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娘の特技は暗殺術  作者: すっとこどっこい
学校&王宮編
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四年目 後期 その4

 相手も警戒しているためか敵軍からの夜襲もなく、平穏に夜が明けた。


「おはよ」


 シンシアが目覚めると、すでにマリスは支度をしている途中で、笑みを浮かべている。


「おはよう。ちゃんと起きたのね」

「うん。起こされる前に起きた。やっぱり戦場は空気が違うね。自然と目が覚めた」


 仕事前の空気に似ている、と誰にも聞こえないようにつぶやく。


「さすがにマリス様も緊張しているのね。安心したわ」

「安心?」

「ええ。緊張もせず戦場に向かうと油断して痛い目にあったり、戦争が当たり前になりすぎると自分の命にも相手の命にも頓着しなくなる……ってお父様が言ってたわ」

「うん。解る気がする」

「そう? 私は全然解らなかったわ。でも実際に戦争を経験したら、少しだけ理解できたかな」


 シンシアは手を見つめて、ぐっと握りしめる。


「シンシア、顔が怖い」

「えっ、ああ」

「笑顔。シンシアは笑った顔が一番似合うよ」


 マリスの言葉に、シンシアが深呼吸してから笑みを浮かべる。


「マリス様、ありがとう。さて、今日はお休みとはいえ、寝ているわけにもいかないわね。私も着替えるわ」

「うん。また後で」


 話しながら準備を終えたマリスは、残ってシンシアの手伝いをするようカティに言いつけてから、天幕を出てディルの下に向かった。



「今日は、にらみ合いながら上手く誘導できれば昨日の作戦を実行する。とはいえ、今日は相手さんもこちらの状態を確認するために深追いはしてこないから、うまくいかないだろうね。若干有利に思わせるように引いて戦うから、そのつもりで」


 ディルが主要な隊長格を集めて最終の打ち合わせを行い、すぐに分散して部隊に戻った。


「マリス様、これからしばらくの間よろしくお願いします。私はベリスと申します」

「ええ、よろしく。ここからは戦場なので、お互いに言葉が乱れるのは気にしないようにしたいのだけど、構わないかしら?」


 遊撃部隊に合流するために歩きながら、マリスは副隊長ベリスに提案する。ベリスはあからさまに安心した表情で頷いた。


「ご配慮ありがとうございます。いや、私はともかく、中には品のない奴もおりましてな」

「なるほど、そういった人もいるでしょうね。特に、上に立つのがこんな子どもだし」

「いえ、決してそのようなことは」


 マリスが自嘲気味にため息を漏らすと、ベリスは慌てて否定する。

 そうこうしているうちに、部隊が駐屯している場所に到着した。ベリスが天幕に荷物を置きに戻っているのを待ちながらマリスが面々を眺めていると、さっそく冷やかしの声がかかる。


「お嬢ちゃん、お父さんでも探してるのか? おじさんが一緒に探してやろうか?」

「嫌味は結構。解っていてからかうなら良い度胸だけど、解ってないならただの馬鹿。あなたはどっち?」


 しん、と一瞬静まり、再びざわざわと騒がしくなる。


「あれ、どうかされましたか?」

「いや、別に」


 まずはベリスがマリスを紹介するつもりだったのだろう、渋ったベリスを無言で黙らせて、マリスが声を張り上げる。


「私が今回部隊を指揮するマリス。解っていると思うけど、この部隊は遊撃を目的としていて、正規の作戦には組み込まれない。理由もあなた方が解っているよね。はみ出し者の部隊なんだから」


 マリスは事前にディルと相談をしていて、御しにくい連中を集めて作った混成部隊を率いると決まった。マリス自身が行儀の良い部隊を率いるのは無理そうだと言った結果、ディルからの提案が上がったのだ。


「なんだそれ。マリスの奴、大丈夫か?」


 部隊に紛れつつ、カイトがつぶやく。周りはマリスに注目していて、カイトの声を拾った者はいなかった。

いくつもの文句が飛ぶ中、マリスは平気な顔で言葉を続けた。


「色々と文句もあると思うけど、敵は待ってくれない。夜になって生き残っていて、文句があるならその時に聞くから、まずは動いて。部隊をさらに三つに分ける。弓兵、騎馬兵、歩兵。歩兵は弓兵を守るのが仕事。弓兵は牽制。騎馬兵は私と一緒に敵軍へ突撃する。何か質問は?」

「誰がどの部隊になるんだよ」

「馬がある者は騎馬兵で、後は自己申告。えっと、さっきのあなた。弓は使える? 名前は?」


 マリスは最初にからかってきた男の名前を聞く。テッドと名乗った男に、命令を下す。


「じゃあテッド、あなたが弓兵の指揮を取りなさい。周りの人も言うこと聞きそうだし。ベリスは歩兵を指揮して。弓兵もテッドより上位の指揮権はベリスにあるから、そのつもりで。騎馬兵は私が指揮する」


 あっけに取られていたベリスが慌てて頷き、それぞれの部隊に分かれた。当然ながら歩兵が一番多く、半数を超える三百ほど。弓兵と騎馬兵がそれぞれ百となった。カイトもマリスが用意した馬に乗って、騎馬兵に割り振られている。


「マリス、相手の軍勢は一万ほどもあるんだぜ。百やそこらで突撃してどうするってんだ?」

「何も真正面から突撃するわけじゃない。そもそも囲い込みを行う予定だから、相手の薄いところを突くか、こちらの薄いところを補助するのが目的」


 カイトの質問にマリスが答える。よく解らないと首を傾げるカイトに、マリスは言葉少なに伝える。


「私が出す号令を聞き逃さず、突撃すればいい。細かい部分は解らないでしょ」

「おう、確かにな。じゃあ、細かい部分は任せた」



 午前中の早い時間に軍隊の一部が動き出して、戦闘が開始した。

 にらみ合い、陣の展開でかなりの時間を要している。焦った兵が弓を飛ばしているが、相手側への半分にも満たない距離で失速し、落ちる。


「現状は出番がない」

「そうですね」


 遠距離で大軍同士がやりあっているうちは、少数の部隊では手が出せない。マリスがベリスと一緒に様子見をしていると、昼が近づいてきた時間になって、ようやく戦端が開かれる。


「そろそろ矢が届く」


 ディル率いる友軍がじわじわと包囲を作り、全てを囲むように見せていた。

 途中で少し動きに修正を加え、風上から攻撃を仕掛けていった。弓兵が牽制をしつつ、重ねて弓騎兵が近付きながら矢を射る。反撃を受ける前に後ろに下がって、盾を構えた歩兵が少しずつ距離を詰め始めた。


「あちらに近付きますか」


 すぐに動きたそうなベリスを抑えて、マリスは全体の様子を見る。


「ディルから聞いてるけど、一箇所が動き出したら他も一気に動き出す時があるらしい。焦ると危険」


 マリスの予想通り、さほど時を置かず各所で矢を飛ばし、歩兵や騎兵がぶつかる場所も出てきた。

 すぐに、有利に立ち回る場所と不利になる場所が出始める。


「歩兵、弓兵はあちらへ! 近付きすぎず牽制をしなさい! 騎馬兵は私に続け!」


 マリスは矢による牽制が薄い場所に弓兵たちを向かわせ、自らは敵騎馬兵の厚みがある場所に向かう。


「撃ち合いは最小限に、一気に駆け抜ける!」


 号令を出しつつ、先頭を駆ける。すぐ後ろに付いてきているのを把握しながら、騎馬兵からの蹂躙を受けていた部隊の援護に入った。敵の数は五百ほど、マリスたちのおよそ五倍。

 うわっ、と驚きの声を上げる敵軍に、マリスは馬上槍を巧みに使い、敵の騎馬兵を馬からたたき落とす。足が止まりがちだった敵軍を突っ切り、逆側に抜ける。


「追われると不利、一気に距離を取る」


 馬足を止めず、マリスはそのまま敵軍から距離を取る。見ると兵が集まって長槍で援護しており、騎馬の突撃を食らわないよう陣形を整えていた。


「被害は?」

「何人かやられた!」


 マリスの声に、誰かが応じる。ざっと見たところ、五人も減っていない。下がりながら負傷している味方を拾い、後方へ送るよう指示する。


 そうしているうちに時間が経ち、両軍ともに軍隊を引いて、本日の合戦は中断された。



「脱落者は六名です。幸い、全員死んではおりません」

「うん、良かった」


 引き上げて部隊の状態を確認する。自力で戻ってきた兵士がほとんどだが、僅かに大けがを負い、味方に拾ってもらい一命を取り留めた者もいる。


「お見事でございました」

「何が?」


 ベリスが褒め言葉を口にして、マリスは首を傾げる。


「相手の首を取ることよりも、味方を助けることを優先する采配は、血気にはやる若者や、功を焦る愚者にはできないものです」

「慣れないうちから突っ込むほど馬鹿じゃない」


 マリスは適当にあしらいながら自らの部隊を見渡す。


「お嬢ちゃん、お前大したもんじゃねえか」

「お嬢ちゃんじゃない。マリスか隊長」


 マリスは訂正しながら、カイトを呼ぶ。


「おう、どうした?」

「戦争の間、なるべく近くにいてもらえる? 明日からシンシアも一緒だし、身の回りを守るのが手薄になっても困るし」

「いいぜ。向かってくる矢くらいは落としてやるよ」

「うん、ありがと」


 話しているうちに、シンシアがカティを連れて近くに寄ってきた。


「マリス様、お疲れ様。怪我はなかった?」

「うん。大丈夫」


 マリスがシンシアと親しげに話していると、周りの兵たちがざわざわとし始める。


「どうかした?」


 マリスが手近にいたテッドに聞くと、恐る恐るといった風情で質問を返してきた。


「あの、その方って、シンシア様ですよね? ローリー辺境伯の娘さんの」

「うん。それが?」

「お知り合いで?」


 テッドの質問の意図が掴めず、マリスは首を傾げる。


「うん。えっと、親友」


 兵士たちが固まる。理解できないマリスに、シンシアが苦笑を浮かべる。


「ああ、お父様の噂は戦場に立つ者には強烈だから」

「例えばどんな?」

「そうね、例えば『二百の兵で千の敵軍を討ち破った』とか『上官を守るために死地に赴いたが、死神に嫌われて生き残った』だとか」

「へえ。凄いね」

「ええ。大げさな部分も多いし、意味が解らないのもあるけれど、尊敬してるわ」


 マリスたちが雑談していると、テッドが再び質問をしてきた。


「えっと、お嬢ちゃん。いや、マリス隊長。俺たちはいきなり集められて、あんたが隊長だって言われただけなんだがね。あんた、どういう立場の人なんだい?」


 テッドの質問と同時にシンシアの顔に怒りが浮かぶ。


「マリス様、ちょっと詳しく教えてちょうだい」

「うん、えっと。まずテッドに説明するね。私はゴドウィン公爵の娘で、マリス。でも戦場に肩書きは意味がないから気にしないで」

「え? ゴドウィン公爵って、総大将の? ってことは、最近噂の新しい王女様? え?」


 テッドも周りも混乱しっぱなしの様子で、シンシアは情報収集をいったん諦め、マリスを追求する。


「どうして、マリス様はそれを最初に言わなかったの?」

「時間がなかった。それに、知ってると思ってた」


 ぐるり、とそれぞれ首を動かして、ベリスに目を向ける。


「その、私は知ってましたよ、はい」

「知っていたのなら、周りの態度からおかしいと気付かなかったのかしら?」

「いえその、マリス様は気さくな方だなあ、と……」


 シンシアは肩を落として、頭を抱える。


「ああ、私も一緒に来れば良かった……」

「でも何も言わずに一緒に馬を走らせたからこそ、見えるものもある」

「それは、まあ解るけれど」


 確かにシンシアが来た時には、マリスを見る目は好意的だった。成人もしていないような少女が上官になったわりには嫌そうでもなかったのは、最低限は実力を認めたからだったようだ。


「マリス王女隊長」


 ぼそぼそと周りと相談していたテッドが、意味の解らない呼び方をした。シンシアが吹き出すのを横目に、マリスが返答する。


「マリスか隊長でいい。何?」

「ああ、その何だ。俺たちはこんなだからさ、いきなり敬語なんて使えねえんですわ。でも不敬だって言われても困るしさ」

「大丈夫。そのままで問題ない。戦場には戦場の習わしがあるし、戦っている時に細かいことを気にしてたら死ぬよ」

「ああ、そうだな。助かるよ。マリス隊長」


 それぞれほっとした表情になりながら、食事のために三々五々散っていった。


「さて、私たちも戻ろう」


 マリスが前に立って、マリスたちも食事のために自分たちの天幕に戻っていった。

 食事をしながら、シンシアとカティはマリスよりもカイトの話を聞きたがる。マリスに聞いても無茶をしたかどうかが解らないためだったが、カイトもおおざっぱにしか説明ができない。

 カティはシンシアの手を握りながらお願いをする。


「シンシア様、マリス様が無茶をしないよう、よろしくお願い致します」

「ええ。任せて。この二人の組み合わせだと、どれだけ無茶をしても自己申告しないものね」

「失礼な。今日は本当に無理してないだけ。功を焦らなかったからこそ、周りの評価もそれなりにあった。今日、私はほとんど敵を倒してないよ」

「へえ。どんな戦術をとったの」


 マリスとシンシアが今日の戦いについて花を咲かせていくうちに、夜が更けていき、就寝の時間となった。


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