五年目 前期 その2
マリスたちは王都に戻ってきた翌日、朝早くから学校に戻った。
家を出る際、ディルからの指示を受けとる。
「二人ほど、影からグルケの護衛につける。不審人物じゃないから、気をつけて」
「解った。それ、先生に言ってもいい?」
「そうだな、アマンダには伝えてもらって構わないよ。後はアマンダが判断するだろう」
「知り合い?」
「ああ、同学年だからな。色々あったさ」
ディルが若干遠い目になる。
「ふうん。ともかく、何かあったら連絡よろしく」
「おう。マリスもちゃんと連絡してこいよ」
マリスはディルとの会話を切り上げて、グルケへと向き直る。
「グルケ、先生の説明は任せる」
「ん? ああ。でも、今の話をそのまま伝えるだけだぞ」
「うん。でもグルケの方が解りやすく伝えられるよね」
「お前、面倒なだけだろう」
マリスがグルケと話している横で、シンシアがディルに話しかけている。マリスはちらりと視線を向けて、聞き逃さないよう意識を向ける。
「あの、王弟殿下の暗躍だと危険もあるかと存じますが、お身体に気をつけてくださいませ」
「うん、ありがとう。シンシア嬢もマリスのことよろしくね。自分の身には無頓着だからなあ、あの子」
その後マリスは、適当な返答に首を傾げたグルケが声をかけるまで、黙って二人の会話の様子を見ながら考え込んでいた。
学校へ向かう馬車を二台に分けてもらい、マリスとシンシア、カティの三人が同じ馬車に乗る。そしてマリスは、気になっていた点を確認してみる。
「シンシア、ちょっといい?」
「何かしら」
「ディルのこと、どう思ってる?」
質問と同時に、シンシアの顔が真っ赤になる。それを見て、カティがびっくりした顔になった。
「え? シンシア様……そうなのですか」
「そうって、何がかしら」
「シンシア。残念ながら、ごまかせてない。そう、シンシアはディルが好きなんだ……」
どことなくがっかりとした声音でつぶやくマリスに、シンシアは慌てて取り繕う。
「あの、好きというか、色々と頼りになるので信頼できるというか」
「いいよ、私たちには隠さなくても」
マリスが薄く笑みを浮かべると、シンシアは心配そうな顔になる。
「でも、マリス様。がっかりするのは、ゴドウィン公を取られたら困ると思ったのでは?」
「いやまさか。どちらかというと、シンシアに慕われるディルが憎いとは思ったけど」
マリスの言葉にびっくりしているシンシアを見て、カティが合いの手を入れる。
「お嬢様とシンシア様で色恋のお話が出た点は驚きですが、お嬢様。せめてもう少し、言いようはありませんか?」
「そう言われても困る」
マリスはカティの話をばっさりと切り捨て、シンシアに話を戻す。
「でもまあ、シンシアが本気なら手助けするよ」
「いえ、結構です。マリス様に手助けしてもらうと逆効果になりそうで怖いので」
「確かに、お嬢様は口出ししない方がよろしいかと」
シンシアが拒否して、カティも頷いている。二人がかりで駄目を出されて、マリスは納得できないとふくれ面になる。
「むう。納得いかない」
「じゃあ、どのように手助けしてくれるつもりかしら?」
「ディルを呼んで、シンシアが慕っているからどうするか聞く」
「えーと。気持ちだけありがたく受け取っておくわ。というか、何て言うのか、憧れているだけなんだけどね」
「よく解らない」
「つまりバーネット殿下を知らない人が、王子様って素敵ね、って言ってる感じかな」
マリスはいまひとつ解らない、とカティに解説を求めた。
「そのうち解る日がきますよ、たぶん。でも、お嬢様。よくシンシア様が旦那様に惚れていると解りましたね」
「くるのかな? それはともかく、シンシアは普段と気配が違ったから。いつも抜けがないか気を配っている感じなのに、ディルと話している時はディルにしか意識が向いていなかった」
カティは説明を避けてごまかすと、マリスはそれ以上考え込まずに答えた。そんな話をしているうちに、馬車が学校に到着する。荷物を降ろして、マリスはシンシアたちと今後の予定を打ち合わせる。
「じゃあ、荷物を置いたら食堂で集合。その後に先生へ説明に行こう」
「俺も行くのか?」
マリスの指示に、カイトが口を挟む。
「うん、念のため一緒に来て」
「おう」
マリスはシンシアたちと別れて、カティと一緒に自室に戻った。荷物を置き、お茶を飲む時間も取らずに食堂へ向かう。途中、何人かの生徒とすれ違うたびに、小さく悲鳴や歓声が上がる。しかし誰も話しかけてこないで、遠巻きに様子を窺っていたり、道を譲るようにマリスの進路から避ける。
食堂にたどり着くと、すでにカイトとグルケは到着している。
「お待たせ。後はシンシアだね」
「ああ。同室のアンナに、少しは説明しなきゃいけないだろうから、時間がかかると思うぜ」
「では、待つ間にお茶を淹れますので、少し休憩なさってください」
カティがお茶を淹れてみんなで飲みながら待つことしばし。
「お待たせしてごめんなさい」
シンシアがやってきて、全員が揃う。
さっそく職員室へ行き、アマンダを呼んでもらう。
「少しはゴドウィン公から聞いているが、念のためにあなたたちの口からも説明してもらおうか」
アマンダは開口一番、マリスたちに指示する。
説明はグルケが行い、マリスとシンシアが時々補足する。
「大体は把握したわ。隠れて護衛が付く分には構わないけれど、それだけじゃ足りないわね。カイト、あなた合宿の間はグルケのそばで護衛につきなさい」
「はい」
カイトとグルケがそれぞれ頷いた。
「よし、じゃあ解散。それぞれ友人への挨拶なんかもあるでしょうから、自由にしていいわ」
アマンダから承認が出たのを合図に、それぞれ別れる。マリスはシンシアの部屋に向かう。
部屋に入り、少しの間アンナと再会を祝ってから、すぐにマリスとシンシアで打ち合わせを行い、カティとアンナは一緒にお茶の用意をする。
「随分と時間が空いたけど、エレイナに流した情報はどうなってるか、確認したい」
「フィスノ様が引き継いでくださったから、何か情報はあるかもしれないわね。合宿までに聞いておくわ」
「うん、よろしく。彼女が隣国と繋がっているなら、エレイナを生きた証拠にして王弟を追いつめる手段もある」
あまりやりたくないけど、と続けるマリス。
「でも、放っておいて隣国や王弟殿下に国中を荒らされるわけにはいかないわ」
「うん、それに敵方に属している子に配慮する余裕もないしね」
シンシアの言い分に、マリスも自ら補足する。何よりも王宮に王弟の手が深く入り、動きが取りにくくなっているのは非常にまずい。
マリスたちはフィスノからの情報次第として話を切り上げる。次の打ち合わせは合宿中と決めて、それまでの五日ほど、数ヶ月ぶりの授業に出つつ日々を過ごした。




