二年目 年度休み その3
マリスは警備の目を盗んで学校から出た。すでに深夜に近い時間のため、人通りはまったくない。
ボーリウムの屋敷は、貴族の屋敷が並んだ一角に建っている。マリスは大通りを避けながら、ボーリウムの屋敷に到着した。
正門には門番が立っており、物々しさを出している。普通であれば、門の前にわざわざ見張りを立てるほど治安が悪い場所ではない。
マリスは気功で脚力を高め、壁の上まで一足で飛び乗った。
「さて、どこから入ろう」
壁の上から敷地内を見回す限り、当然ではあるが取り立てておかしな建物は目に入らない。
人影がないのを確認して、壁から降りて建物に近付く。ほとんどの窓は明かりが消えていて、寝静まっているようだ。手近な窓をいくつか確認すると、食堂や応接室、少し離れて使用人室があった。使用人室からは複数の気配がする。
人の気配がない食堂の窓を開けて、マリスは中に入った。
しばらく屋敷内を調べても、物音はほとんど聞こえてこない。マリスは意を決して、一人だけ気配を感じる立派な装飾を施された扉を開けた。
間取りは広く作られており、大きな天蓋付きの寝台から寝息が漏れている。近付くと、男性が眠っている。おそらく、ボーリウムの父親だろう。マリスは少し様子を見ていたが、起きる様子はない。
マリスは短剣を抜いて、首元に短剣を突き付けた上、手で口を塞ぐ。寮で男子生徒に突き付けた時より、周りや大声を出されないよう注意を払っている。
「起きろ」
マリスが小さく声をかけると、目を覚まして暴れようとしたが、短剣を突き付けられているのを見ておとなしくなる。
「余計な大声を上げると、即座に殺す。いいな」
「私の命でなければ、何が目的だ」
質問をしてきた男を睨み、黙らせる。
「お前の息子がさらってきた子どもはどこだ?」
「さらってきた?」
「とぼけるな」
マリスは苛立ちを隠せない様子で短剣を首元に近づける。薄く突くと、わずかながら布団が血でにじむ。
「むう。息子の動向は把握してない。嘘ではない」
「戻ったことすら知らないとでも言うのか?」
「戻ったのは知っている。だが、誰かを連れ込んだという話は聞いていない」
マリスは本当かどうか判断が付かず、別の質問を振る。
「屋敷の中に、監禁できるような場所はある?」
防音設備が整った地下室と、離れの個室。細かな場所を確認すると、動けないように手足を縛り、声を出せないよう口を塞ぐ。
抵抗の様子を見せないが、おびえた様子もない。
「罠だったら、帰る前に殺しに来る」
マリスはいぶかしげにしながらも、脅しを言い残して部屋を出た。まずは同じ建物内の地下室を調べに向かう。
階段はすぐに見つかり、警戒しながら降りていく。途中で直角に曲がった先に扉があり、その前に二名ほど見張りが立っていた。建物の中でさらに見張りを立てるのは尋常ではないと判断し、マリスはまとめて蹴散らす選択を採った。
「ん?」
気功で足に魔力を込め、一気に距離を詰めると、近付いた見張りが疑問の声を上げる。後ろに回り、短剣の柄で後頭部を強く打ち付けて昏倒させる。
もう一人が声を上げるよりも早く肩に短剣を突き刺すと、叫び声が漏れないよう口を押さえた。マリスは勢いのまま、見張り兵を壁に押さえつける。
「静かに。死にたくなければ騒がずに質問に答えろ」
見張り兵は血が溢れる肩を押さえ、涙を流しながら頷く。満足そうに目を細めて、心臓の辺りを手で押さえながら、喉元に短剣を突き付けながら情報を収集する。
「この中には何がある?」
「ボ、ボーリウム様が見張っていろとおっしゃられたので、中は見ていない」
「ボーリウムは?」
「自室で休んでおられる」
「人は入っていない?」
「夜、見張りに付いてからは、人の出入りはない」
「そう。では、おやすみ」
マリスは脳に刺激を与えて、見張り兵を昏倒させた。肩から血は流れているが、死ぬほどではないだろう。
扉には鍵がかかっておらず、マリスが押すとゆっくりと開く。
中は明かりが付いていないため、細かな様子は解らない。薬品のような匂いが籠もっていて、マリスは顔をしかめる。
奥に人の気配があり、警戒しながら進むと、グルケが鎖で繋がれて床に転がっていた。
「グルケ」
マリスが声をかけるが、反応はない。死んでいないようだが、重傷かもしれないと判断して、マリスはグルケの手足を繋ぐ鎖を短剣で斬り、肩に担いだ。
「ん?」
グルケが、小さく声を漏らす。
「気が付いた? 大丈夫?」
「え、マリス? あれ、どうして」
グルケは一気に覚醒して慌てて動こうとするが、マリスは担いだまま歩き出す。
「静かに。鎖は斬ったけど、手足の枷は外せない。あまり身動きが出来ないから、黙って担がれていて。ところで、怪我はしていない?」
グルケは手足の状態を確認して、深くうなだれる。
「殴ったり蹴られたりしたけど、死ぬほどの怪我はないと思う。目も見えるし話せるし、耳も聞こえる」
「それは良かった。もし何かあったら、あいつも同じ目に遭わせてやろうと思っていた」
マリスの言葉に、グルケは首を傾げる。
「ところでさ、ここどこ? 俺、誰にさらわれたの?」
「ボーリウム。殴ったり蹴られたりしたのに、声は聞いてないの?」
「知らねえ奴に色々と聞かれた。黙っていたら殴られたんだよ」
そう、と相づちを打ち、階段を上がろうとして、立ち止まる。
「グルケ、ちょっと降ろすね。静かにしていて」
グルケを降ろして階段を上がり、五人ほどで上り口を囲まれているのを目に入れる。
「どこの誰か知らないが、こんな夜中に侵入してくるとは礼儀がなっていないね」
「人さらいが偉そうに言うな。道を空けろ。そうすれば、殺さず見逃してやる」
「人数を見て話せ。それに、そんな小さな身体でまともに戦えるとでも思っているのか?」
どうやら警備に就いていた者たちだけで、ボーリウムの姿は無いようだ。しかも、人さらいという単語に疑問も反論もしない。
「お前たち、解っていて黙っているようだね。遠慮は、しないよ」
言い終わるやいなや、マリスは短剣を腰から引き抜き、一足で話をしていた隊長を間合いに入れると、喉を短剣で斬り裂く。
目に驚きをあらわにして、何か言おうとするが、ゴボッと血の塊が出るだけだ。
「貴様!」
周りの四人もマリスに殺到するが、剣を振り上げたり突き出したりした時には、マリスは四人の背後に回っている。一人の腕を斬り、一人の足を斬る。
「短剣じゃ切れ味が悪い」
三人を斬った頃には刃が潰れてしまっていたが、残った二人は悲鳴を上げて後退する。
「ば、化け物……!」
「私は化け物じゃない。お前たちが弱いだけ」
マリスは言いながら、足下に転がる警備兵の剣を手にすると、動けないように腕を斬った兵の足も斬る。
「逃げるなら追わない。ただし、顔は覚えた。増援を連れてきたら、何を置いてもお前たちを殺す」
ひいっと短く悲鳴を上げながら、残った二人は走り去った。
ふう、とため息をついて、グルケを迎えに行く。階段を下りてグルケを担ぎ直して、屋敷から出ようとする。
警備兵は増援を呼んでいないようだが、大立ち回りをしたせいで、屋敷内がざわざわとし始めている。マリスは急いで来た道筋を逆走して、屋敷から出ると、壁に向かって走り出す。
「おい、あんな壁どうするんだ」
「黙って」
グルケが顔を青ざめながらつぶやくが、マリスは頓着しない。抜き身で持ったままの剣を思い切り投げつけ、壁の半ばより下あたりに突き刺すと、短剣も取り出し、上の方に投げて突き刺す。
壁まで走ると飛び上がり、剣の柄と短剣の柄を踏み台にして、一気に壁を登り切った。
「いや、お前、非常識すぎるだろう」
「どこが?」
「色々と」
壁を乗り越え、街路に降り立つと、休憩する様子も見せずに通りから走り去った。




