四年目 前期 その4
シンシアが部屋にエレイナを呼んで事情を説明している間、部屋の外壁に潜んだマリスは、耳をすませて会話を聞き取っていた。
「急にお呼び立てしてごめんなさい」
「いえ、気になさらないでください。それで、どういったご用でしょうか」
アンナがお茶の用意をして、シンシアとエレイナは向かい合わせに座っている。カティのような洗練された動きではないが、アンナも少しは慣れてきたようだ。
「知っているかもしれないけれど、王弟殿下とお会いして、出来るなら手を結ぼうと思っているの。お互い、一番の障害が同じだからね。その時に、同行してもらえるかしら」
「なるほど、素晴らしい案ですね。まずは第一王子を追放して、次いで弟の第二王子を排除できたら、残るのは年寄りばかりですし、何の問題もなくなりますね。マリス王女が女王になられたら、庶民派なお方ですもの、新しい政策をどんどん出してくださることでしょう」
「え、ええ。第二王子はまだ幼いし、資質も未知数なのだから、今の時点ではどうにもしないと思うわよ」
上の方に聞いてみないと解らないけれど、と補足する。学校内では代表としてシンシアが派閥を仕切っているが、もっと上位の貴族が全体の方針を決めている。
「あくまで、同学年にマリス様がいるから打てる手なんだけどね。王弟殿下も乗ってくるとは思うけれど、確実なところは会ってみないとね」
「お会いする時に立ち会えるのは、感激です。他の参加者は、誰でしょうか?」
シンシアは、学生をあと二人に加えて卒業したフィスノも一緒に行くと説明する。滞りなく了承して、エレイナは部屋から出ていった。
「マリス様、もう大丈夫ですよ」
少し待って完全にエレイナが離れてからシンシアが声をかけるも、マリスからの返事がこない。
「えっと、マリス様、いないのかしら?」
シンシアはアンナと顔を見合わせるも、マリスからの声は返ってこない。
「油断した。エレイナを追いかけたのね。アンナ、カティのところに行きましょう。戻ってきたら、まず部屋に戻るでしょうから」
アンナをうながして、シンシアはマリスを待つために席を立った。
建物の外から気配を頼りにエレイナを追いかけるマリスは、エレイナが部屋に戻ったのを確認して窓の近くまで近寄った。
エレイナは窓を開けてから、なにやら口元でつぶやいている。
「そう、私も行くから。そちら側も誰か立ち会えるようにしておいて」
誰かが魔法で読み取っているらしいとマリスは判断し、離れる気配を探る。ほとんどが学生だったが、一人だけ気配を殺して動く密偵らしき存在に気付いた。
マリスは慌てず距離を一定に保ったまま追いかける。密偵は学校の敷地から出ると、速度を上げて町を歩く。しばらく町をさまよってから、王宮の方へ向かっていった。王宮へ到着しても、密偵は門には近づかずに人気のないあたりへと移動する。マリスが追いかけていくと、密偵はしゃがみ込み、足下を手で触りはじめる。外壁からこすれるような音が鳴り、こぶし大くらいの大きさで壁がへこむ。密偵がへこんだ場所を押しつつ横にずらすと、少し離れた場所に人が通れる隙間が開いた。密偵が身体を滑り込ませる。ほどなくして隙間がなくなり、くぼみも元通りになってしまう。
調べたいという気もしつつ危険を冒せないと判断して、マリスは学校へと戻っていった。
「ただいま」
マリスが部屋に戻ると、カティとシンシア、アンナまでが部屋で待ち構えていた。
「お帰りなさい。エレイナの周辺を調べるだけにしては遅かったわね。どこまで行っていたの?」
「えっと、ちょっと王宮の近くまで」
「そう。良い予行になったかしら」
「そうだね。面白い情報もあった」
マリスは見聞きした情報を三人に伝える。
「そちら側、っていうのがどこを指しているのかしらね。流れを考えると王弟殿下だけれど、だとすれば誰かが立ち会えるという意味が解らなくなるし」
「国王は、王弟が裏で悪さしていると思ってる。それで、ちゃんと手綱を握れていたらいいけど、王弟自体がいいように使われている可能性もある」
「つまり、エレイナは王弟の密偵ではなく、第三機関の密偵って可能性ね」
「うん。シンシアには負担をかけるけど、エレイナはこのままもう少し泳がせておいて」
マリスが心配そうにすると、シンシアは笑顔で請け負う。
「それは慣れてるから大丈夫。自分でも意外だったけど、案外演技の才能もあるのね。それはともかく、今の情勢で第一王子、私たち、王弟殿下のどこにも所属していないとなると、世間知らずか国外かに限られるわ」
「国外の可能性は高いと思う。内乱でも起きたら攻めやすくなるし、攻めた後に民衆の意識操作するのも楽だし」
「だとすれば解っているかどうかは別としても、王弟殿下の罪は重いわね。他国の密偵が懐にいるのは、いくらなんでも許容できる範囲じゃないわ」
「そうだね。ディルに報告しておく。ディルから国王に報告してもらって、場合によっては本気で王弟ごと排除するべきかもしれない」
マリスが物騒なつぶやきを漏らすと、シンシアが釘を刺す。
「マリス様、もしエレイナが本当に他国の者なら、王弟を排除して喜ぶのはあちらよ。十分に気をつけてことに当たりましょう」
「うん。無茶はしない」
マリスの宣言を聞いて、シンシアはカティやアンナと顔を見合わせる。
「深くは突っ込みませんが、本日も王宮のあたりまで尾行するっていうのは危険すぎます。お嬢様が自ら動くのはどうかと思います」
「大丈夫。仕掛けには近付いてないから、誰にも気付かれてない」
言っても無駄だと判断して、シンシアは話題を変える。
「王宮に忍び込むのは難しそうだけれど、王弟殿下と私の密会には、どうやって来るつもり?」
「偶然ディルと私が王宮に行っていて、偶然国王に呼ばれているというのはどうかな。人払いしたら、疑う人はいないと思う」
「それは確かに、国王陛下に呼ばれて別の場所に行こうとする人はいないでしょうけど、そんなのできるの?」
「解らない。ディルに聞いてみる。小細工しない場合は下働きにでも変装して、王宮内に入ればあとは何とかなる。出入りを調べると言っても、下働きだと漏れたりしても意外と気付かない」
凄く自信ありげに宣言するマリスに、カティが恐る恐る確認する。
「お嬢様、もしかしてやったことあるのですか?」
「いや、私はない。ディルが昔やったらしい」
三人とも何も言わないが、親子だなあという感想が一致した。
しばらく準備に追われていたが、前期が終わる少し前に、シンシアと王弟の茶会の日時が確定した。
それに合わせて、マリスも忍び込むための準備を進める。何度か国王とディル、マリスの三人で極秘に密会を開き、調べた結果を報告していた。シンシアと王弟の茶会の時にも、国王に呼んでもらって向かう案が採用された。




