三年目 その6
マリスとフィスノが手を結んだ数日後、授業が休みの日にマリスはシンシアにお願いをしていた。
「シンシア、久しぶりに勝負しよう。運動して汗を流したい」
「ごめん。ちょっと用事があるの。でも、マリス様がそう言うと思って、代わりに……」
シンシアの言葉途中に、部屋の扉が叩かれる。カティが応対に出ると、外にはカイトが立っていた。
「ちょうど良かった。カイトくん、マリス様の相手をお願い」
「おう。俺もそろそろ腕試ししたかったんだ。マリス、久々に勝負しようぜ」
「そうだね、最近カイトとも手を合わせてなかったね。シンシア、次の休みは予定を空けておいて」
「解ったわ。必ずあけておくわね」
マリスとシンシアが約束をした後、シンシアが先に部屋から出て行く。去り際に、シンシアが微笑んで部屋を振り返った。
「では、マリス様。また後で」
扉を閉めた後、マリスは怪訝そうな顔でカイトに謝る。
「カイト、ごめん。手合わせは今度でいい?」
「うん? どうした?」
「シンシアの様子が少しおかしかった。わざわざカイトを呼んで私の相手をさせたり、出る前に振り向いた時、どう言えばいいのかな、寂しそうというか、そんな顔をしていた。カティ、追いかけてくれる? 準備をしてすぐに追うから。カイトは悪いけどいったん部屋に戻っていて」
カイトは解らずに首を傾げるだけだったが、カティが心得たとばかりに部屋を出る。
カティが追いついた場所は上級生の部屋へと向かう階段の間際だった。
「シンシア様」
「あら、カティ。どうしたの?」
「シンシア様、忘れ物です」
「今日は何かが必要ってわけでもないから、忘れ物なんてしていないわ」
「物ではなく、言い忘れていることはありませんか? お嬢様に直接おっしゃるのが難しいようでしたら、僭越ながら話相手くらいは務まります」
「えっと、何が言いたいのか解らないわ。時間の約束をしているので、また戻ってから話しましょう」
シンシアはそう言い残すと、足早に階段を上がっていった。捕まえそこねたと悔やんでいるカティだったが、ぽんと肩に手が置かれる。
「カティ、時間稼ぎありがと。じゃあ、行ってくる」
カティが振り向くと、マリスが動きやすさを重視した格好になっている。ほんの先ほどまで令嬢に擬態していたのだが、着替えるのがあまりにも早すぎる。
「お嬢様、小言は後で。シンシア様のこと、よろしくお願いします」
「大丈夫。任せて」
シンシアが部屋の扉を軽く叩くと、中からどうぞと声がかかる。
「失礼いたします、フィスノ様」
「ようこそいらっしゃいましたわ。シンシア様」
「私に敬称は不要です。年下ですし、身分も低いですから」
「あら。腐った貴族も多い中、気骨のある方は身分を問わず尊敬に値しますわ」
「お褒めくださいまして、ありがとうございます。さっそく、本題に入りたいのですが……」
フィスノとの挨拶を済ませて、シンシアは部屋にいた二年生に顔を向ける。
「あなた、確かエレイナ嬢でしたか。以前もフィスノ様と一緒におられましたね」
勧められて椅子に座ると、フィスノが説明を始める。
「この子、色々と役に立ってくれますの」
「そうですか。フィスノ様が問題ないようでしたら構いません」
シンシアはフィスノに向き直ると、話を進める。
「シンシア様にマリス様の情報を出していただくのは、私たちにとって非常に助かりますわ。ですが、シンシア様にとってマリス様に黙って私たちの協力を申し出る利点は何かありますの?」
「もちろん、私には私の思惑がございます。一緒に王弟殿下に対抗している限り、情報提供はマリス様の不利にはならないと考えています。今後のために色々と繋ぎを作っておきたいというのもありますし」
「解りましたわ。では、早速ですが、お伺いしますわ。前のグルケという者がさらわれた時、マリス様自ら救出に動いたようですけれど、あれはどういうことなのかしら? マリス様は博愛主義者なのかしら?」
「そういった側面もないとは言い切れませんが、身近な人以外は冷酷に切り捨てる場合も多いようですわ。どこまでが身近で、どこまでが替えが効くと思っていらっしゃるのかは解りません」
意外そうな顔をするフィスノに、追加で付け加える。
「ご存じでしょうが、あの方は身体を動かすのが好きで、自らことに当たるのを苦にしないのです。だからあの時も、グルケくんだから動いたというより動きたかっただけという可能性は高いと思います」
「でも、あなたも前に、マリス様は身分を気にしないような助言を私にしてくれましたわ」
シンシアは大きく頷き、声量を落とす。
「マリス様自身も身分は関係がないとはおっしゃいますが、やはり貴族ですから。ご本人も気付かないうちに、優劣を見極めて物事に当たっているようです」
「そう。そうよね。いくら育ちが違うとは言え、先王陛下の血を引くような方が、庶民と同じ目線など、あってはならないですわ」
「ただ、お気を付けください。マリス様は庶民に理解のある貴族を意識しているのではなく、あくまで庶民と同じ目線であるご自身を好んでおられます。フィスノ様も、マリス様の行動に疑問を持つ時はあると存じますが、それが根底にあるとお考えくださいませ」
「ええ、解りましたわ。ありがとう」
「では今日は戻ります。マリス様に変に疑われると問題ですし」
二人が挨拶をかわして、シンシアは部屋を出る。廊下を歩きながら、独り言をつぶやいた。
「あー、マリス様とカティへの言い訳考えなきゃ。しかし、エレイナか。王弟の子飼いならまだいいんだけど」




