四年目 前期 その1
年度休みの期間を利用して、マリスとカティがシンシアたちと別れて二人部屋に移動していた。
カティは四つ揃いで使っていた杯を片付け、まったく別種の二つ揃いのものに取り替えている。
「今までのは、また四人が揃った時に使いますね」
「うん、そうだね」
少し寂しそうにする二人だが、やることは多く、感傷に浸っている暇はない。
今も四年目が始まる前に、バーネット王子を主賓としてディルが夜会を開くと連絡が入ったため、屋敷に戻って準備をしている。各所への案内は済ませており、バーネットの相手役はマリスが務めるよう指示された。
マリスはシンシアにも案内状を渡したものの、おそらく来られないだろうと言われていた。
また、エレイナの出自をディルが調べたところ、非常に疑わしい結果が出てきた。少なくとも貴族の出生届けには、エレイナに該当する子どもは存在しない。隣国の者かどうかは確認できておらず、王弟を追求する材料には至っていない。招待状を渡すついでに伝えているが、マリスもシンシアも、まだ動く時ではないと判断している。
「アンナさんも、シンシア様の推薦で派閥に入ったそうです」
「じゃあ、シンシアはアンナとエレイナで両手に花」
「シンシア様が男性なら、喜んでいたかもしれませんね」
馬鹿なこと言ってないでさっさと支度してください、とカティがマリスを急かす。
「大丈夫。もう終わる」
乗ったくせに、とつぶやきながら着替えを終わらせる。カティは侍女として出席するだけなので、マリスが着ているような豪奢な礼装は必要ない。
こういった服を着る時、マリスは必ず動きにくさに文句を言う。今回着ているのは黒を基調としたもので、上半身は背中が大きく開いており肩に重みはないものの、手は肘を覆うほどの長い手袋に包まれている。まだ若い年代のため、胸元は強調しておらず、小さな可愛らしい花の飾り付けを目立つように散らしてある。腰のあたりまでほっそりとした体型が目立つように絞ってあり、腰から下は大きく広がって床まで覆っている。
「足元が最悪。走れない」
「お嬢様、その格好で走ろうとする女性はいません。せっかく可愛らしく着飾っているのですから、たまにはおしゃれを楽しんでください」
「そういうのは苦手。ああ、でもこの服だと暗器はたくさん隠せるね」
発想が終わってる、とカティがうなだれる。気にした様子も見せないマリスは、実際にいくつか仕込めないか試していた。
二、三個ほどカティに気付かれないよう仕込んでいたマリスは、ふと扉の方を見た。
「誰か来た」
マリスがつぶやき、僅かな時間差で扉が開く。
「よう、久しぶりだな」
「急に扉を開けるなんて、礼儀作法の先生は何をしていらっしゃるのかしら」
「着替えが終わってなければ良かったんだけどな。まあ、固いこと言うなよ。俺はゴドウィン公の庇護下にあるし、その一人娘は決まった相手もいないとなれば、想定される先は一つじゃないか」
にやにやと嫌な笑いを浮かべながら語るバーネットに、マリスは冷ややかな目線を送る。
「一字一句、覚えましたわ。身勝手な物言い、馬鹿な妄想、後でしっかり絞られてください。カティ、行きますわよ」
「はい、お嬢様」
扉付近に居座っていたバーネットに通すよう伝えるが、塞いだまま退く気配はない。
「なあ、今日は学校に戻らずここに残るんだろう?」
「それが何か?」
「夜、部屋に行くからな」
「何故ですか?」
「今日は前みたいなおまけはいないだろうからな。そこの侍女がおまけって言うなら、別に構いやしねえけどよ」
バーネットが言った途端、マリスがバーネットの肩に手を伸ばす。
「あら、肩にごみが付いてましてよ、バーネット殿下」
そのまま肩に手を置き、力を込めて押さえつける。油断していたのか、バーネットは体勢を崩して膝をつく。
「お前、何をする!」
「こちらの言葉ですわ、馬鹿王子。……ねえ、カティ。この馬鹿を殺したら、色々とすっきりすると思わない?」
「お止めになった方がよろしいかと」
バーネットの言葉に顔を赤くしながらも、カティは声を荒げることもなくマリスを止める。
「そう、カティがそう言うなら、今回ばかりは止めておきますわ。良かったですわね、殿下。ああ、夜に私の部屋に来るのは、命を狙ってきた暗殺者か何かと相場が決まってますもの。ものの弾みで仕留めてしまっても、不可抗力ですわね。ねえ殿下、そうは思いませんこと?」
「え、あ」
「殿下もお命を狙われる危険もありますもの、特に今日は部屋から出ないよう、お気を付けくださいませ」
二人は部屋を出て、そのままディルの執務室へと向かう。
「まったく、何も良くなってない。あと二年で、まともになりそうもない」
「英傑色を好むという言葉もありますけれど、英傑と言うには色々と足りていらっしゃいませんねえ」
ディルの執務室に到着して、マリスは扉を叩く。中から返事があり、扉を開けた。
「あれ、マリス? 確認して開けるなんて珍しい」
「……」
「そういえば、お嬢様も確認せず扉を開けてばかりでしたね」
何も言えないマリスと、ぼそりと突っ込むカティ。意味も解らず首を傾げるディルに、マリスはバーネットとのやり取りを説明した。
「あっはっは。そりゃ人のこと言えないね。ただ、まあね。バーネット王子のわがままは、ちょっと困ったものなんだよ。警戒して近づけないようにしているおかげで、屋敷から若い娘が激減しちゃったよ」
「お目付役が必要」
「それについては、陛下との相談も済ませているんだ。いつ実行しようかと思っていたけど、ちょうど良いし、今日発表しちゃおうか」
「何を?」
「マリスとグルケが、陛下の実子だって。ついでに、王位継承権も与えられるよ」
「え、そんなのいらない」
首を横に振るマリスに、ディルは抑えるような手振りをする。
「まあ、聞けよ。バーネット王子がわがままを言うのは、立場が一番上だからだ。同等は無理でも、ほぼ同じ立場の人間が近くにいたら、ちょっとは違ってくると思うよ。しかもそれが、自分より優秀だったりすると、余計にね」
「つまり、私にお目付役をしろってこと?」
「違うよ。マリスが付いたら、王子喜ぶじゃん。グルケに任せちゃおう」
虚を突かれた風なマリスだったが、しばらくして納得の表情を作る。
「なるほど、悪くない。問題はグルケの学校をどうするか、ってあたり」
「教師も一人来てもらって、特例でこの屋敷で授業を受けているという扱いにしよう。そうすれば落第も退学もせずに卒業まで行けるよ」
「でも、あの王子がグルケの言うことに従うとは思えない」
「そこは、陛下から一声もらうようにする。バーネット王子が継承権一位、二位が王子の弟、三位が王弟殿下は動かせないけれどね。四位にグルケをねじ込んでもらう。出来次第では、充分に覆る順位だけに、バーネット王子も迂闊は踏みにくくなるはずだよ」
「そんなにうまくいくかな?」
「やってみないと解らないけれどね。ちなみに、マリスは七位。間に二人、出自のしっかりした王女がいるからね」
「私は別にいらない」
「解ってないのかもしれないけど、他の王女は学校なんかに行かず、みんなに可愛がられて楽しく暮らしてるよ」
心底意味が解らないという表情で、マリスがディルを見やる。
「それ、何が楽しいの?」
「楽じゃん」
「その可愛がってくれる人の中に、ディル並に剣の腕が立って相手をしてくれるとか、シンシアみたいに相談相手になってくれるとか、カティみたいに躾けてくれる人はいるの?」
「んー、どれもいないかなあ。難しく考えるのは放棄してるっていうか」
じゃあ私にとって価値はない、とマリスが言い切る。
「まあ、今さら興味を持たれても困るけどね。さて、まずは今日の打ち合わせをしようか」
ディルがマリスにいくつか指示を出して、夜会の準備に取りかかる。途中でバーネットも呼ばれて、マリスが相手を務めること、グルケとマリスが王族であると発表することを聞かされた。すでに国王とディルで決めているため、バーネットとはいえ反論できない。しぶしぶ、言われた通りに予定を確認していく。
随分遅れて、夜会が始まるぎりぎり前にグルケが屋敷に到着した。急な呼び出しだったが文句は言わず、手早くディルが用意した服に着替えた。
「呼び出すなら、もうちょっと余裕持たせろよ。しかも今日いきなり発表って無茶するよな。さすがはお前の親ってところか」
「私は別に関係ない。どちらかというと、バーネット王子が馬鹿なのが原因」
「ああ、俺に面倒見ろって、無茶言うよな」
「大丈夫。グルケならできる」
「無責任に押しつけんじゃねえ」
愚痴を言いながらも、グルケは機嫌が良さそうだ。
「案外嫌そうじゃないよね。何か良いことあった?」
「ああ、目標を持つってのは悪い話じゃないぜ。学校に行ったものの、元が孤児じゃまともな職に就けるかどうかなんて解らねえしな。俺は運が良かったよ」
話をしているうちに、夜会の時間になる。マリスとグルケ、そしてバーネットは出番が来るまで、控えの間で待機していた。
そして執事に呼ばれて、バーネットがマリスを付き添わせて、会場へと向かった。




