四年目 後期 その2
壮行会が始まる前、マリスはディルに連れられて王宮へ入っていた。いつものように、礼装に着替えて隠し武器を仕込む。普段よりも量が多いような気がして、カティがやんわりと注意をした。
「お嬢様、ほどほどになさいませんか」
「え、でもどれくらい隠して動けるか、限界に挑戦したい」
「そんな挑戦はしなくて結構です」
「むう。カティの意地悪」
マリスは、仕方がないと手に持っている分を隠してから、終わりと宣言する。
「ところで、今回の遠征、カティは来なくていいよ」
マリスの言葉に、カティがびっくりした顔になる。
「お嬢様、大したお役には立てませんが、私も連れて行ってください。そもそも私が行かないと、お嬢様のお世話をする人がいません」
「戦時中の自分の世話くらい、自分でやる。ディルも言ってたけど、学校で行う模擬戦と戦争は全然違うよ。もちろん侍女として行くなら戦場に立つわけじゃないけど、それでもカティにはきついと思う」
マリスの説明に、カティは決意に満ちた目を向ける。
「お嬢様、それでも連れて行ってください。そもそも、お嬢様も初陣でしょう。その場に居たいと思うのは、わがままでしょうか?」
「んー。後悔しない?」
「きっと、残る方が後悔します」
「そう。じゃあ一緒に行こう。正直なところ、カティがついてきてくれると凄く助かる」
マリスが許可を出して、カティはほっと息をつく。安心してにこにこと笑っているカティに、マリスが意地の悪い顔で付け足した。
「来るからには、シンシアへの伝令とか怪我人の手当とか、できる範囲で色々とやってもらうからね」
「あの、お手柔らかにお願いします」
「危険な場所には行かせないから、そこは安心して」
マリスがディルに連れられて会場に入ると、ざわざわと騒がしかった会場が静まりかえった。すでに五十人以上が会場内に待機しており、主賓たちの到着を待っていた。
ディルが手振りで目が合った相手に挨拶を繰り返し、マリスは目を合わさないように伏し目がちでディルに倣う。
「これはゴドウィン公。今回の遠征、ご苦労ですな」
話しかけてきたのは、筋肉質だが細身の印象が強いディルに比べて、倍はあるだろう恰幅の良い体格の持ち主だ。ディルはにこやかな笑みを浮かべ、返答をする。
「これはこれは、ライゼン公ではありませんか。いやはや、私のような戦しか芸のない人間は、戦場に赴いてこそですよ。最近、あちら方面はローリー卿に任せっぱなしでしたからな。たまには動かないとなまってしまいます」
「ほっ、戦うしか芸がないとは、またご謙遜を。政治手腕もただごとではないお方の言葉とは思えませんな」
褒めつつ笑いあっているが、お互いに目は笑っていない。何を言うでもなく横から聞いていると、ライゼン公がマリスに顔を向けた。
「おお、あなたがマリス王女ですか。ご機嫌麗しゅう。いやはや、お美しいですな」
「ありがとうございます、ライゼン公もお元気そうで」
「これはご丁寧に。しかしマリス王女も今回の遠征に行きなさるとか。ゴドウィン公が指揮されると聞き、マリス王女も行くのではないかと娘のフィスノも心配しておりましたぞ」
ふふっと笑い声を立て、マリスは笑顔を向ける。
「フィスノ様には、大変お世話になっておりますわ。でもご心配は無用でございます。こう見えて、お父様の手ほどきを受けて育ちましたもので」
マリスは王女という飾り物ではなく、公爵家の娘として戦闘技術を持っていると主張する。ライゼン公も理解して、追求はせずにディルとの雑談に戻った。
少し経ったころ、ざわざわと周りが騒がしくなる。
「おお、ゴドウィン公にライゼン公。久しいな」
「これはサイモン殿下。お久しゅうございます」
王弟はライゼン公と先日のフィスノを交えた茶会の話を始める。マリスは王弟に意識されないように注意を払いながら聞き耳を立てるが、どうという話題は出ない。
「こちらが噂の……?」
王弟はマリスに目を向け、推し量るような目をマリスに向ける。マリスは一礼をして、ディルの紹介を待つ。
「ええ、殿下。私の養子として育てています、マリス王女です。まだまだ至らぬ点もございますが、名に恥じぬよう勉強しておりますので、よろしくご鞭撻ください」
「ほう、そうか。なかなかの傑物と聞いているが、まだまだ見た目は幼いな。マリス王女、これから長い付き合いとなろう、よろしく頼む」
「はい、過分なお言葉、ありがとうございます。こちらこそよろしくお願い申し上げます」
そういえば、と王弟がマリスに言葉を投げつける。
「今回の遠征に向かうと聞いているが、このような小競り合いに王女たる者が行く必要はあるまい。遠征の間、バーネット王子は王宮に戻ると聞いている。あなたも一緒に王宮にとどまればよろしい」
王弟の言葉に、マリスは反応に困る。
「ですが隣国からの侵略ですし、小競り合いという程生易しい規模ではありません。これでも戦い方や兵法を学んでおりますので、お父様の足を引っ張るような真似はいたしませんわ」
入っている情報では一万に超そうかという規模の軍隊が侵略してきている。ローリー辺境伯が周辺の貴族を束ねておよそ二千ほど、それにディルが率いる軍隊が一万ほどで対抗する。
「ならばお手並み拝見といこう。王家に連なる者が現場に向かうのは悪いことではないからな」
「はい、精一杯励みますわ」
マリスは王弟との会話を切り上げて、壮行会場を後にする。少ししてディルも退出し、一緒に部屋に戻った。
「どう、マリス? 王弟殿下の印象は?」
「ちょっと頼りない。魔法中心に鍛えていて、見たところひょろっとしてるからかな?」
「話した内容については?」
「毒にも薬にもならない感じ。本当にあれで謀反とか暗殺とかできるのかな?」
首を傾げてつぶやくマリスに、ディルが考えを口にする。
「そうだな、そこが曲者なんだが。だが、それを言うならお前も猫をかぶってるじゃないか。普段の傍若無人っぷりは、なりを潜めていたぜ」
「それくらいできる」
「国王相手でも出来てなかったじゃないか」
ディルがマリスの言葉を笑いながら部屋から出て行った。
「お嬢様、お疲れ様でした」
「うん。そういえば、グルケとバーネットは?」
マリスの質問にカティが首を傾げる。
「こちらはお見えではありません。お部屋にいらっしゃるのではないですか」
「そうだね。ちょっと声をかけてくる。カティは待ってて」
「承知いたしました。お気を付けていってらっしゃいませ」
マリスはグルケの部屋に行き、連れ立ってバーネットの部屋へと向かった。
「おう。どうした?」
「明日には向かうから挨拶。王宮内は色々と苦労するだろうから、気をつけて」
「これでも、生まれてから十年以上王宮で暮らしてるからな。油断はしねえが問題を起こしたりはしねえよ」
バーネットが偉そうに言い、グルケが補足する。
「問題が出ないように監視しておくさ。それよりお前の方が気をつけろよ。戦場なら、何が起きてもおかしくないんだからな」
「大丈夫。あっさり死んだりはしない。殺気を読む点に関しては、ディルより優れているくらいなんだよ」
マリスが自慢げに宣言すると、グルケが驚いた顔になる。
「へえ。それは凄いな。まあ、お前なら大丈夫だと思うが。カイトは行くのか?」
「うん、学校の許可をもらった。大丈夫と思うけど、突出させないように気をつける」
バーネットが何のことか解らず、グルケが説明する。
「へえ。そんなに強いなら、卒業したら俺の護衛役でもやってもらいたいな」
「え?」
「本当に強けりゃ、功を立てるくらいなんとかなるだろう? 下位でも爵位を与えれば、俺の護衛でもおかしくないぜ」
「それはそうだけど、えっと、カイトは男だよ?」
「解ってるさ。お前、俺を馬鹿にしてるだろう」
ため息をはきつつマリスを睨むバーネットから、ついと視線を逸らす。
「馬鹿にしてるわけじゃない。ただ、驚いただけ」
「俺だって損得で計算くらいするさ。実力があればそれでいいとは言わないが、お前らが名前を出すくらいには信用できるんだろう?」
「いや、信用はどうだろう」
グルケが疑わしげに首を傾げ、マリスも追随する。
「考えるのが苦手だから、秘密を守るのは下手かもしれない。裏切りを考える必要はないから、相談はしやすいけどね」
「お前と同じで、戦えたらそれでいい奴だからな」
「私は別に、戦えたらそれでいいとは思ってない」
「でも、何事も戦ったらどうなるかで判断しているだろう?」
むう、とマリスが唸る。
「それはそうだけど。王弟は魔法使いだから、ちょっと勝手が違う。戦ったとしても、勝てるかどうか解らない。殺して終わりなら楽なんだけど、そんなわけにはいかないし」
「叔父上は色々と隠し球があるらしいからな」
「へえ。それは楽しみ」
バーネットの言葉にマリスが獰猛な笑みを浮かべる。
「お前、戦う気か」
「いつかは戦う。きっとね」
まずは隣国の軍隊だね、と気合いを入れ直して、そろそろ眠るから、と自室に戻っていった。




