ノワールに」
彼の視線の先は、あたしが手にしている白い刀身のノワールに向けられて……へ?
「ぎゃあああああああ!!」
「くくくっ、騒がしい娘だ」
投げ捨て――るわけにもいかない、どうするこれ床に置く――のも嫌だ、大事なあの人の、って駄目だ今考えてること全部読まれああもう! 鞘どこ!! って、ノワールさんが手を伸ばして来たってことは渡せってことよねうんきっとそう。はい。
「落ち着いたか、小娘」
「アーチェよ。ノワールさん、でいいのかしら?」
「そうだ。アーチェ、お前には俺を連れて、古代都市遺跡の最深部に行ってもらう」
「理由を聞いても?」
「俺はその都市の住人だった。その都市最深部には、俺の本当の身体が保存されているかもしれない。お前と一緒に行動してわかったが、まだ誰も最深部まで到達していないらしいな」
「また無茶苦茶な……」
とんでもない注文だ、あたしはノワールさんに二度も助けられたし、できるなら力になりたい。それにあわよくば、このまま一緒に行動を……って、今この人なんて言った。
「あたしと一緒に行動してたって?」
「察しが悪いなアーチェ。俺は剣の状態でも外の様子が全て知覚できているし、ある程度なら魔術も使える。お前にこの身を預けたのは、情報収集のためだ。俺が剣に封印されてから何年経っているかわからなかったからな」
ぎゃああ! それじゃあたしずっとノワールさんを裸で手入れしていたり、一緒に寝たりしてたってこと!? うわあ……なんかもう、死にたい。
「騙すような事をしてすまなかった。自分を守るためにも、まず君の事を知らなければいけなかったのだ」
「処女の血が必要だったからですか」
行き遅れの醜女に裸で手入れされたり添い寝されたりと、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。ホント、最悪。こんなあたしの血で良かったら、いくらでもあげるわ。くすん。
「それだけではない。お前の心の声を聞いていて知ったのだが、俺が生きていた時代とは、ずいぶん美醜の価値観が違うようだな。お前は自分を醜いと思っているが、俺にとっては飛び切りの美人にしか見えぬ」
へ? 何言ってるのノワールさんって思ってたら、突然腕を捕まれ、広く厚い胸に抱き寄せられた。顔近いっ!? あ。
「……」
「……」
それは、あたしにとって、初めての異性との口づけだった。力強い腕に抱かれ、唇に感じる温かい感触。一生知ることはできないと思っていた、体を包む幸福感。息が続くぎりぎりまで、あたしはノワールさんに、身を委ねてしまった。
ようやく唇を開放してくれたノワールさんは、至近距離からあたしの目を見て、牙の生えた口を開く。ああ、あたし今から血を吸われるんだ。うん、ノワールさんになら良いや。命を救ってくれたし、こんなあたしを美人だって言ってくれた。それにこんな幸せな時間までくれた。ありがとう、ノワールさん。あたしはゆっくりと、目を閉じた。
『ガシャッ!』
「へ?」
何の音ってあああノワールさんが床に落ちてる! って、剣だけ? 本体は? とりあえず刀身が黒く変わったノワールさん(剣)を抱き寄せてみる。
「ノワールさん? ノワールさん!」
――時間切れだ。聞こえるか、アーチェ。
「はい! 聞こえてます!」
――何かあったら剣に血を吸わせろ。そうすれば俺は、お前の初めてを――
そこまでで心に響く声が途切れる。あたしの、初めてを……って何!? ちょっと待て、血を吸われて死んじゃうとかじゃなくて、そっち!? 本当にあたし貞操の危機!? って危なっ! また手が滑って足にノワールさん(剣)が落ちて……あ。
「もしかしてノワールさん、剣の状態でも少し動ける? 道理で剣を売ろうとしたり、貞操を奪われたかもって考えた時、都合よく足に落ちるはずだよ!」
剣の状態でも外の様子が全て知覚できるって言ってた。全部見られてるし聞かれてるってことじゃん! しかも気に入らないことがあると実力行使できるとか、怖すぎるよ!! 魔術も使えるって言ってたし、領主の館の上に映像映したのもノワールさんだろ! って、剣を触ってても考えが読めるのよね、とりあえずベッドに置いて……布で包もう。
『ガタガタガタ』
「やっぱり動いてるううう!!」
もうやだこの人。でもあたしは、この人に恩がある。それに、あたしの初めては――
その後アーチェは単独で古代都市に挑み、街で知らない者は居ないほど有名になっていく。また、徐々に綺麗になっていくその雰囲気に、何人もの男達が惹かれ、玉砕していった。
いつも剣を両手で大事そうに抱え、優しい笑みを浮かべる彼女は、いつしか剣と結婚した女、剣の花嫁と呼ばれるようになる。
その二つ名を聞いて嬉しそうにはにかむ姿に、また何人もの男達が惹かれ、玉砕していった。
「ノアール、それがあなたの本当の身体? 何よ、剣だった時と変わらないじゃない」
「よく見ろアーチェ。牙もなく瞳も黒いだろ。そして何より……これでようやく、君との子ができる」
「もう、馬鹿……ねえノアール。改めて、あたしの全てを、受け止めてもらえるかしら?」
「ああ、もちろんだ。我が花嫁。愛している」
ノアールの顔が迫る。何度目の口づけか、覚えていない。でも、何度目であろうと、ノアールの腕は優しく、唇は温かい。それは剣だったときも、本当の身体でも、変わらない事に安堵する。
長い口吻を終えると、ノアールの本当の身体を見つけた場所へと視線を移す。そこに飾られた一枚の絵は、魔剣で吸血鬼を封じる様子らしい。ノワールと初めて会った部屋、そこを塞いでた壁にも同じ絵が描かれていた。
でもあたしには、剣を抱いた女性が愛おしそうに、吸血鬼へ視線を送っているようにしか見えない。
まるで、あたしじゃないか。彼はもう、吸血鬼ではなくなったけれど。
「ノアール、あたしも……愛してるわ」
勝手に動くことが無くなった黒い剣を胸に抱き、目を閉じる。ノアールの腕に抱かれ、暖かさに身を委ねる。ホント、最高。
あたしはもう剣の花嫁ではなく、ノアールの、花嫁だ。
一人称視点の練習で書いてみました。




