四年目 後期 その1
休みの間に罠を張るため、マリスは国王やバーネットに根回しを行った。
そして後期の授業が始まり、シンシアはマリスと意見のすれ違いで困っていると派閥内で漏らしていた。
「国王もバーネットも、本当に嫁になれってうるさい」
「お嬢様、言葉が乱れてます」
「私を王家に組み込もうとする意味が解らない」
「それは私におっしゃられても解りません。気になるのでしたら、旦那様に相談してみてはいかがですか」
二人で話しているところに、シンシアが割り込む。
マリスとシンシアが昼間に会いにくいため、教師の監視が緩む休日前の夜中に、こっそりシンシアの部屋を訪問していた。
「歯に衣着せない物言いが、気に入ったのかしらね」
「そんなの気に入られても困る。やろうと思えば、誰でもできるし」
話をしていたシンシアとカティ、アンナまでもが首を横に振る。
「普通は、恐れ多くてできないわよ」
「でもシンシアも私とは遠慮無しで話すし、カティやアンナもグルケとは話せてる」
「元々話していた相手の立場が変わるのと、王家の血筋で育った方と話すのとは、意味合いが違うわよ。それに、仮にマリス様やグルケくんが王女、王子として王宮で過ごすとなれば、たとえマリス様と私の二人だけで話をする時でも、それなりに体裁を整えたものになるわ」
「それは困るね」
「人を見る時、その人のみを見るか、後ろに控えているものも見るかの違いね。マリス様はその人のみを見て判断しているから、相手の立場を気にせず言えると思うのよ」
普通はそうはいかないわ、とつぶやく。シンシアは表情を変えて、マリスに問いかける。
「それはいいとして、エレイナの様子はどう?」
「まだ、誰にも言ってないみたい。案外慎重だった」
「エレイナにしても、出所が自分だとはっきり解る時点では動き辛いわね。もう一段階、小細工しましょうか」
シンシアは、マリスがグルケに相談している場面をエレイナに見せようと提案してきた。
「それぞれ相談していると思わせれば、出所が自分だけじゃないと考えると思うわ」
エレイナに罠を張り、うまくかかってからしばらく経った頃、王弟の動向を気にしていると、隣国の兵士が領土侵犯をしてきたという事態が発生した。
場所は、シンシアの実家近くにある王家の直轄地。現地には戦力が少なかったため、ローリー辺境伯が主体となって反撃を試みるらしい。
「マリス様、悪いけれどしばらく王都を離れるわ。家に戻って、お父様の手伝いをしたいの」
「うん。ディルが増援として行くかもしれない。その時は私も行くから、先に行って待ってて」
慌ただしく挨拶をかわして、シンシアは大急ぎで実家に戻っていった。マリスもカティを連れてゴドウィン邸に戻る。
カティには出かける時の為に荷物の準備を依頼して、マリスはディルに会いに執務室へと向かう。執務室を開けると、ディルが執事たちに指示を出していた。しばらく待って急ぎの用事が済んでから、マリスはディルに問いかけた。
「ディル、状況は?」
「俺が指揮して、増援に向かう。それはいいんだけど……」
「私も行く。シンシアの手伝いもしたいし」
マリスが間髪入れずに宣言すると、ディルは大きくため息をついた。
「できれば王都にいて欲しいんだけど、駄目かな?」
「理由は?」
「今回の派遣、規模を考えると小競り合いでは済まない。向こうさんは一部の勝手な暴走って言ってるけど、向こうの総力から見て、三割くらいは向かってきている。俺も同じくらいの規模で向かうんだよ」
話を聞いて、マリスは顔をしかめる。予想していたより規模が大きく、これはもう戦争といえる内容だ。
「話を聞くとシンシアが心配だし、余計に行きたい」
「まだ早いと思うんだよね。それと、今回俺が指揮を執るのは、実は王弟殿下の提案なんだよ。俺が王都を離れたからといって、謀反を起こしたりはしないと思うけど、バーネット王子の暗殺くらいは企みそうだからね」
できれば守ってやって欲しいと言われ、マリスは首を傾げる。
「ディルの密偵じゃ無理そう?」
「たぶん大丈夫だけどね。王弟殿下がもし隣国と繋がっていた場合、マリスが一緒に行くと、戦争のどさくさに紛れて暗殺されかねない」
「簡単に暗殺されたりはしない」
「平時と戦争時は全然違うよ。例えば複数の敵に囲まれて、いなすのに精一杯な状況で、凄腕の射手がお前を狙った場合、避けられる自信はあるか?」
「複数の敵に囲まれる状況を作らなければ問題ない。自らの位置取りと周囲への警戒をしっかりしておけば、そんな馬鹿な状況にならない」
それに、とマリスは話を続ける。
「私も向かった後、私に対して暗殺を狙ってくるかどうか、釣ってみる方がいい」
「その釣りは、危険度が高いけどね」
王都に残る王子二人がね、と嘆息しつつ、ディルはバーネットとグルケの安全を確保するために、王宮で国王のそばに戻す手配を取る。
マリスたちはシンシアに二日遅れて、現地への派遣が決定した。
一日かけて、王宮でディルを含めた派遣部隊の壮行会を実施される。バーネットとグルケはその時に国王へ預けられる。さらにマリスが初陣のため、期せずして主役の一人として持ち上げられることとなった。
「グルケ、王宮では気をつけて。食べ物も変な味がしたり匂いがおかしかったら、食べないように」
「お前じゃあるまいし、毒なんか解るかよ。一応毒味がつくし、大丈夫だと信じるしかねえな」
「王宮に帰ったら、俺がグルケを守ってやろう。マリスが残ってくれて、一緒に暮らせたら良かったんだがな」
マリスは二人の心配をしていたが、グルケはともかくバーネットは相変わらずの様子だ。
「グルケ、全然教育できてない」
「これくらいは社交辞令さ。まあ任せておけ。俺も随分色々と学んだし、叔父上には負けないさ」
マリスは不安そうな顔をしていたが、切り替えるために首を振る。
「壮行会で、王弟と会える。どんな話を切り出してくるか楽しみ」
「お前の意向で、俺とは仲良くやる必要があるんだよな。情報操作って言いながら、父上や俺を巻き込んで、エレイナだったか、どこかと繋がっている密偵をだますなんてのは前代未聞だな」
「そうかな?」
「普通は父上や俺を計画に組み込んだりはしないな。まあ、構わないさ。叔父上が何を考えているのか、もし隣国と繋がっていて今回の事態を引き起こしたのだったら、残念だが表舞台からは退場してもらうしかないな」
まじめな顔で語るバーネットに、マリスは笑顔を向ける。
「へえ、まともな顔もできるようになったんだね。少し見直した」
「馬鹿にするな。いや、まあ確かに前は自暴自棄になっていたというか、不安を抱えていたのも確かだがな」
マリスはバーネットやグルケと打ち合わせを行い、準備万端で壮行会へと足を運んだ。




