五年目 前期 その4
現地に到着して夜を明かした本日は、五年生が二年生の付き添いをしながら、野草の採取や危険な魔物の討伐を行う予定だ。
マリスはカティやアンナと同じ班になり、シンシアはグルケやカイトと同じ班だ。班分けの事情をアマンダに聞いたところ、負荷分散が目的らしい。
「お嬢様が同じ班で安心しました」
「先生もちゃんと考えてる。それより、この期間は二年生の手伝いに注意を向けて」
「はい、できるだけ頑張ります」
「うん、お願い。パピィ、好きに遊んできていいよ」
マリスがうながすと、パピィはピィと大きく鳴いて、どこかに走り去っていった。
「行こう」
班に合流して、二年生が行き先を決めたり採取を行っているのを、五年生が見守る。雑談もしながら、楽しそうに作業している。
「質問をしてもよいですか」
「はい、何かしら」
二年生の一人がマリスに声をかけてきた。マリスは鷹揚にうなずいて聞く姿勢になる。
「マリス様は、次期国王陛下のお妃様になられるのですか?」
「実習に関係ない内容は……って、それはどこで誰に聞いたのかしら」
「えっ、誰にというか、噂話で誰に聞いたというものでは……」
「ああ、怒ってるわけじゃないから」
妙な食いつきを見せたマリスに驚き、ケンと名乗った話しかけてきた少年は怯えた顔になる。マリスは落ち着いた様子で笑顔を見せて、大して興味がないように答えを返す。
「まだ、どうなるかなんて解りませんわ。つい先日も隣国に攻められましたし、油断していると、いつまで国があるかも解りませんもの。あなたたちも、せっかく学校に来て学んでいるのですから、実力を付けて国を支えられるよう精進なさい」
他の二年生も聞いているのを見て、全体に話を聞かせる。
「さて、この話はおしまい。採取に戻りなさい」
三々五々散らばっていくのを確認してから、マリスはアンナにこっそり声をかける。
「周りの警戒は私が引き受けるから、あの子たちの会話を拾ってもらえる?」
「解りました」
マリスは散らばった生徒全員に聞こえるよう、声を張る。
「ちょっと周辺の様子を見てきます。何かあったら、手近な五年生に声をかけてくださいませ」
この場から離れると宣言して、マリスは周辺の気配を確認しながら移動を始めた。
小走りに大きく円を描くように採取場所の周りを散策していると、何やら不穏な気配を発見する。進行方向に採取場所のあたりも入っていると判断して、マリスは様子を見に駆けだした。
「ピィ」
マリスが走っている途中、パピィが横から飛び出してきた。マリスは立ち止まって声をかける。
「パピィ、お帰り。お前も気付いた? 一緒に行く?」
行く、という風に鳴いたので、ついておいでと言ってから再び走り始める。置いていかないように様子を見ながらだったが、マリスが思っている以上にパピィは迅速に移動している。
「お前、足速いね。ずんぐり体型なのに」
グルル、と喉を鳴らして遺憾の意を表す。マリスはごめんと謝って、少し速度を上げた。
「見えた」
マリスが立ち止まり様子を窺おうとするが、向こうもすぐに気付いたようで、警戒した様子で唸っている。森に住む種類のオオカミで、敏捷性が高く、二年生は当然、五年生の生徒でも対応は難しいだろう。単独ですら厳しいのに、三体もいる上、目が赤く、魔物化している。
マリスは警戒を強めて足音を立てずに近付きつつ、パピィに声をかける。
「パピィ、少しだけ、一匹を引きつけられる? 三匹を相手にすると、ちょっと厳しい」
「ピィ」
了解した、とばかりにパピィが小さく鳴いたのを合図に、マリスは一気に距離を詰めながら長剣を鞘から引き抜く。気功を使った加速で周りから見えないほど高速で移動し、同時にオオカミを横薙ぎで斬りつける。
普段なら一撃で仕留められる速度だが、相手も速度に特化したオオカミだけはあり、身を沈めて避けている。完全に避けられたわけではないが、浅く背中に傷が付いた程度だ。
斬りつけた個体とは別の二匹のうち、片方がマリスに噛みついてくる。マリスは斬りかかった時には両手で持っていた長剣を右手だけで持っており、いつのまにか取り出して左手に構えていた短剣を飛びかかってきたオオカミに投げつける。
予想外の反撃を受けたオオカミは、突かれた短剣を牙で止めようとするが、投擲の勢いが強かったため、牙で止められずに口の中に刺さる。
「ぎゃうっ」
大きく悲鳴を上げて、刺されたオオカミが地面をのたうち回る。マリスはそのオオカミの戦力は削いだと判断して、背中を攻撃し損ねたオオカミに意識を向ける。
なお、もう一体はマリスがお願いした通り、パピィが相手をしている。マリスがちらりと見れば、動きの速いオオカミを、足下の土を泥に変えたり足かせを作ったりして惑わせている。
「パピィ、魔法が使えるんだ……」
思わず、といった風情でつぶやいたマリスに、隙があったと判断したのだろう、オオカミが襲いかかってくる。
油断なく、いつでも方向転換できるように地に足を付けた状態のため、マリスも先ほどのように簡単に迎撃はできず、爪や牙での攻撃を、剣を使って牽制しつつ避け続ける。
オオカミが一歩下がったところで攻守交代となり、マリスが攻め立てるも、器用に避け続けて、致命傷は与えられない。長引くと不利と考えて、マリスは肩に付けていた防具に仕込んだ短剣を数本引き抜き、現在の位置、飛び退くであろう予測地点へと投げつける。
オオカミは避けず、前に出ながら短剣に噛みついて防ぐが、マリスも同時に突っ込んでおり、短剣を咥えて無防備な首筋に長剣の刃をたたき込んだ。
息を吐く暇もなくマリスが振り返りパピィの様子を見ると、手足を固めた土で縛られたオオカミが、パピィの爪に切り裂かれ、絶命しているところだった。
「びっくりした。パピィ凄いね。今度、勝負しようか」
「ピィィ」
嫌だ、とばかりに首を横に振るパピィ。
「怪我しない程度に。喧嘩じゃなくて訓練。駄目?」
首を横に振り続けるので、マリスも諦めてオオカミの死体に向き直る。
「これ、持っていかなきゃ駄目なんだけど、手伝ってくれる?」
今度は嬉しそうに鳴き、翼をバサバサとはためかせて、上に載せるような格好をする。
「大丈夫? 重くない?」
オオカミの死体を載せても、パピィはまったく気にした様子もなく歩く。マリスは様子を見ながら、採取している場所へと戻った。
「ただいま」
「お帰りなさいませ、お嬢様……って、それはなんです?」
「途中、厄介そうなのがいたから退治してきた」
「えっと。オオカミですか? それも三匹も」
「うん。魔物化していたから、かなり手応えがあった」
「魔物?」
カティが聞き直し、マリスはあらためて首を縦に振る。
「はい、ちょっと集まって!」
マリスが大声で周りから人を集める。全員が揃ったところで、先ほどのオオカミを見せながら状況を説明する。
魔物化、と聞いて周りの生徒たちがざわめき始めたのを見て、安心させるためにマリスは笑顔で付け足す。
「大丈夫、他に気配はありませんでした。でも報告が必要なので、作業途中の人には悪いのだけれど、いったん戻りませんか?」
当然、誰からも否定の声は上がらず、マリスたちは野営地点まで戻った。
「毎回のように、よくもまあ厄介ごとを集めてくるね」
「別に、私のせいじゃない。厄介ごとがやってくるだけ」
アマンダの呆れたような声に、マリスが愚痴を返す。
「いや、別に怒ってるわけじゃないから。それより魔物が出たというのは、気になるわね。今の時期、騎士団の打ち漏らしも考えにくい……とも言えないか」
「どうして?」
「普段はゴドウィン公が指揮を執って討伐隊を組む。今年は戦争の影響で、ゴドウィン公は関わっていない。そのせいで、普段より荒いのかもしれない」
「ディル、そんなこともやってたの。えっと、実はこの国、人材不足?」
「馬鹿を言うな。どちらかというと、お前の親が色々と有能すぎるのよ」
「そうは見えない」
マリスが素直に感想を述べると、アマンダはふっと笑みを漏らした。
「まあな。あいつは飄々とした態度が多いから。それはともかく、もう一波乱あるかもしれない。今日はオオカミ退治で疲れただろう。夜の見張りは免除するから、しっかりと休め」
「解りました。では、戻ります」
最後だけ、教師と生徒の会話を行い、マリスは自身の天幕へと戻っていった。




