五年目 前期 その1
ディルが国王と共に隣国への交渉を続けて、ようやく軍隊を退却させた。そしてマリスが王都に戻ってきた頃には、すでに年度が替わっていた。
やるべき事柄はたくさんあるが、一番急を要したのはマリスが離れてから暴れるようになったパピィに顔を見せに行くことだった。マリスはカティやシンシア、カイトと連れ立ってパピィの飼育小屋に顔を出す。危険があるといけないと言われ、アマンダが付き添っている。
「パピィ。ただいま」
マリスを見てピィピィと鳴くパピィに声をかけると、のどを鳴らしてすり寄ってくる。聞いた話では一日に何回か暴れていたようで、餌をやるのにも苦労しているらしい。学校で飼い始めておよそ三年。体長は尻尾の先まで含めるとそろそろマリスに追いつこうかという程だ。
「お前、結構暴れていたらしいね。駄目だよ、他人に迷惑かけちゃ」
「マリス様がそれを言う……」
「シンシア、何かあるならはっきり言って」
「いえ別に」
パピィはマリスに叱られたのが解ったようで、しゅんとうなだれる。マリスは笑顔を浮かべつつ頭を撫でる。
「ああ、怒ってないから。今度、皆で一緒にお出かけしようか。パピィを見つけた山にでも行こう」
撫でられて嬉しそうなパピィを眺めつつ、近くに控えていたアマンダに確認を取る。
「先生、そういうわけで、もうしばらく延長でお休みください」
「いいけど、このご時世にあなたたちだけで行くつもり?」
「はい。それなりに鍛えてますので」
マリスが自信を持って答えると、アマンダが悩ましい顔になる。
「マリスはいいとして他の子は、って言おうと思ったが、えらく武闘派が多いな」
「魔物は当然、別の何かが襲ってきても守ります」
「それなら、もう少し経てば合宿があるから、その時にパピィを連れていけばいい」
アマンダの提案に、マリスはなるほどと同意する。
「そういえば、五年生が同伴するのでしたね。でも、グルケ行けるのかな」
「やめておく方がいいだろうね。お前ならともかく、戦闘能力皆無のグルケじゃあ、私たちとしても守れる自信がない」
アマンダの言葉にマリスも頷き、パピィに向き直る。
「ふふ。そんなわけで、お出かけはもうちょっと待ってね」
硬い身体をペタペタと撫でて満足したマリスは立ち上がる。
「さて、ではいったん家に戻ります。王宮に報告も必要だし。シンシアも、今日はこっちに泊まっていかない?」
「ええ、ぜひお願いするわ」
「うん。カイトもおいで。何ヶ月も付き合わせちゃったし、今日はお礼に美味しいもの食べていって」
「やった。まずいとは言わないけどさ、やっぱり戦場で食べるのって素っ気なかったんだよな。貴族の料理って興味あったんだよ」
喜ぶカイトに、アマンダが釘を刺す。
「カイト、礼儀作法の訓練と思え。貴様は礼儀作法については最悪だからな。このまま卒業すると、実力はともかくそれ以外が足を引っ張って騎士になれんぞ」
聞いていたマリスがカイトに提案する。
「えっと、じゃあ今日は特訓?」
「勘弁してくれ。今日くらい楽に食わせてくれよ」
「じゃあ、私はしばらく王宮と家を行き来するから、その間泊まり込みで覚えたらいい。私の家、良い教師がいるから」
「ベイルさん、問題児ばかり押し付けられてかわいそうですね」
「カティ、何か言った?」
「いえ別に」
マリスたちはじゃれ合いながら、アマンダと今後の予定を確認した後、ゴドウィン邸に戻った。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
マリスたちが屋敷に戻ると、主要な使用人がずらりと並んで待っていた。マリスは少し驚いた顔で執事長に質問をする。
「どうしたの?」
「お嬢様の初凱旋ですから。お嬢様のご活躍、ご帰還、心よりお喜びいたします。お疲れ様でございました」
「えっと、ありがと。でもディルの続きをやっただけだし、大した戦果はあげてない」
「旦那様の続きを差し支えなく行える方は、お嬢様を除いて他におりませんよ。今日は祝賀会を開く予定なのですが、よろしいですか?」
マリスはシンシアたちに問題がないか確認をした上で、執事長に告げる。
「うん、ディルが問題ないならそれでお願い。王宮には、今日じゃなくていいって?」
「旦那様は、明日の昼過ぎに訪問するとおっしゃっておられました」
「解った。じゃあよろしく」
マリスは執事長との話を済ませて、ディルに会うまでの待ち時間を潰すため、三人を連れて談話室に入った。初めて屋敷に来たカイトが、物珍しげに周りを見渡している。
「凄え大きいなあ。しかしマリス、家ではちゃんと応対してるのかと思ったら、全然変わらないんだな」
「家でかしこまっていたら疲れる。王宮では礼儀正しく応対してる」
マリスは苦笑して返事をするが、笑っているカイトをシンシアが睨む。
「カイトくん、そういうあなたは、全然敬語ができていないわよ。今さら私やマリス様に敬語で話せるとは思えないし不要だけれど、最低限の付け焼き刃でも学びなさいな」
「解ってるよ。しばらく勉強するよ。でもさ、人によって態度を変えるの、面倒じゃねえ?」
「初めから? 身分制度とは何かから、細かく教える必要があるの?」
シンシアが、冗談では済まないほど呆れている様子を見て、マリスが仲介する。
「シンシア、落ち着いて。どこから勉強が必要かは、後でベイルに確認してもらう。彼はバーネットも躾けた、優秀な家庭教師だから」
マリスの言葉に、カティが同意する。
「そうですね。お嬢様と私も、ベイルさんに色々と教わりましたし」
「なら、その方に任せるわ」
話しているうちにディルの用事が済んだと連絡が入る。カイトの話はいったん置いて、マリスはディルへ会いに行った。
マリスはシンシアだけをともなって、ディルの執務室に入る。中ではディルが書類整理をしていて、入ってきた二人を見て薄い笑みを浮かべる。
「お帰り。お疲れ」
「ただいま。で、どんな感じ?」
「バーネット殿下もグルケも無事だよ。王弟殿下は、地味に発言力を増してきていて、正直うざったいね」
ため息とともにディルが愚痴をこぼす。
「ディルが直接愚痴るのは珍しい。そんなに状況はまずい?」
「ああ、国王陛下が体調を崩されてね。本来なら王子が政務を代行するんだが、ほとんど王弟殿下が代行しちゃってるんだ」
「どうして?」
「重鎮がうまく丸め込まれたというか、王弟殿下の子飼いも混じってるんだろうね」
「対策は? 何か手伝おうか?」
「正直なところ、王宮で手伝って欲しいことは何もないよ。ああ、グルケを王宮から連れ出して欲しいな。バーネット殿下は形式上だけでも王弟殿下と張り合うために王宮で頑張ってもらうけど、グルケは今のところ用事ないし」
話を聞いて、マリスは渡りに船とばかりに実習について提案する。
「学校で、合宿がある。グルケと一緒に参加して、その後しばらく学校で過ごせばいい?」
「ちょうど良いね、確かに。ただ、合宿となれば絶好の暗殺機会になるから、充分に注意してね」
「大丈夫。問題ない。ちゃんと守る」
「うん、よろしく。シンシア嬢も、大変だけどよろしくね」
「え、あ、はい」
マリスは、急に話を振られてしどろもどろになっているシンシアの顔をのぞき込む。
「どうしたの、何だか赤いけど」
「ええと、その、ゴドウィン公が参っている姿が珍しくて……すみません」
「いや、いいよ。お恥ずかしいところを見せてしまって、こちらこそ申し訳ない」
「ディルは慎重派だね。もう、それだけうざったくて隣国との関わりも間違いないんだから、殺してしまえば楽なのに」
「マリス、そりゃ暴論だよ。証拠もなく殺したら、後から余計面倒になる」
「証拠をでっち上げたらどう? 隣国の誰それから、取引の証文を手に入れたぞ、と」
「偽物だとすぐにばれるよ。もうちょっと考えて提案してよ」
ディルからの駄目出しに、マリスがむうと唸る。
「戻ったばかりでそんな良い案は出ない。それよりディルこそ、早めに戻ったのに情けない」
「ちょっとマリス様、言いすぎよ」
シンシアがたしなめるものの、ディルは苦笑して肯定する。
「確かにね。まあ、なんとかしてみるさ。マリスは先ほどの件、よろしく。何かあったら連絡するよ」
話を終えて、外に出る。マリスは王宮に行かず、ディルが連れてきたグルケと合流して、全員で学校に戻った。




