三年目 その3
「グルケ、相談がある」
マリスは会場に戻るなり、グルケに話しかける。グルケは壁際に一人で立っていて、誰とも話をしていなかった。
「ああ、なんだ?」
「ここでは無理。部屋に戻ろう」
周りには適度に挨拶をしたり会釈をしつつ、会場の出入り口付近でディルを見付けた。
「お父様、ちょっと早いですけど、先に戻ります」
「そうかい。まあ、初めてだからね。徐々に慣れていけばいいよ」
ディルは頷いてひらひらと手を振る。マリスはディルと話をしていた女性に中断させたことを詫び、部屋へと戻った。
「王子と話をした」
部屋に入るなり、マリスはさっそく本題を始める。グルケは頷き、続きを促した。
「ディルに力を削がれて、もう何も残ってないって言ってる。それで、反王子の派閥はディルが立ち上げたって」
「ふうん。それで、何が問題?」
「ディル、嘘をついていたのかな?」
「さあ、それは解らないけど。王子の話だけで信じるのもな……」
「うん。グルケも一緒に話ができるよう夜中に話を聞きに行くって言っておいたから、一緒に行こう」
「夜中に? 俺が?」
マリスが笑顔で頷くと、あり得ないと嘆息される。
「無茶しすぎだろう。今、王子が一番警戒してるのってお前だし、お前も王子を警戒するべきだろうが」
「大丈夫。王子は何か仕掛けるほどの覇気がない」
「どうだかね。いざとなれば、お前だけでも逃げろよ」
「そんな大ごとにならないと思う。向こうも、仕掛ける時期を見誤るほど馬鹿じゃないはず」
グルケはあまり信じていない顔つきだったが、文句を言わずマリスの期待通りに同行の約束をした。
しばらく経ってから戻ってきたディルに就寝の挨拶をして、二人はそれぞれ寝室へと向かう。ディルも眠っただろうという程度の時間が経ってから、マリスは静かに部屋を出て、グルケの部屋に入った。
「グルケ、起きてる?」
「ああ、さっさと行って早く終わらせよう」
グルケも準備はできているようで、二人は早々に部屋を出てバーネットの下へ向かう。
「止まって」
途中、巡回する衛兵とすれ違いかけてはマリスが迂回路を探す。通常より倍近い時間はかかったものの、見とがめられずにバーネットの部屋に到着した。
マリスは部屋の扉を二度、三度と小さく叩く。
「どうぞ」
「失礼いたします」
マリスがグルケと連れ立って部屋に入ると、椅子に座って笑っていたバーネットが、グルケを見て顔をしかめた。
「なんだお前」
「グルケと申します」
「名前なんてどうでもいい。なんでお前も来てるの?」
「殿下、すみません。私が同行を指示しました」
「マリス嬢、夜中に男の部屋へ来るのに男連れってのは駄目だよ。期待だけさせて、それはやる気が失せるよ」
「やる気?」
バーネットが椅子から立ち上がり、首を傾げているマリスに近付いてくる。
「つまり、こういうことだよ」
バーネットがマリスの顎に手を添えて、上を向かせる。そのまま顔を近付けたところで、マリスが手を払いのけて距離を取る。
「失礼。殿下、相手の了承を取らずに近付かない方がよろしいですよ」
「はん、文句でもあるのかい?」
マリスは、馬鹿にしたような目を向けるバーネットに大仰な手振りで近付かないよう制する。
「いえ、悪い癖が出てしまうのです。嫌悪感を覚えると、つい、きゅっと」
マリスは首の高さに手を上げて、絞るような手振りを見せる。存分に殺気を込めると、戦闘に関しては素人のバーネットやグルケでも解るほど、周囲の温度が下がったようにピンと張り詰めた空気になる。
わずかに怯えながら一歩下がったバーネットに、お詫びの言葉をかける。
「生まれはともかく、育ちが悪くて申し訳ありません。ところで、そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。許可しよう」
「ありがとうございます、殿下。お父様が派閥を立ち上げたというお話、詳しく教えていただきたいのです」
「教えてやってもいいけど、本当に知らないの?」
マリスの殺気に腰が引けていたバーネットだったが、かろうじて偉そうな態度を維持している。
「お気を悪くなさらないでください。学校で派閥に誘われたくらいには、内部事情などは存じておりませんわ」
「へえ……誘われたの。それで、どうしたの?」
「私自身も色々とありましたので、ごまかして断りましたわ。殿下に対して、思うところがないとも言い切れないのですけど」
バーネットはマリスの言葉に眉をひそめる。
「へえ。参考までに、聞かせてもらえないかな、思うところって奴」
「殿下、何か王子として国のために何かをなさいましたか?」
「……いや」
「それが思うところですわ。さて、話がずれましたが、お父様のお話をお願いいたします」
しばらく黙っていたが、マリスが無言で圧力をかけていると、ため息をついて語り出した。
「俺が学校を辞めて戻ってきて少し経った頃、取り巻き連中が徐々に離れていったんだ。中には、小さな頃から身分も関係なく仲が良かった連中もいたんだが……」
しんみりとした口調だが、マリスもグルケも口を挟まない。
「それで、叔父上に相談すると、俺に対する派閥があって、ゴドウィン公が立ち上げたと聞いたんだ」
「ちょっと待ってください。殿下の叔父って、王弟殿下ですか?」
「ああ、そうだ」
「相談をするほどに仲がよろしいのですか?」
「何かおかしいか?」
マリスは何もかもおかしいと言いかけて、まずいと思って言葉を選ぶ。
「その、王弟殿下は王位を欲してはいらっしゃらないのですか?」
「どういう意味だ」
バーネットは怒りを露わにしてマリスに詰め寄る。
「王弟殿下が真実をおっしゃっているという証拠がありません。もし、王弟殿下が王位を狙っていれば、バーネット殿下とお父様を仲違いさせて、漁夫の利を狙ってもおかしくありませんわ」
「黙れ。お前の言うことは、そのまま自分に戻ってくるぞ。つまり、私と叔父上を仲違いさせて、漁夫の利を狙っているんだろう? そうでないと、そんな発想が出てくるわけがないものなあ?」
「殿下。疑心暗鬼にかられるような物言いになってしまったのはお詫びします。どうか短慮を起こさず、何が正しいのか色々な方にお話を聞いて、ご自身で判断なさってください」
「うるさい、出ていけ! 出ていかないと、近衛を呼ぶぞ!」
「解りました、失礼いたします。お話をお聞かせくださいまして、ありがとうございました」
バーネットが正常な判断ができなくなったと感じたマリスは、言われた通り会話を打ち切ってグルケと一緒に退出した。
帰り道に話をする余裕はないため、部屋に着くまで黙って動く。
「ただいま、っと」
グルケの部屋に入り、マリスが誰もいない空間に挨拶をする。
「誰に言ってんだよ」
「どう思った?」
グルケが呆れた口調でつぶやくのを無視して、マリスは感想を聞く。
「客観性の高い情報はなかったな。王子の周りから取り巻きが消えたのも王子の資質から見限ったとも取れるし、王弟の工作かもしれねえ。ゴドウィン公にしても、無関係じゃないだろうが、派閥を立ち上げるほど王家に恨みを持っているとは思わないし、そもそも王家とは立場が近過ぎるわな」
そこまで話してから、今気付いたと驚きの声を上げる。
「あれ、俺とマリスって、血の繋がりで言えばゴドウィン公の叔父と叔母になるんじゃねえか?」
「何それ」
「……もしかして、知らねえの? ゴドウィン公の母親って先王の娘、つまり国王の甥にあたる血筋だぜ」
「知らなかったけど、考えてみれば不思議でもない。権力の中枢に近い公爵家なんだから、王族と近くても当たり前とも言える」
マリスはあまり驚かずに言葉を返す。
「それより、明日に備えてもう寝る。多分、明日は家に帰るだけなんだけど」
「おう。俺も眠いわ」
そして二人は適当な挨拶をかわして、それぞれ寝床についた。




