五年目 後期 その3
マリスが国王に報告してから、三日ほど経過した。マリスがいつものように鍛錬場でシンシアやカイトと訓練を行っていると、グルケが姿を現した。周りに人がいないのを確認して、グルケが語り出す。
「日時が決まった。明後日、国王陛下が王弟を呼び出して、糾弾する」
「陛下の判断では、ゴドウィン公を待たなかったのね」
シンシアが残念そうにつぶやくと、グルケは苦渋に満ちた顔で説明を始めた。
「陛下は、たぶんゴドウィン公が戻られるまで持たない。今回の王弟を排除するのが最後の仕事になるって」
「そんな……」
シンシアが絶句する。全員が沈んだ顔になっていた中、マリスがかみしめるようにゆっくりと宣言した。
「じゃあ、必ず成功させないと駄目だね。生きているうちにバーネットを王にしないと」
全員が顔を見合わせ、決意を持って頷きあった。
それから二日間、マリスたちは準備を行い、当日を迎えた。
国王の指示により、バーネットはその場に出席しないと決まった。他にも、重鎮の数は少なく、兵士は多数配備される。さらに、王弟と密にやりとりのある貴族を数名、王弟と同様に呼び出している。
「私が出てもいいのかしら」
「許可が出てるから問題ない。バーネットはいないけどグルケがいるから、何かあったら守らないといけないし」
謁見が始まるまでの待ち時間で、参列する予定のマリスとグルケ、シンシアが控え室でお茶を飲みながら話をしていた。
いざという時のためにマリスはカティに頼んで、脱ぎ捨てても問題がないよう二重構造の服を用意してもらった。シンシアも裾を踏まないよう、簡素な服装を下に着込んでいる。
マリスの発言に、グルケが閉じていた目を開いて反論をする。
「俺なんか守るより、先に陛下を守れよ。それにマリスは当然だが、シンシアも今後のためにも貴重な人材なんだから、まずは自分の命を優先しな」
「そうは言っても、もし王弟が暴れたら、抑えられるのは多分私とシンシアくらいだと思うよ」
グルケの言い分はもっともだが、マリスの言う通り、王弟の戦闘力が高いと言われている以上、抑えるのは容易ではない。
「じゃあ、余計に俺にかまっている余裕はないじゃねえか」
「まあ、そうかもね。何にしても、おとなしく諦めてくれたら楽なんだけど」
「あっさり諦めるようなら、暗躍なんてしないだろうけどな……」
グルケが諦めたようにつぶやき、ため息を吐いたと同時に、準備ができたと連絡が来て、マリスたちは謁見の間に向かった。
三人が入るとすでに王弟を含めて大半が揃っていた。国王の側近で事情を解っている者や、王弟派閥で事情を解っていない者が混じっており、マリスは解っている者たちと目を合わせて頷きあう。
「国王陛下のご来場です」
普段なら玉座に座っているが、今はほとんどを寝室で過ごしているため、謁見の間に現れた国王に対して全員が頭を下げる。
国王が玉座に座り、側近たちといくつか言葉をかわした後、王弟に目を向けた。
「サイモンよ」
「はっ」
体調不良を感じさせない鋭い眼差しで、国王が王弟を睨む。頭を下げていて気付かないサイモンを見ながら、国王がマリスを手招きした。
マリスが動き出すと、王弟が訝しげに顔を上げる。
「いくつか、お主に確認したい議があってな。偽りのないよう答えよ」
「仰せのままに」
王弟の態度に頷きを返し、国王が本題を口にする。
「昨年から今年にかけて、隣国と戦ってきた件だがな。お主、これの原因を存じておるか?」
「はい、それは当然。隣国の者が越境して所有権を主張したためですな」
そこで王弟は言葉を切り、周りを見渡す。おかしな反応がないのを確認したのか、満足そうに続けて補足を語り出した。
「ゴドウィン公に指揮をお任せして、見事これを対処なされたのでしたな。そちらのマリス王女の初陣でもあり、一時期は総大将代理を務められたと。立派に代理をこなしておられたと聞いております」
「ふむ。それだけか?」
「それだけ、と仰いますと?」
国王からの確認に、王弟が自然な態度で首を傾げる。
「私から、よろしいでしょうか」
「許可しよう」
マリスが声を出し、国王が答える。マリスは謁見の間に集まった全員から視線を浴びたが、一向に気にした様子もなく、上品に語り出した。
「まずは、サイモン王弟殿下、お褒めくださいましてありがとうございます。私は、お父様の代わりを充分に務められたとは思っておりませんが、最低限の仕事はこなせたかとは思っております。ところでご存じでしょうか、私はこう見えて色々と隠し芸がございましてね」
「隠し芸? 今、それが何か関係が?」
「ええ。例えば、闇に紛れて敵軍総大将の寝所に忍び込んだり、ね」
マリスが勝ち誇った顔で宣言すると、王弟は一瞬呆気にとられた様子だったが、即座に鼻で笑った。
「マリス王女、こういった場で、そのような冗談は感心しませんな」
マリスは王弟の言葉で釣られたように二歩、三歩と近付く。
「ええ、私もそう思いますわ。冗談はいけませんね。でも、冗談ではありませんの。そして、私が聞いた内容は、サイモン王弟殿下。あなたに関するお話でしたわ」
一歩、また一歩。決して急がず、話をしながら間合いを詰める。
「話の内容は、不思議なものでした。どうしてか隣国の軍隊が、サイモン王弟殿下の指示で越境行為を行い、それどころか戦争を仕掛けてお父様を戦場に縛る目的だったと言っていたのですわ」
「何を馬鹿なことを。マリス王女、妄言では飽き足らず、人をけなす行為は、感心しませんぞ」
あと十歩、というあたりまで近付いて、歩みを止める。
「ええ、私もそう思いますわ。人をけなす行為はいけませんね。ですが残念ながら、真実なのです。念のために裏を取ったのですが、ね」
言って、懐から証書を取り出す。ざわめく周囲に向かって、マリスは大声で叫び始めた。
「サイモン、あなたの行為は、完全に反逆行為です! この証書が証拠よ!」
書類を見せつけて、マリスが言い放つ。
訝しげな顔をしていたサイモンの顔色が変わる。
「貴様……それをどうやって……」
「サイモン様、これはどういうことですかな?」
王弟の近くにいた貴族が、不安げに声をかける。サイモンはそれを無視して、マリスに向かって右手を伸ばした。
それと同時に、マリスは嫌な予感がして横に飛び退く。
ごう、と音が鳴ったかと思うと、王弟の右手から出された雷が、マリスが立っていた場所を貫いた。
「な、何が……」
雷は壁に当たって焼け跡を作る。呆然とする周囲を無視して、マリスは走りながら懐に隠していた短剣を王弟に向かって投げつけた。
しかし王弟に当たる直前、下から風が舞い上がり、短剣は刺さることなく巻き上げられた。
「これは驚いた。マリス王女、大した運動神経ですな。それに、その証書も本物のようだ。さてはて。国王陛下も共謀ですか。困りましたな」
王弟は口では困ったと言いながら、嫌らしい笑みを浮かべたまま、右手を国王の方に向けた。
そして、空いている左手を周りに向けながら、ぐるりとほぼ一周回るように、雷を乱射する。
ほとんどすべての貴族と衛兵たちに当たり、呻きながら倒れ込む。立っている者は王弟以外に誰もおらず、玉座に座っている国王とマリス以外、全員が食らったように見える。
「マリス王女、取引といきましょう。残念なことに、私の雷では殺傷能力が足りず、ここにいる全員がまだ生きている。だが、お身体の弱っている国王陛下であれば、どうだろう、耐えられますかな」
転がって雷を避けていたマリスは、サイモンの斜め後ろで立ち上がり、上服を脱ぎ捨てる。
「陛下の命を使って取引? 本性が見えてきたね。それで、何が言いたい?」
質問を返したマリスに、にやりと再び嫌らしい笑みを浮かべて、王弟が宣言した。
「この場を制圧して、皆殺しにしたとしても、私はもう国王にはなれませんな。そうなれば、取れる手段は多くはない。できる限りの資産を持って、亡命するしかあるまいて」
「ご託はいい。結論を言え」
「やれやれ、せっかちだな。まあいい。大したことではない。しばらく、そうだな、日が暮れるまででいい。私が出奔するまで、追っ手を出すな。もし破るようなら、国王を含めて王家の血を根絶やしにしてくれよう」
王弟の言葉に、苦しげにしていた国王が口を開く。
「マリスよ、私の命なぞ気にするでないわ。何のためにバーネットを連れてきていないと思っている。私が死んでも、血は繋がる。この場でサイモンを処断すること、それを何よりも優先せよ」
「黙れ。もし受け入れないようなら、お前の大事な息子を二人、真っ先に殺してくれよう」
マリスは王弟の言葉を聞いて、緊迫した状況に似合わない深いため息を吐いた。
「サイモン、あなた馬鹿?」
「何?」
「国を乗っ取るなら徹底して乗っ取る。国を壊滅させたいなら、徹底して壊す。どちらもできず結局は逃げる取引? お前、周りをなめているだろう」
「馬鹿を言うのはお前だ。今、立っているのはお前だけ。しかも飛び道具は私には効かない。お前一人で、国王が守れるとでも思っているのか? 先ほどは運良く避けたが、見えたと思ったら食らうしかない雷から、どうやって身を守るつもりだ?」
「うるさい。黙れ」
マリスは会話を打ち切ると、再び短剣を投げつけながら、目で追いかけられない程の速度で蛇行しながら近付いていく。
王弟が雷を出したと同時に、マリスは床を蹴って宙に舞った。
そして王弟が視認する前に、風で弾かれた短剣とは別の角度で、いつのまにか引き抜いていた長剣で突き刺そうとした。
「効かぬわ!」
王弟は土の塊を生成して、マリスと自らの間に、壁を作り上げる。長剣は壁を貫通していたが、王弟に届く前に止まっていた。
「取引ができぬのなら、国王は殺すしかあるまい!」
言いながら王弟が目を向けると、すでに国王の姿がない。
「私は囮。本命は陛下の避難。愚か者は、まんまと釣られる」
「貴様、どうやった?」
笑みを消して、向き直った王弟に、マリスは軽く種明かしをする。
「私が仕掛けて注意を引く間に、シンシアが陛下を連れて部屋から脱出した。それだけ」
「シンシア? ああ、ローリー辺境伯の娘か。だが、目を離したのはほんの一瞬だ。あの時間で、国王を抱えて避難だと?」
「それくらい、問題ない。というか、サイモン。あなた、私がまぐれで雷を避けていると思ってる?」
眉をひそめる王弟に、マリスは堂々と言い放つ。
「あなたの魔力が尽きるのが先か、私の動きが鈍るのが先か。ああ、あなた迂闊だから、不意を突いて途中で殺してしまうかもしれない。そうなったら、死んでから嘆くといい」
言いながら、戦闘を再開する。途中、シンシアが様子を見に戻ってくるが、マリスのように安定して雷を避けられるとは思えず、手が出せない。
雷を避けながら近付くが、土の壁、風の妨害で思うように近付けず、一撃も加えられていない。
「むう。埒があかない」
マリスがつぶやき、周りに転がっている貴族たちの様子を見て、思いついた作戦を実行に移す。
「シンシア! 後ろから攻めて!」
叫ぶと同時に、真っ正面から突っ込む。様子を見ていたシンシアは、案があるのだろうと思い、素直に言われた通り攻め込んだ。
王弟は前後両方から向かってきているのを把握して、雷を飛ばす。
シンシアは辛うじて避けたが、マリスは王弟の正面で捕捉されていたため、雷を完全に食らってしまった。
「マリス様!」
シンシアが叫び、王弟が油断なくシンシアの動きを見ながら、マリスが倒れたのを確認して哄笑を始めた。
「愚か者め。私に敵うとでも思ったか。もしゴドウィン公が居れば、確かに魔力が尽きるまで耐えられたかもしれないが、子どもごときに負ける私ではないわ」
笑いを絶やさず、ゆっくりとマリスに近付く。
「待て、マリス様に手を出すな!」
言いながら走り寄るシンシアを、後方半円状に雷を飛ばして牽制する。近寄れずに立ち止まったシンシアに向き直り、ぼそりと呟く。
「倒れている愚か者より先に、うるさい方を黙らせるか」
「同意。うるさいのは黙れ」
王弟の言葉に重ねてマリスがつぶやき、王弟の心臓を一突きにする。
大きく目を見開き、振り返る王弟を冷たく見ながら、マリスが一言つぶやいた。
「さよなら」




