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エピローグ

 祝福の鐘が鳴り響き、大通りを馬車がゆっくりと通過する。

 国王の結婚式を挙げる日は飲食店の費用を国庫から出し、王都全域で無礼講となるのが通例だ。


「でも、バーネットと同時に挙式するとは思わなかったな」


 グルケが城から、遠くを動いている馬車を見ながら、誰にともなくつぶやいた。


「グルケくん、悪いけどあまり触れないで……」

「シンシア様、結構本気だったのですね」


 シンシアが落ち込んでいるのを慰めるように、カティが相槌を打つ。


「ええ。小娘の憧れと言われたらそれまでだけど、かなり本気だったのよ」

「シンシア、終わったものはしょうがない。次の恋を探したらいいよ」


 マリスがため息混じりにシンシアを慰める。


「簡単に言ってくれちゃって。マリス様なんて、好きな人もいないじゃないの」

「確かにいないけど、欲しいと思ってないから問題ない」

「それはそれで問題があると思うぞ、仮にも貴族なんだから」


 グルケのつぶやきは聞こえないふりをして、マリスが窓の外に目を向けた。


「王都も久しぶり。活気あるね、やっぱり」

「今日は特別だけどな。前陛下が亡くなって二年あまり、待ちかねていたバーネット新王の結婚式だからな」

「さらに、ゴドウィン公の結婚式でもあるしね」


 グルケとシンシアが言うように、バーネットはディルが遠方の国から連れて帰ってきた王女と結婚をした。

 そしてディルもまた、学校でマリスたちを指導していたアマンダと結婚をした。学生時代からの腐れ縁と言い合っているが、相性が良かったらしい。

 アマンダ自身も若干身分は低いがきちんとした貴族の出で、周りから文句は出なかったようだ。


「バーネットが国王になってから二年か。私は私で、それどころじゃなかったけど」

「辛うじてだろうが、やっていけるとは思わなかったな」

「うん、一人じゃ無理。シンシアには感謝してる」


 マリスは領地を与えられた後、ディルやローリー辺境伯に学びながら、四苦八苦しつつ治めていた。その間、ずっとシンシアがそばで支えていたのだ。


「カイト、それなりに様になってるね」

「そりゃ、近衛騎士になって二年も経ったからな。成長してなきゃ辞めさせられてるさ」


 普段はグルケの専属として護衛をしているが、本日ばかりはバーネットの周りを固めている。グルケは周りに、今日の護衛は一切不要と言っている。


「今日はマリスとシンシアがいるからな。護衛なんかいらねえよな」

「まあ、いいけど」


 マリスが呆れた様子でつぶやき、窓の外から室内に目線を戻す。


「そろそろ行こう。バーネットが王城に到着した時、迎えに出てなかったら怒られる」

「ああ、そうだな」


 マリスとグルケが立ち上がり、シンシアが続く。

 カティが見送ろうとしているのを見つけて、マリスが付いてくるよう指示をする。


「カティ、今日くらいは一緒に行こう」

「いえ、私はそんな立場ではありませんので」

「許可はもらってるから。正装だし問題ない」


 怖じ気づくカティを、半ば無理に結婚式が行われる大広間に引っ張っていった。



「ほら、付き人も結構いるでしょ」

「お嬢様、ほとんどの方が、付き人とはいえ貴族だと思います。私みたいな庶民はいませんよ」

「大丈夫。問題ない。堂々としていれば、誰も疑問に思わないよ」


 こそこそと話をしていたが、マリスを見るなり、周りに人が群がってきた。


「おぉ、マリス殿下。どうぞ、前の方へいらしてください」

「ありがとう。ゴドウィン卿は、もう来られているのかしら?」

「ええ、あちらに」


 手で方向を指し示されマリスが目を向けると、ディルがアマンダと連れ立って向かってきていた。


「久しぶりだね、マリス。元気にしていたかい?」

「ええ、ゴドウィン卿もお元気そうで何よりですわ。アマンダ様も、相変わらずお綺麗で」

「マリス、昔みたいにお父様って呼んでくれても構わないんだよ」

「いえ、もう子どもではありませんから」


 ほほほ、と笑いながら、マリスとディルたちは、周りに人がいない窓際に向かう。


「ディル、馬鹿にしすぎ」

「あれ、微笑ましい親子の会話じゃないか。何が悪いんだ?」

「アマンダ先生、こいつと結婚するの、今からでも遅くないから、やめておく方がいいんじゃない?」

「ああ、そんな気がしてきた」


 マリスとディルの会話に笑みを漏らしながら、アマンダがマリスに同意する。ディルが驚いた顔でアマンダに弁解していると、グルケとシンシアが近づいてくる。


「ゴドウィン公、アマンダ先生、おめでとうございます」

「祝福ありがとう、シンシア嬢。それと、いつもマリスの面倒を見てくれてありがとう。あなたがいないと、マリスはここまで成長できなかったと思う。心から感謝します」


 ディルが丁寧に頭を下げて、シンシアは慌てて首を振る。

 そんな話をしているうちに、バーネットが王宮に到着したと連絡が入った。


「そろそろか。じゃあ、また後で」


 ディルが挨拶を残して去っていく。マリスたちは他の貴族と同様に、バーネットと妻となる王女の入場に合わせて整列していった。



「良い結婚式だったね」

「ええ、そうね」

「結婚、憧れますね」


 え、と振り向いたマリスとシンシアを見て、カティは慌てて取り繕うように用意を終えたお茶を淹れる。


「はい、お茶が入りましたよ」


 結婚式が終わり、その後の祝宴会も終わった後、マリスとシンシア、カティの三人はあてがわれた部屋で眠るまでのひとときを過ごしていた。


「それよりカティ、結婚したいの? 相手はどこの誰? そこらの奴にカティはあげない」


 いつになく真剣な顔で、マリスが矢継ぎ早に質問をする。普段なら落ち着くように止めるシンシアも、今ばかりは興味津々のようだ。


「いえ、誰、と言うわけでは……」


 少し赤くなりながら、カティが否定する。


「嘘。今絶対、頭の中に顔が浮かんでる。怒らないから、言って」

「マリス様、そんなにがっついたら、言えるものも言えなくなるわよ。ねえカティ」

「え、はい」

「カティがそれほど仲良くなるのって、実は多くないわよね。最近だと、王宮とマリス様の伝言役をしている人か、グルケくんと一緒に遊びにくるカイトくんか……」


 シンシアが指を立てながら数えていくと、カイトの名前が上がったところで真っ赤になる。


「へえ」

「いや、その、シンシア様……」

「カイトか。よし、帰ったらちょっと本気でやってくる」

「ちょっと、マリス様。そんなことしちゃ駄目よ。カティだってもうそろそろ結婚してもおかしくない時期なのよ」

「むう。でも」

「でもじゃありません」


 二人の言い合いに、カティが慌てたように口を挟む。


「あの、別に付き合っているとか、そういうわけではありません」

「そうなの?」

「はい、最近ちょっと、逞しくなってきてますし、うっかり失敗するようなことも減ってきて、ちょっと良いなと思っているだけですので」

「そう」


 必死なカティを見て、シンシアとマリスは目を合わせて頷きあう。


「まあ、カティをいじめたいわけじゃないし、そろそろ寝ようか」


 マリスが宣言して、マリスとシンシアが同室で、カティは侍女用の控え室に下がる。普段ならマリスが引き止めたりするが、今日は何も言わずに下がらせた。

 カティが下がって少しして、マリスとシンシアは暗闇の中、密談を始めた。


「さて、あの二人、どうやってくっつけようか」

「あら、マリス様、カティを嫁にやるのは反対じゃなかったのかしら」

「どこの馬の骨か解らないような奴にはあげない。カイトなら、まあ及第点かな」

「私はむしろ、カイトくんはマリス様と相性が良いと思っていたのだけど」

「うん、無理。もちろん嫌いじゃないし、好ましいとは思うけど、どっちかというと、手のかかる弟みたいなもの」

「ああ、解るわ。確かにカイトくんはそんな感じね」


 マリスの人物評に、シンシアは深く頷いた。

 カイトの印象でひとしきり盛り上がった後、話題を元に戻す。


「それで、どうする?」

「パピィ相手の模擬戦で、カイトを呼び寄せよう。私だけじゃパピィに勝てないし、カイトと一緒に挑むくらいでちょうど良いと思う」

「呼び寄せるのはいいけど、どうやって取り持つのかしら?」

「ん-。とりあえず、会う回数を増やしていけば何とかならないかな」

「カイトくんじゃ無理ね。カティの様子を見るに、ここ最近だけの話じゃないわ。でもカイトくんが気付いた様子はないみたいだし」


 シンシアの分析に、マリスが手を上げて降参をする。


「男女の機微は解らない。私は、厄介ごとが出た時に対処できればそれでいい」

「まあ、マリス様らしいわね。厄介ごとと言えば、どこかの領地に、厄介な魔物が出たって噂を聞いたわ」

「厄介? どんな?」


 マリスが話に食いつき、シンシアが説明する。


「それは戦ってみたい」

「駄目よ。その土地の方が救援を求めないと、勝手に行くわけにはいかないわ」

「うん。だから救援を求めた時、必ず私が行けるように、バーネットとグルケに伝えておく」

「職権乱用ね」


 それがどうした、とばかりに頷いて、カティの件はシンシアに丸投げする。

 くすくすと笑いながら寝台に入ったシンシアに、マリスから声がかかった。


「シンシア、ディルも言っていたけど、いつもありがと。前に言った通り、私は元々貴族の生活どころか常識もあまりなかったし、シンシアがいなかったら王弟に負けて大変な目にあっていたかもしれない。感謝してるし、何かあったら、いつでも力になるから」

「急に何よ、マリス様ったら」

「貴族の地位なんかどうでもいいけど、シンシアやカティ、グルケたちと仲良くなれたのは、私にとって大きな財産。今後、失ってはいけない。だからかな、カティとカイトの件も、上手くいけばいいと思ってる」

「そうね。カティなら上手くやるわ。それに、私とマリス様も、まだまだこれから、良い男を見つけなきゃね」

「あー、うん。いらない、ってわけにはいかないだろうね」


 いかないわね、と笑うシンシアに釣られて、マリスも一緒になって笑う。

 そして夜遅くまで語り合ったマリスとシンシアは、翌日なかなか起きられずに、カティから小言を食らうのだった。




 マリス=ゴドウィン。成人と同時に公爵位を得て、マリス=ノワールと改名。

 それはマリスが受け継ぐ百年以上前に途絶えた家名で、黒髪に由来するという。

 過去に英雄を輩出した家名に対して、名前負けするからと受け継げる者は長い王家の中にも出てこなかった家名だが、マリスが受け継ぐ時に誰からも反対の声は上がらなかったという。

 後々、パピィと自ら名付けた竜を連れて、数多の国難に関わる規模の魔物すら退治したという。

 またパピィの名前には逸話が残っており、可愛らしすぎるからと大きくなって改名を求めた国王の命令をマリスが断り、そのままマリスが国を出奔しかねない騒動になったという。この時に国王が折れたのは、防衛力の減少を懸念した周りの説得によるものという。この逸話を見ても、当時のマリスが桁違いの戦闘能力を持っていたことがうかがえる。

 マリスがいたこの時代を賢王バーネット、宰相グルケとともに王国の全盛期と見なす者も多く、マリスこそが盤石の王国の基礎を作ったともいわれている。


 マリスの伝説は今なお多数残っており、そのどれもが当時の情景を映し出してくれている。

 しかし、その中にノワールの家名を得るまでの人生について語ったものは少なく、どのような子ども時代だったのかは、闇に閉ざされている……

最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。

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