四年目 後期(幕間)
マリス様が指揮を執るようになって半月ほど経った。ゴドウィン公の副官として動いていた時は緊張で息が詰まったが、初めてマリス様が指揮をする時は、不安で仕方がなかった。
いくらローリー辺境伯が補助につくとはいえ、十四やそこらの小娘に、万を超える軍隊を指揮できるはずがないと思ったのだ。
しかし実際に指揮をすると、これまではゴドウィン公と変わらない程の采配を振るっている。
何より優れているのは、その戦闘能力だ。一度だけ、ひとつの部隊が危機に陥った時、マリス様は躊躇せずに自ら近衛部隊を率いて救援に向かわれた。
ゴドウィン公ほど優れた技術を持っているならともかく、まだ幼い少女にそれほどの戦闘能力があるとは思えなかった。聞いたところでは、それなりにできるという話だが、王女ということもあり持ち上げているのだろうと思っていた。
だが遠目で実際の戦闘を見て、我が目を疑った。
マリス様が馬の上で槍を振ると、重鎧に身を包んだ騎士が体勢を崩して馬から落ちる。しかも、矢で狙われても槍でたたき落とす。鍛えられているとはいえ華奢な身体のどこにそんな力があるのか。
聞いてみると、返ってきたのはそっけない言葉だった。
「日々の鍛錬。重い鎧を着ていると、相手が槍を振った時にちょうど肩を押すと馬から落ちる。馬に乗るには向かないと思う」
マリス様と同じ動きが鍛錬だけで誰でもできるなら、今頃は我が国は大陸中を制覇していてもおかしくない。それに、マリス様のような軽装だと、いざ攻撃を食らってしまうと一撃だけで致命傷になりかねない。
「当たらなければ大丈夫。全部避ける」
こういうのを、天賦の才というのだろう。戦場から戻ると、シンシア様や侍女のカティ嬢とやらと、年相応にじゃれている。年相応というには感情の起伏が少ないが、本人たちは楽しそうなので問題ないだろう。
作戦会議は、徐々に過激な意見が増えているのは注意したいところだ。向こうが無茶な言い分で領土内に入ってきた以上、徹底的にたたくべしという意見。
「いいけど、こちらにも死人が増える。ディルは戻ってるから再編成もできるけど、たとえ相手に勝ってもこちらの戦力が半減したら負けと一緒。あなたたちが、自らの命より相手の撃退を優先してくれるなら、そういう作戦を組むけど、どう?」
たんたんと、規定事項を話すような物言いは、血気にはやる連中に冷や水を浴びせる効果がある。意気込みはあれど、自分は死なないと思い込んでいるような連中は、マリス様の言葉に反論できない。
「それに、そろそろ相手の糧食が減ってきた。このまま輸送隊を狙っていれば、もうさほど時間を置かずに相手は逃げるしかなくなる」
ゴドウィン公から継続している作戦は着実に進行していて、相手は補給に大部隊を回す以外、手がない状態だ。そして大きな動きは夜であっても筒抜けで、夜に動く部隊と昼に動く部隊、大きく二つに分けられる。このため戦闘自体は小規模になっていて、人的被害自体は少なくなってきている。
「うまく潰せば、あと一ヶ月も持たないと思う」
娯楽など何もない戦場では、食べることすら制限されると兵士たちのやる気が激減する、とマリス様は言っているのだ。
しかし、可愛らしいお嬢様が一生懸命に作戦を練って戦う姿は、兵士にとって十分やる気の元になっている。もちろん、私とて例外ではない。
そんなある日、敵から夜襲を受けた。見張りも立っているのですぐに部隊を整えて迎え撃つ。
しばらく遠くでやっていて、相手が撤退の気配を見せた頃、急にマリス様が身構えた。近くには私の他に、シンシア様とカティ嬢、後は護衛役のカイトしかいない。
「マリス様、どうしたの?」
「囲まれた。カイトはカティを守って。シンシアもあれ解禁していい、自分の身は自分で守って」
冷たい汗が背中に流れる。緊急事態の笛を吹こうとするが、それよりも早く相手が襲いかかってきた。死んだ、と思ったが、私には誰も向かって来ない。
金属音がいくつか鳴り響き、マリス様の周りには矢がいくつか落ちている。さらに飛んできた矢が、マリス様の投げた短剣にはじかれている。射られた矢を剣で落とすのも普通ではないが、短剣を投げて迎撃なんて、目の前で起きていなければ到底信じられない。
「カイト! そっちに三人!」
間髪入れず、シンシア様の周りに二人、マリス様の周りに四人、そしてカティ嬢を狙った者が三人、襲いかかっている。他には悪いがマリス様の助太刀に行こうとした、のだが。
マリス様は狙ってきた四人に自ら突進したかと思うと、気がつけば背後を取って小剣で退治していた。いつ後ろに回ったのか、全然解らなかった。同時に逆の手でカティ嬢に向かった刺客の一人に短剣を投げつけている。
横目で見るとシンシア様も一人を退治して、もう一人と向き合っている。二人とも、子どもの強さを逸脱している。
「おら来い!」
護衛のカイトが一人を受け持つが、マリス様が投げた短剣で足を怪我したのを数から外しても、もう一人いる。
マリス様には残念だが、カティ嬢は殺されるだろうと思った。すると、どこに隠してあったのか解らないが、マリス様と同じ拵えの小剣を手にカティ嬢が刺客と向かい合っている。無理だと叫んで向かおうとするが、到底間に合うわけがない。
刺客が近付き、殺される、と思ったその時。
「えい!」
カティ嬢が気迫の声を出しながら、刺客が突き出した剣を弾く。慌てた刺客が体勢を戻すが、すでにカティ嬢が懐に潜り込み、剣で首を斬り裂いていた。
辛うじて目に見えるほどの素早い動きで刺客を退治する。周りを見渡すと、それぞれ向き合っていた相手は倒している。足の怪我だけで生き延びた一人を捕まえて、尋問のために連れて行った。
「いやはや、皆様凄いですね。手を出す暇もありませんでしたな」
素直に称賛すると、カティ嬢がばつの悪い顔をしている。何かまずいことを言っただろうか。
「あー、悪いけど、カティが倒したのは秘密にしておいて」
マリス様が口の前で人差し指を一本立てる。秘密というならば、逆らう必要はない。確かにカティ嬢が戦えるとなれば、戦場へ出るよう強要する愚か者が出るかもしれない。
「かしこまりました。では、お三方で退治したということで」
「うん。それでお願い」
私が同意すると、安心してほっと息を漏らす。こういうところは年相応でかわいいものだ。
私も年をとったというほど老けていないつもりだが、彼女たちが台頭してくると、すぐに居場所を追われるだろう。マリス様がどこまで成長するのか解らないが、王弟殿下がバーネット王子やマリス様たちを相手に立ち回れるとは思えない。本人をともかくとしても、周りの人材が桁違いだ。
数日が経過して、マリス様と二人で打ち合わせをする機会があったので、今後どうするつもりか、と聞いてみた。
「マリス様、この戦争、王弟殿下が隣国と協力して仕組んだという噂があるのをご存じでしょうか?」
「うん、聞いた」
「もし本当だとすれば、これはもう王位争いという線を超えております。マリス様が王弟殿下と争うのでしたら、微力ながら私はマリス様のお手伝いをしとうございます」
私の言葉に少し考え込んで、無難な答えが返ってくる。
「うん、ありがと。でも、噂も確定じゃないし、私も王弟殿下と争いたいわけじゃない。噂が本当で、王弟殿下が王家転覆でも狙うのなら、その時は何かお願いするかも」
「はっ、ぜひお声かけください」
マリス様は、近くで接してみると嘘を言う性格ではないとすぐに解る。マリス様が王弟殿下と敵対するのなら、国のためにもマリス様の味方をするべきだろう。別に、マリス様が可愛いからじゃない。断じて違うのだ。




